「海・・・・行きたいなあ」

 

そう、全てはそんな些細な一言から始まった―――――

 

 

 

BLUE, BULE, BULE !!!

 

 

 

三浦ハルが班長を務める、ボンゴレ情報部情報処理部門第九班。

 

懐の狭いボスのみみっちい配慮によって新たに作られたそれは、発足当初メンバーが二人だけという侘しいものであった。

しかしこれまた視野の狭いボスの盲目的な保護欲によって、三名の新人が追加で配属されたのはつい先日のこと。

 

カルロ、アレッシア、ジュリオ―――そう名乗った彼らは何処からどう見ても『新人』からは程遠いもので。

 

情報屋『Xi』としては黙ってはおれず、こっそり調べて得たのは彼らが「元スパイ」であるという情報だった。

新入りと銘打った監視者を堂々と送り込んできたボスへの意趣返しも含めて、私は彼らに多少の嫌がらせを・・・・

 

 

――――とまあ、色々あったものの今ではすっかり五人の生活に馴染んでしまっている。

 

 

(・・・・それって多分ハルの所為よね)

 

私は目の前で談笑する新人組と上司であるハルを眺めながら、ひっそりと諦めにも似た溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

十年前からずっと一人で生きてきた私にとって、こういう空気は未だに慣れない。

そういう“仕事”でもない限り社交的に振舞う気も起きず、ボンゴレに入る前も私は聞き役にまわることが多かった。

だがハルはそんな協調性のない私に次々と話題を振ってくるので、自然と会話に加わることになってしまうのだ。

 

毎日五人で過ごすこの時間。日が経つにつれ、どこかそれを楽しみにしている自分が、居た。

 

 

 

「う、えっと・・・あたしは、別にいいんだけど」

「絶対断る。誰が行くか!」

「・・・うん。僕も遠慮・・・したい、かな」

「え!折角のサービスデーなんですよ!?」

 

 

 

さて。

 

今日もまた普段通りの一日が始まって―――無事午前の仕事を終え、丁度昼食後のお茶タイムといったところ。

ここ数日少々ややこしい書類を回されていたので、街中に出れず毎日ハルお手製のお弁当で済ませている。

 

(と、いうのをこの間ボスに自慢してやったら生意気にも笑ってたのよね。・・・・・引き攣ってたけど)

 

 

 

「諦めた方が良いわよ、ハル」

「そ、そんなさんまでっ・・・どうしてですか?ハル何かしましたか!?」

「お前が悪いとかそういう問題じゃ―――ほら、なあ?ジュリオ」

「上手く・・・言えない、けど」

「いやいやハルが悪いでしょ。全面的に」

「はひー!?」

 

 

 

今ハルが話題にしているのは、ボンゴレ本部から少し歩いた所にある最近開店したパフェ屋のことだ。

パフェ専門店だけあってか内装も可愛らしく女性には大人気で、甘いものに目がないハルは一も二もなく飛びついた。

 

が、黒いスーツを着た明らかに裏社会系の男がおいそれと足を踏み入れるような場所ではなく。

 

上司命令で殆ど無理矢理連れて行かれたこの哀れな似非新人のカルロとジュリオは、周りから浮きまくった挙句

店を出るまで女性客から好奇の目で注目され続け、もうそれはそれは居心地の悪い思いを味わったのである。

 

―――傍から見てて流石に可哀想になったほど。(ま、良いネタは手に入ったんだけどね)

 

 

 

「ほら、あのディーノさんならともかく。二人はあんまりパフェが好きじゃないのよ」

「あっ・・・・」

「ハルは上司なんだから。部下の気持ちもちゃんと考えてあげましょう?」

「そっか、そうですよね・・・好みとかありますよね・・・・」

「「(そ、そういうことにしておこう)」」

 

 

 

宥める口調を作ってちらりと問題の二人に目をやれば、慌てた様子で頷くのが見える。いい心掛けだ。

 

一度使ったネタは価値が下がる。これ以上悪戯にボスを刺激するのも得策ではないし――――何より。

表の一般社会で目立つような行為は慎まなければならないと私は思う。・・・・情報部として。情報屋『Xi』として。

 

 

あの店のパフェ、とっても美味しかったのに・・・と些か未練がましく呟く彼女を尻目に、私達四人は頷きあった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、何処か他に行きたいところはありませんか?」

 

 

 

パフェ屋の話は無事終了し、時間も経った為そろそろ休憩を終わらせようと私が席を立ったその時。

ハルはふと思い直したように新人三人に向かって問い掛けた。・・・・どうやら、何が何でも外出したい、らしい。

 

 

 

「・・・・どうしたの、ハル?先刻から」

「実は・・・その。同じ班なんですし、皆さんともっと親睦を深めようと思いまして」

 

一緒に出掛けられたらいいなあってずっと思ってたんです。あんまり遠くには、行けませんけど。

 

 

彼女はそう付け加えて微笑んだ。

その笑みに私ははっとさせられる。無邪気で、無防備で―――それでもどこか、愛しい。

 

 

(ああ・・・あの時は大して話もしてなかった気がするわね、確か。食べるのに必死で)

 

 

社交性のある彼女にしてみれば、それも自然な事なのかもしれない。誰とでもとにかく仲良くなろうとするから。

にこにこと笑顔で答えを待つハル。呑まれる新人達。微妙な空気が部屋に流れる。

 

そういうことなら――と、少し照れたようにぽつぽつ喋りだす三人を置いて私はそっとテーブルを離れた。

 

 

 

 

 

食器の片付けをしながら彼らの会話にそっと聞き耳を立てる。

 

最初こそカジノだのクラブだのと戯けた感じで喋っていたのが次第に打ち解けていく様は、何だか見てて微笑ましい。

 

 

 

「あたし、海・・・・行きたいなあ」

「海ですか?わ、ロマンチックですね!」

「ろ、ろま・・・?」

「アレッシア、お前海好きだったよな。久々に泳ぐか?」

「馬鹿この季節じゃ凍死しちゃうでしょーがっ」

「じゃあお魚でも釣ります?」

「僕、魚、好きだな・・・」

 

 

(いい歳した大人が五人固まって海・・・・)

 

しかも黒服のまま?―――って、どんな怪しい集団だっての。

いや、休日に行くなら私服だろうけど・・・にしても海とか。学生のピクニックか。潮干狩りか。

 

私は部屋の片隅にある小さな台所で彼らに背を向けながら、軽く脱力して肩を落とした。

 

 

 

平和で、且つどこか間の抜けた会話が続く。ゆったりと時間が流れる昼下がり。

 

班長の独断によって昼休みは更に延びる。それに後々ハルを含む四人が悲鳴をあげるのもまたいつものこと。

 

 

此処は本当にマフィア界の頂点に立つボンゴレファミリーなのかと疑いたくなる位、穏やかな日々だった。