思うままに生きればいい。

 

――――そうすればきっと、ここに繋がるから。

 

 

 

黒いは永久を謳う -vs. Tsunayoshi-

 

 

 

ボンゴレファミリー他、数々のマフィアを巻き込んだ三ヶ月にも亘る抗争が終了してから、早三日。

 

後処理に追われていた私達ボンゴレ幹部はお互い会う時間もなく、忙しい日々を送っていた。

 

 

 

(よし。これで全部終了、ね)

 

私は作成した報告書をディスクに落として大きく息を吐く。流石の私でも手間が掛かる嫌な仕事だった。

情報屋である私が三日目にして漸く完成させた報告書。後はこれをボスに渡して、目を通して貰えばいいだけ。

 

確認作業はボスに押し付けてさっさと帰って寝よう―――そう思いながら、私は意気揚々と執務室へと足を運んだ。

 

 

 

「ボス?今、大丈夫ですか?」

「ああ・・・・。入って良いよ」

 

 

 

ノックもそこそこに許可が出たので遠慮なく中へと滑り込む。すると珍しくボスは一人で仕事をこなしていた。

ボスという立場上・・・まあ、そんな心配も彼を見ていれば無用だとは思うが・・・安全の為誰かが傍に居ることが多い。

 

名実共にボンゴレ十代目となってから久しい為、内部に表立った敵対勢力は無くなった筈だけれども――――

 

 

 

「珍しいですね、独りで仕事なんて」

「うん。何となく君が此処に来そうな気がしたから、人払いしておいたんだ」

「・・・・・・・・・・・・・えーと、その。なにゆえお分かりに?」

「勘だけど」

 

 

 

それがどうかしたの?とボスににっこりと微笑まれて私は黙り込む。ああそうですか、超直感とかいうやつですか。

 

深く追求してもこちらが疲れるだけなので、そのまま持ってきた報告書をボスの方へと差し出した。

彼は満足そうに頷きながら小さなディスクを受け取って、一番上の引き出しに大事そうに仕舞い込む。

 

机の上には書類や何やらが山積みになっており、ボスがどれだけ忙しい日々を送っているかが如実に現れていた。

 

 

 

「ん、確かに。やっぱりは仕事が早いね。報告書持ってきたの、君が一番だよ」

「これでも三日掛かったんですよ?情報屋としては複雑です」

「はは、今回ばかりは仕方ないよね」

 

 

 

軽く笑うボス。しかしその顔をよく見ると疲労の色が濃く、最近眠ってないだろうと誰が見ても分かってしまう。

 

このままじゃいつ倒れたって可笑しくない―――――私は帰って寝るつもりだったのを思い直して彼に声を掛けた。

 

 

 

「ボス。ちょっと休憩しませんか?私紅茶でも淹れますから」

「え・・・いや、まだ仕事が沢山・・・」

「はっきり言って顔色悪いですよ。少しでも休まないと体に悪いです」

「ありがとう。でも俺は大丈夫だよ?こんなの慣れてるし―――」

 

 

 

ボスはしぶとく食い下がるが、そんな抵抗、私の前では完全に無力である。

 

 

 

「・・・・・そーですかー。じゃ、ハルに『あの事』言いますよ」

「っじゃあ今すぐお茶にしようか。美味しいクッキー置いてあるんだ、今持って来るね?」

「はい、お願いします」

 

 

 

慌てて立ち上がったボスに素敵な笑顔で応えつつ、最初から素直にそうしてろ。と心の中で毒づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高級な紅茶の良い香りが部屋中に広がる。私達はいつものソファで向かい合うように座り、暫く談笑していた。

 

これまた高級な茶菓子を遠慮なく二人で摘みながら、自然と話はこの間の事件へと移っていく。

 

 

 

「どうだった?10年前は」

「・・・、とっても楽しかったですよ?皆初々しくて」

 

 

 

特に隼人が。と付け加えると諸々の何かを思い出したのか、ボスが口元を抑えて吹きだした。

後にも先にも皆に対しあれだけ優位に立てる時はもう無いだろう。それだけは自分なりに酷く満足している。

 

恭弥にはかなり調子を狂わされた事など綺麗さっぱり忘れ、そんな風に楽しかった記憶だけに浸っていると。

 

 

 

――――ボスの、何かを含みまくった、揶揄たっぷりに紡がれた言葉が私を現実へと引き戻した。

 

 

 

「そう言えば・・・・聞いたよ、

「・・・・なんです?」

 

「君さ、元々ボンゴレ出てくつもりだったんだって?」

 

「っ!・・・・・・・また、古い話を・・・」

「俺にとってはついこの間の出来事だし。ずっとはぐらかされてたから気になってたんだよね」

 

 

 

そこまで言うとボスは口を閉ざす。・・・・何が言いたいのかは、私が一番良く分かっていた。嫌になるくらい。

こちらも暫くは沈黙で返し、向こうが諦めるのを待ってみたが―――案の定、そんな素振りも見せず笑顔のまま。

 

どうにもこうにも、頑固なボスのその視線に耐えられなくなった私は、自棄糞で叫ぶように言った。

 

 

 

「ああもう、そうですボンゴレ甘く見てました!はい、申し訳ありません!」

「見縊らないで欲しいって、ちゃんと言ったのに・・・」

「いい歳して拗ねないで下さい?・・・・それに、ずっと此処に居るって約束したじゃないですか」

「ん。だから、赦してあげるよ」

「・・・・・・・どうも。」

 

 

 

釈然としない感じが私を襲う。どうにかして反論したいと思うのだが、こちらに非がありすぎて上手くいかない。

 

一人で悶々としている間にも、ボスはどんどん過去の事を喋りまくり、そして懐かしそうに笑うのだ。

少し表情が明るくなったのが分かるが・・・・・勿論気分転換になったのはいい事だけど、藪蛇だったかもしれない・・・・。

 

 

 

「そうそう、には事あるごとに嫌がらせされてた気がするんだよね・・・あ、出会った頃からそうだったっけ?」

「言い掛かりです。私は単に、ハルの味方だっただけですよ」

「・・・それを言われると耳が痛いな。でもホントにそれだけ?俺ずっと嫌われてるんじゃないかって思ってたよ」

 

 

 

いえ、貴方の反応が面白かっただけです。

という本音は胸の奥に仕舞っておく。ハルの味方だったからボスの態度が気に喰わなかったのも本当のことだし。

 

でも嫌われている、とまで思われていたとは結構意外だった。私、そんなに酷い事までしてただろうか?

 

殆ど演技だと判っていても、やけに切なそうに眉を顰められるとついついフォローに回ってしまうのが人の性で。

 

 

 

――――普段だったら絶対口にしないようなことを、つい、ぽろりと零してしまった。

 

 

 

 

「好き、ですよ。・・・・・恭弥の次くらいには」

 

 

 

するとボスは、一瞬だけ驚いたように目を瞠って。

 

そして、ハルに向けるような柔らかくて暖かい笑顔を返してきた。

 

 

 

「・・・・俺も。ハルの次に、君が好きだよ。

 

 

 

 

二人が居なければ、あるいは―――・・・・・?

 

 

余計な形容動詞がなければ愛の告白とも取れる台詞のやりとり。視線が交錯し、見つめ合ったまま動かない身体。

 

 

 

 

 

 

―――その数秒後、私達は同時に爆笑した。

 

 

 

 

 

 

「ま、でも恭弥が居なかったら貴方に興味を覚えることもなかったんですけどね」

「ハルが居なきゃ、そもそも君がここに残ることもなかったんだろうね」

 

 

 

始まらない関係。決して花開くことのない想い。

 

そうこれからもずっと、変わることはない――――私は、恭弥と生きていくことを選んだのだから。

 

 

 

「と、いうわけで。貴方がハルに見捨てられたら一晩位慰めてあげますよ?」

「縁起の悪いこと言わないでよ・・・・って、もう止めよう。こんな話恭弥に聞かれたらどんな事になるか」

「・・・・大袈裟ですねえ。一晩慰めるって単に自棄」

 

 

 

酒に付き合うってだけじゃないですか。

と、肩を竦めて言い切る前に私は硬直した。ボスの背後、つまりは私の正面に、居たのである。

 

 

音も気配も、無く。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・ふぅん」

「「――――っ!?」」

「面白そうな話、してるね。君達」

 

 

 

心臓が止まりそうになる、とはまさにこの事だろう。ボスは冷や汗を垂らし、振り向けないまま固まっている。

 

きしむ首を叱咤しつつ見上げたそこには・・・・・薄ら寒い笑顔を浮かべる、雲雀恭弥の姿があった。

 

 

 

「・・・っちょ、今、本気で気配消してたでしょう!」

「気付かないくらい夢中で話してたんだ・・・・。随分楽しそうだったね、?」

「え、あ、じゃなくて。とと取り敢えず何処から聞いてた!?」

「嫌がらせがどうとかいう処から」

 

 

(一番聞かれたくない所、ばっちり聞いてるし!やばい・・・)

 

 

「・・・っまあ、その落ち着いて。きっとほら、恭弥何か誤解してるってば」

「落ち着いたほうが良いのは君の方だと思うけど」

「いやだから目据わってるって!」

 

 

 

地雷を踏んだ自覚はあった。そんなもの恭弥の目を見れば直ぐ分かる。分かりたくもなかったけど。

咄嗟に言い訳を並べ立てる私を無視してつかつかと近づいて来たかと思うと、そのままぐいっと腕を取られた。

 

 

・・・・その力の強さに、逃げたいという気持ちが全身を支配していく。

 

 

 

「ほら一番と二番との間には物凄いほどの開きがあるから!だから恭弥、」

 

「じゃあね。これは貰っていくよ―――報告書は机に置いといたから」

 

 

「あ、うん。ごゆっくり」

「ごゆっくりじゃない!こら沢田綱吉、ボスの権力で何とかっ」

「出来ない。無理。ごめん」

 

 

 

私の言葉は完全にスルー。そして一縷の望みすら断たれ、私は為す術もなく恭弥に引き摺られていく。

少し前を歩く恭弥からは薄ら寒い笑顔が消えることはなく、心底怒っていることが見て取れる。

 

 

(ゆっくり休もうと思ってたのに・・・・!)

 

 

背後で扉が閉まる音が響き、私は諦めて一瞬、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

――――それから数日間、ボンゴレで二人の姿を見た者は居なかったという。