「だから、苛めちゃ駄目ですよ」

じとり、と疑わしげなハルの瞳が恭弥を見る。



その視線に、恭弥は軽く肩を竦めた。

「何、その苛めるって」

事実無根なんだけど、と恭弥が返せば、ハルはいーえ!と首を振った。



「ハルはさんの味方なんですから!そりゃあ確かに全然逢えなかったですし、ぎゅーっとハグされたいなぁとか、ぎゅーってハグしたいなぁって

気持ちは分からなくも無いですけど、ハルはさんの味方なんです!」

「途中のって、君の願望じゃないの?」


ハグされたくて、ハグしたいのは君だろ、と恭弥は溜息を吐いた。



「は、はひっ!べ、べべ、別にハルはツナさんにぎゅーってされたいとか、ぎゅーってしたいとか、そんなことされたらきっと疲れも全部

吹っ飛んじゃいます!なんてことは考えてなんてないんですから!!恭弥さんのエッチ!」






本当に、これが防音されたエレベータでよかったと思う。

本当に、付いている監視カメラが音声を取らないものでよかったと思う。



はぁ、と恭弥は溜息を吐いた。







「別にそこまで言ってないよ。・・・というか、別に苛めないし」

暴走しないでくれる?と恭弥はハルを制止した。



「第一、は過去から帰ってきたばかりで仕事に出ずっぱりにされたんだから、さすがにしない」

最後の言葉には色んな意味が入っているのだが、ハルはそんな言葉の意味など一つも理解せず、恭弥がを苛める気が無いのだ、ということに

顔を輝かせた。



「恭弥さん・・・!性根からのSじゃなかったんですね!ハル、嬉しいです!」



手を胸の前で組み、嬉しそうに言うハルに、恭弥はこっそりとトンファーに手を伸ばして・・・やめた。

ここでハルに何かをすれば、あの名実ともにトップに鎮座する彼が面倒だ。





そう思って、落ち着かせるようにひとつ呼吸をした。



そういえば。ふと思う。

10年前。


目の前で嬉しそうな顔をしている少女は、あんなにもビクビク、というほどでもないが、自分を恐れていたというのに。

10年前から飛んできた、それに今まで感じなかった『時間の流れの速さ』を感じた。

(ちなみに、姑のようにガミガミ怒鳴る隼人を黙らせることが出来なくなったのは、彼の中で非常に汚点である)





そわそわとエレベータのランプを見上げるハルを見て、もう一つ、『時間の流れ』を感じた。

左手薬指に光る銀色の、ソレ。

10年前には無かったそれは、毎日磨かれているのか、小さな光ですら反射してキラリと光る。





そうして、その対を成すソレは、






「この間、10年前のさんが来た時に、ハル、ハッピーなことがあったんです」

と、彼女独特の変な場所での英語混じり、の言葉に恭弥は口を開くでもなくハルを見た。



さんは、散々恭弥さんが変わったって言ってましたけど、やっぱりハルから見たら二人が一緒にいるのは普通で。

ちょっと頑固なところも、意外と慌てやすいところも、今のさんと全然変わってなくて」

ふふ、と狭いエレベータ内で明るくてやさしい笑い声が響いた。



「あのさんがこの未来を選んだのか、なんてわからないですけど。でも、きっと今のさんは、あのさんなんです」





だって、約束したんです。

この未来に来れるように、頑張ってみてくれるって。



さんは、約束を護ってくれる人だから。






ふわりと、それは闇を知っているのに、それでも光のように明るい笑顔が恭弥に向けられた。

それに若干目を細めながらも、恭弥は口をかすかに緩ませた。

自分は彼女を意外と気に入っていたのだと気付いて。



恭弥の思いに気付いたのか気付いていないのか、ハルは一層笑みを深くした。









“彼女”を想う




( 10年という月日でも変わらないもの )