眠い。




恭弥は若干重たい瞳を引きずりながらも、ボンゴレ本部へと足を踏み入れた。

優雅に頭を下げるものに一瞥もくれることなく、ただ真っ直ぐに“上”へと繋がるエレベータに乗り込んだ。



「ま、待ってくださいっ!」

『Vicino(閉)』のボタンを押そうとした瞬間、聞きなれた声がして手を『Apra(開)』へと持っていく。



はぁ、と小さく溜息を吐いて顔を上げれば、そこには息を切らせたハルがいた。





「ハル、君ね・・・その年になってでかい声出すなんて恥ずかしくないの?」

多分ボンゴレ本部の一階にいた誰もが聞こえた声量だろうと考えをめぐらせる。



けれど、ハルはそんなこと一切気にしていないように、どこかずれたテンポで怒鳴る。

「むっ!ハルは恭弥さんより1つ年下ですよ!」

「そういう問題じゃないよ」

はぁ、とまた、今度は大きく溜息を吐いて、ハルが乗り込んだことを確認すると『Vicino(閉)』を押した。





ゴゥン、と小さく稼動音がして、エレベーターはあっという間に地上から離別した。


僅かに、沈黙が室内を支配して、それからハルが口を開いた。

「恭弥さん、本当お疲れ様です」

恭弥が首だけで振り返ると、そこには満面の笑みを見せるハルがいた。





恭弥は軽く(多分この長い長い10年間を一緒にした彼らでしか分からないだろう)苦笑を浮かべた。

「まぁ、あんな雑魚、疲れるほどでもなかったけどね」

10年前の彼女ですら『生け捕り』が別の意味で難しかった程度の者など、数がいくら増えようと変わらない。

下手な鉄砲数撃ちゃあたる、という言葉があるけれど、雲雀恭弥の前では数撃ってもあたりはしない。



コトン、と壁に背中をつけて口端を吊り上げる恭弥に、ハルもまた笑みを見せる。

「さすが、ですね」

ふふ、とハルが柔らかく笑った。






その目の下にはメイクで隠そうとしているものの、隠し切れていない隈が僅かに見えた。

これから行く先を考えてもこの程度しか消えていないということは、本当はもっとさらに隈は濃いのだろう。

まぁ、ついさっきまでマフィアの抗争の中に足を踏み込んでいたのだから、仕方が無いのかもしれない。

重たい瞼に、恭弥は再び溜息を吐いた。





そうして、ふと、もう何日も逢っていない彼女を頭に思い浮かべた。

ハルがこれほどにまで疲労しているということは、多分、彼女も。







さん、3日寝てないんです」







若干瞼を下ろして言うハルに、雲雀は沈黙を返した。

けれど、その反応すら予想していた、というようにハルは言葉を続ける。





「ハルはさんの仕事とは別の仕事をしてましたから、よくは知らないんですけど」

3日間、眠らずに仕事をしていたらしいんです。

じとり、と見あげる視線に、恭弥はさらに沈黙を返す。

その瞳はよく見慣れた、彼女なりの釘を刺すための視線だ。



そう気付いて、恭弥は肩を竦めた。

それほどまでに付き合いは長かったのだと、若干苦笑も交えて。








彼女と彼の会話




( 10年という月日が変えたもの )