宙に浮いた身体はスローモーションで優雅に一回転し、地に堕ちた。
(・・・・十点満点、ね)
BLUE, BULE, BULE !!!
ばっしゃーん、と派手な水音が辺りに響き渡る。
受身を取り損ねたのか哀れ獄寺は顔面から海に突っ込んでいった。多分あの勢いだと水底に激突したに違いない。
「大丈夫ですか獄寺さん!生きてますかっ!?」
声だけは深刻な響きを持って。私の表情はそれを裏切っているだろうけれども。
まるで地獄のような沈黙に支配された海辺。にやつきそうになるのを辛うじて堪えながら、私は同僚に目配せした。
私と海に沈んだ獄寺を交互に見ながら呆然としていた彼らは、一度びくりと身体を震わせ、何度も何度も頷く。
“ハルを連れて、向こうに引っ込んでなさい―――”
これから起きるだろう事を考えれば、それは当然の選択だった。
綺麗な海。透き通った蒼。そこに沈むタコヘッド。
『海を見てると、何だか何処にでも行けそうな気がするの』 昨日アレッシアはそう言って微笑んだ。
分かる気がする。でも彼女とは反対に、私は海があまり好きではなかった。
イタリアを囲うこの地中海が・・・・もう戻れぬ場所に繋がっている事を知っていたから。
でも今は何も思わずに海を見ることが出来る。戻れなくてもいいと――――本当に、そう思う事が出来たから。
ぱしゃりと微かな水音がした。彼がゆっくりと、不気味なまでに時間を掛けてゆっくりと起き上がる。
「獄寺さん、ご無事でしたか!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「その格好じゃ風邪を引いてしまいますよっあれ別荘ですよね、少し休んでいかれたらどうですか?」
地を這うような、低い、怒りに満ちた呼び掛けは完全にスルーしてやった。更に圧迫感が増すが気にしない。
水も滴るいい男ですねと喉の所まで出掛かった。しかし後々のことを考えて心の中で呟くに留めておく。
「・・・・てめぇ・・・俺に、喧嘩売ってんのかよ」
「あら、売ったら買って頂けるんですか?」
「・・・・謝るなら今の内だぞ」
「え、獄寺さんその状態で喧嘩買えます?全身水に浸かってたのに」
「――――――――」
此処に居る男共は、程度の差はあれ基本的に負けず嫌いだ。そして皆若い。体力だけは有り余っているだろう。
だからこそ。・・・・そこにつけ込む余地が、ある。
「・・・・俺のダイナマイトが・・・・」
「はい?」
「ッッ海水如きに負けるかぁああああああああ!!」
「ちょ、獄寺!」
(残念。負けてますよ―――五分の一くらい)
山本が慌てて制止をかけるも虚しく、思い込んだら一直線の男は私の思惑通りに攻撃を仕掛けてきた。
飛んできたソレは確かに火がついてないのも幾らかある。だが他の個体の爆発に巻き込まれれば誘爆も免れない。
私は自分に影響が及ばない程度にダイナマイトを退け、幾らかをわざと恭弥の方へと弾き飛ばしてやった。
「な!?」
「あーら。失敗失敗」
「・・・おいおい」
「・・・・・・・・・・・・」
響き渡る爆音、広がる煙。その一瞬後、胸の空く様な殺気が辺りを満たした。
(男ってホント、単純でいいわよねえ?)
売られた喧嘩は買わずにはいられないという性質。勿論彼ら自身強いからこそ生きてこれたのだろうが。
私は、次に来るだろう我が幼馴染である恭弥の容赦ない攻撃に備え。
――――傍で言葉を失っている山本の腕を、がっしりと掴んだ。
「・・・・え、さん?」
「山本さん、バトンタッチです」
「ば、・・・・ってちょ、のわぁッ!!?」
そして黒い煙が晴れる前に猛然と突っ込んできたソレに向かって、彼を人身御供よろしく差し出すと。
勢いを付けすぎた恭弥と共に山本までが吹っ飛び、未だ海の中で突っ立っている獄寺に激突した。
(あららら。何も其処までお約束じゃなくても)
ばっしゃーん、とこれまた派手な水音が辺りに響き渡った。
「私は“同僚との親睦を深める為”に来たのであって、別に戦いに来たわけじゃありませんから」
「・・・ほう?仕掛けたのはお前なのにか」
「あまり空気を悪くされても困るんですよ。それに私、ハルの味方ですし」
いつの間にか背後まで近づいていた死神に向かってぽつりと呟く。既に恭弥達の視界に私は入っていなかった。
「やりやがったな、雲雀!」
「五月蝿い。何様?―――咬み殺す」
「今のは効いたぜ・・・ったく、負けて、らんねーよな!」
働き通しだったというボスの言葉を信じるなら、ストレスが溜まっていたのだろうと思う事は容易い。
波や砂に足を取られながらも手に手に武器を持って男達はぶつかり合う。完全に自分達の世界に入っているようだ。
これで暫くは・・・余計な邪魔が入らなくて済みそうだった。
「あ、リボーンさんも参加したらどうですか。偶数になりますし」
「お前が行け。俺は知らん」
「私も知りません。・・・じゃあ、明日の仕事に差し支えない程度に見守ってあげて頂けません?」
「・・・・・・・・・・フン」
リボーンは肩を竦めただけで答えなかった。肯定したのか否定したのかはっきりして欲しいとは思う。
だが恭弥達が遊びの域を超えて続けるようなら止めてはくれるだろう。手段は、選ばなくとも。
私はよろしくお願いします、と頭を下げて海岸の隅のほうで屯している情報処理部門第九班の面々の所へ歩き出した。
ちくりと視線を感じる。班長をボンゴレ幹部達と引き離してから、ずっと。
元スパイという経歴柄か、自分達はそういう気配には敏感である。それが何を意味するかも。
「さん、楽しそうですね」
「・・・あの人達に喧嘩売るなんて信じられない・・・」
「でもいつもあんな感じですよ?」
俺達の中で男にのみその視線は向けられている。だからアレッシアは気付かず班長と談笑を続けられるのだ。
「・・・・・見てるよな、ボス」
「う、ん。・・・見てる、ね」
「班長か?」
「・・・・多分、そうだと、思う」
何だろう。今日まで持っていたドン・ボンゴレのイメージが音を立てて崩れていくような気がする。
何を思って情報部の下っ端にこんなプライベートビーチを提供したのか。昔からの知り合いというだけではないだろう。
((・・・・大人気ないですよーボス・・・・))