薄暗い普段の生活から隔離された場所で過ごす、心穏やかな時間。
―――人は、これを幸せと呼ぶのだろうか。
BLUE, BULE, BULE !!!
海で沸き起こっている喧騒を尻目に、ボスは持参した折りたたみ椅子&テーブルにちゃっかり腰を下ろしている。
呑気なものだ、と私は目の端に映ったそれを黙殺して同僚の元へと急いだ。
「あ――・・・その、なんだ。班長、ボスの所に行ったらどうだ?」
「ボス、一人で・・寂しいんじゃ、ないかな」
「はひ?どうしたんですか二人共?」
近づくにつれ、微かにもめている様な声が聞こえる。何かあったのだろうか。
疑問を感じながらも徐々に距離を詰めると、カルロとジュリオが悲壮な顔をしてハルを説得しているのが見えた。
「ちょっと、何事?」
「「だからボスが!」」
「あっ、さん!さっきから二人が可笑しいんです・・・!」
よくよく話を聞くまでもなかった。ボス、という単語がカルロ達から出た時点で大体の意味を察することが出来る。
私は遠くの方からあからさまにしつこく送られてくる視線を感じ、その推測を確信へと変え。
ハルに教えたところで理解は出来ないだろうと結論付け、困惑したように首を傾げる彼女の肩にそっと手を置いた。
「さん?」
「ハル。お願いだから、ボスの所へ行ってあげて」
「それは・・・勿論、構いませんけど・・・」
「あの人どうも仕事で疲れてて、獄寺さん達の戦闘ごっこに参加できなくて拗ねてるみたいなの」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうなの。だからハルが行って、ボスを慰めてきて欲しいんだけど・・・駄目?」
『ハルなら出来る』『ボスを励まして』『皆で気持ちよく海見物をしたいから』等、あれやこれやと言葉を並べる。
基本的に仲良くワイワイが好きな彼女にとっては断るべくもない。少し説得するだけで素直に従ってくれた。
沢田綱吉と話せる―――それが余程嬉しいのか、ハルは小走りでボスの下へと駆けていく。
その後姿を見送りながら、カルロとジュリオは深い深い安堵の溜息を零した。
「・・・・ありが、と。」
「俺、心臓止まるかと思ったぜ・・・・」
「んもう。二人共大袈裟なんだからぁ」
「お前にはわかんねーんだよっ!」
その通り、と私は声に出さず呟いた。自分で送り込んでおいて他の男が近づくのが気に食わない、なんて。
子供っぽい独占欲か。気に入った玩具を取られて拗ねているだけなのか。
ボスが秘めているその思いを窺い知ることはできない。一方的で周囲が見えていないハルも、同類かもしれないけれど。
「なぁ。ボスって班長のこと・・・」
「さあ、ね。行動すら起こせない臆病者だから実際どの程度かは分からないわよ」
「でも俺達を送り込んだ理由はそうなんだろ?」
「どうだか。・・・・・単に保護者ぶってるだけかもしれないし、優柔不断で探りようがないというか」
「って、はっきりしねえなぁ」
「でしょう?」
我が意を得たりとばかりに私は頷く。先入観のない部外者である彼すら思うのなら、そうなのだろう。
アレッシアも大体の事情が分かって来たのか、ぼそりと“うわ、さいてー”等と呟いている。
「そういう訳だから、彼女の護衛だけはしっかりしといて欲しいんだけど」
「はっ、心配すんな。・・・守ってやるよ」
「うん。あたしら班長好きだしね!」
「・・・だ、ね。僕、・・・・頑張って、みるから」
「はいはい頼りにしてますよ―――」
一方。
「ツナさんっ!」
「ああ、ハル。このビーチ気に入ってくれた?」
「はい!ハルはもう大感激です嬉しいですっ」
砂浜は走りにくくて、少し切れた息を整えてからハルは綱吉に声を掛けた。彼は綺麗な笑顔で迎えてくれる。
どうぞ座って?と示された椅子。その好意に甘えてしまいながら―――心に引っ掛かっていた事を、謝罪した。
「ツナさん、あの、こ、こんな騒ぎになっちゃって・・・本当にすみませんでした」
「え。どうしてハルが謝るの?」
「だって!さんがああしたのはきっと・・・多分、ハルの為だったと思うんです。だから全部ハルの」
言い募ろうとした言葉は、物凄く柔らかな眼差しに止められてしまう。考えていた事が全て頭の中で溶けていく。
彼がボスになってから良く浮かべるようになった―――全てを包み込む大空のような、その微笑み。
「皆もいい息抜きになって良かったんじゃないかな?ありがとう、ハル」
「そ・・・そんなことないです・・・っ我儘聞いてくれて、ハルはとっても幸せ者です!」
「ハルが喜んでくれたなら、俺も嬉しいよ」
ボスを慰めるとか励ますとか。・・・・もうハルの中では、何もかもが、どうでもよくなっていた―――
海で喧嘩もどきをしている彼らの所から一際大きな音が響いて私ははっと顔を上げる。
先刻よりも範囲が拡大しているのは気の所為だろうか。いや、何だかどんどん攻撃が派手になってないか?
私は何だか嫌な予感がして目を眇めた。・・・・このまま此処に居ては、マズイ気がする。
「・・・・・皆、海見たわよね。取り敢えずもう帰りましょう」
「はあ?何言ってんだおま」
「このままじゃ貴方達も巻き込まれるわよ?」 アレに。
「「「・・・・・・っ!」」」
普段は静かで穏やかな場所である筈のプライベートビーチは、爆音と斬撃音と銃声で賑やかな様相を呈していた。
気付かないうちにリボーンも戦闘に参加している。ボスとハルは、ほけほけとそれを眺めているだけ。
誰にも止められない。・・・・否、この中の誰にも止める気が無かったのである。
これで海水が汚れ、魚が居なくなろうと泳げなくなろうとも絶対責任を取らないと心に決めた私は。
直属の上司とそのまた上司とその仲間達を置いて、同僚を運転手に据えさっさとボンゴレへの帰途についた。
で、その翌日。
ボンゴレファミリー誇る実力派幹部四名が遊びとはいえ闘いまくったのだ。楽しかったね、では終わらなかった。
最後まで残っていたというハルの話によれば、被害は甚大で、ビーチは向こう半年完全に使えなくなったらしい。
そして全員びしょ濡れだったにも拘らず何故か獄寺だけが風邪を引いたという噂が私の耳に入った。
朝一番で呼び出しをくらった先の執務室で――――
「最初に海に突き落としたの、さんだよね?」とかいうボスの笑顔に脅され。
彼が完治するまでの三日間。
――――細々とした雑務を大量に押し付けられたのは、言うまでもない。
<Fin>