目の前に広がる一面の青、青、青―――

 

「ハル・・・此処は?」

「海です!」

 

や、見ればわかるけど。

 

 

 

BLUE, BULE, BULE !!!

 

 

 

青い空、広い海、白い砂浜。何ともありがちな形容詞が頭に浮かぶ。

私はそもそも自分が何故こんな所にいるのかさっぱり理解出来ていなかった。

 

 

・・・今日も普段と同じ様に出勤して、何事もなく午前の仕事を終え、昼食を五人でとり、それから・・・

 

(そう、それで午後からは急な出張だっていうから)

 

またボスの酔狂かと思い、ハルに云われるままカルロの運転する車に乗って五人共々ボンゴレを出発したのだ。

 

 

 

それなのに、到着した場所が―――――海?

 

 

 

見渡す限り私達以外の人間は一人も居ない。少し離れた場所に大きな館が建っているが・・・他には何もない。

とても静かな場所だった。軽く打ち寄せる波音だけが規則的に響いている。

 

 

 

「一体どういう・・・」

「昨日班長がボスに掛け合ったらしいぜ?“マフィアランドに行かせてくれ”って」

「は?」

 

 

 

混乱して思わず漏れた疑問の声に応えたのはカルロだった。振り返ると、他の二人も後ろでうんうんと頷いている。

ちょっと待った。なに?マフィアランド?・・・・って、状況が分かってないの、もしかして私だけ?

 

 

 

「じゃあ此処マフィアランドなの?」

「ううん、ボスのプライベートビーチなんだって」

「『特別に貸して貰っちゃいました!』とか・・・・言ってた、よ?・・・班長」

 

 

 

何だそれは。

その一言に尽きる。

 

場所は分かった。だが此処に来た目的は?マフィアランドを選んだ理由は?プライベートビーチに何の用が?

全く訳が分からない。三人に問い掛けても困惑したような笑みで誤魔化されてしまう。

 

 

・・・・今直ぐ締め上げて吐かせてもいいけれど、一番正確な情報を持っている人物は他にいる。

 

私は深呼吸を三度繰り返す。そして、車を降りた途端嬉しそうに走り出し今も尚はしゃいでいる上司に向かって―――

 

 

 

腹の底から、大声を出して叫んだ。

 

 

 

「こら、ハル!一から全部、過程も含めて説明しなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・え、マフィアランド?」

 

 

綱吉は一瞬何を言われたか分からず、反射的に聞き返した。それを気にした風もなくハルは言葉を続ける。

 

 

「はいっ。海を見に行きたいんです。さん達と」

「ああ、それで。でも何でマフィアランドなの?」

「あそこならマフィアの人達で一杯ですし、安心だと思うんです!」

 

 

(・・・そ、それは逆だと思うけどな・・・)

 

 

ハル自身は違和感がないという意味合いで言ったのだろうが、それとは別の危険があることに気付いていない。

でもも一緒だというし、一区画をこちらで貸し切ればそうそう危険な事には・・・・

 

 

 

「って。さん、『達』?」

「カルロさん達も一緒に行ってくれることになったんですよっ!」

 

「・・・ふぅん・・・」

 

 

 

綱吉の声が一段と低くなった事にも、ハルは気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ハル―――」

 

 

 

私は軽い頭痛を覚え、手で額を押さえた。皆で何処かに出掛けたいという話は聞いた。海がどうとかいう話も。

 

だがそれは全て『昨日の』話である。そう、その話題が出てからまだ26時間しか経っていないのだ。

 

 

 

「し、仕方なかったんです。ツナさんのスケジュール調整が中々難しくてっ」

「ちょい待ち。何ゆえそこでボスが出てくる」

「マフィアランドの事話してたら、ツナさんも来たいって言い出して・・・・プライベートビーチ貸してあげるよって」

「・・・・・・・・・・・・・成程。」

 

 

 

少し前、新人三人組とボスとの間に多少の軋轢というか、ボス限定の非常に個人的な溝を作った張本人は私だ。

だから私だけでなく彼らも共に行くと聞いて、ボスが何を考え、どんな結論を出したかは―――察するに余りある。

 

(ごめん、三人共。私は単に使える人手が欲しかっただけで・・・!)

 

 

 

「駄目、でしたか・・・?」

「いいわよ別に。ま、予告くらいはして欲しかったけど」

 

 

 

私は一度だけ溜息を吐いて、縋るように上目遣いで見上げてくるハルに笑いかけた。

偶にはこんな日があっても―――いいかもしれない。今まで仕事以外で海に来たりはしなかったから。

 

せめて日が落ちるまでは、我らが上司の可愛らしい願いを叶えて・・・・・・・・共に。

 

 

 

と、その時。

 

波打ち際で屯している私達が乗ってきた車の隣に、見慣れた黒塗りの車が滑り込んできた。ボスだろうか?

一握りの警戒を胸に待つ。そして数秒も経たない内に姿を現した男達を見て、私は驚きと共に大きく目を見開いた。

 

 

 

「うそ、恭弥!?」

「え・・・っひ、雲雀さん!?あ、リボーンちゃんもっ!」

 

 

 

ボスが来る、というのだから獄寺は絶対ついてくるだろうという確信は持っていた。山本は運転手だろう、とも。

しかし車から降りてきたのはその二人だけではなかった。忙しいリボーンに加え、有り得ない事に恭弥まで!!

 

天変地異の前触れか、世界滅亡の危機か―――半ば本気でそんな事を考えていた私は、温和な声で現実に引き戻された。

 

 

 

「こんにちはさん。いい天気だね」

「ボス・・・・帰りにどこか殴り込みでもかける気ですか」

「え?まさか。最近皆働き通しだったから、偶にはいいよねって」

 

 

 

ボスの立場を使って無理矢理連れて来たと顔に書いてある。嫌味なくらいイイ笑顔だった。

 

彼は私達五人の間に入れて満足かもしれないが・・・・こちら側の身にもなってみろと声を大にして言いたい。

リボーンはまだいい。少年の癖にどこか達観しすぎているきらいがあるし、今回の事も軽く流しているようだ。

山本はこういう事に関しては寛大で人畜無害だ。問題視する必要はない。・・・・・・・が、残る二人はどうかというと。

 

 

 

「おいアホ女!てめーがくだらねえ事言うからこんな」

「下らなくなんかないですー!それに獄寺さんなんか呼んでませんっ!」

 

 

 

獄寺は早速ハルと喧嘩してるし。恭弥とは少し離れているにも関らず、肌に不機嫌オーラをひしひしと感じる。

折角、という言葉が浮かんだ。折角、『親睦を深める為』にわざわざ時間作ってまで海まで来たのに。

 

どうにかならないものだろうか?カルロ達はボス&幹部の登場にすっかり恐縮してしまっている。

 

 

 

波打ち際で言い争う声。波の音。宥める声。溜息。声。水の音。・・・・どこかで鳥が、鳴いていた。

 

 

 

「そんなに言うなら獄寺さんだけボンゴレに帰って独り寂しく仕事でもしてたらいいじゃないですか!」

「るっせえ!俺が十代目の傍を離れる訳には―――」

 

 

 

私はゆらりと足を踏み出す。気付かれないように。細心の注意を払って。

 

そして言い合うことに気を取られ油断している“スモーキン・ボム”と呼ばれるイタリア男に。

 

 

 

 

「―――ああっ、ごめんなさい手と足が物凄く滑って!!」

 

 

 

回し蹴りを喰らわせ、揺らいだ所を、思いっ切り全体重を掛けて突き飛ばした。

 

 

 

 

海の方に。