あの、本当に、大丈夫ですか?

 

 

 

昨日も、今日も、明日も。

 

 

 

「と、いうわけで、だ」

 

 

 

執務室に集められた幹部連中を従えたリボーンは、机に凭れ掛かりながら無駄に厳かな雰囲気を纏いつつ口を開いた。

黙ったままそれに聞き入る周囲の様子も、どこかおかしい。

 

今日は出張で夜まで帰らない情報部主任三浦ハルの代理としてここに来た私は、内心首を傾げながら他の仲間を見やった。

何が妙だと言えば、まず全員、一人残らず全ての顔にくっきりと現れた目の下の隈である。

情報部を除いた部署では最近大きな組織全体の再編があり、上の人間は殆ど睡眠を取れていないというのは知っていた。

普段はサボりの常習犯である雲雀でさえ逃げられなかったというのだから、その凄まじさが窺えよう。

 

もう終盤に差し掛かっているというから、今こうやって集まっているのだろうか?

それとも、終盤なのにと不審に思うべきなのか?………どうにも尋ねにくい空気が流れていた。

 

そして私の葛藤を知ってか知らずか、やはりリボーンは尊大な態度で再び口を開く。

 

 

 

「全員揃ったな。忙しい中、よく集まってくれた」

 

 

 

キャラが違うように思うのは気のせいか。そうしていれば誰がボスだか分からないぞ、どうする綱吉。

とそこで、そういえば彼はどこに居るのだろう、と思った。今夜は同盟ファミリーとの親睦パーティーだった筈だが。

 

 

 

「もう知ってる奴もいるとは思うが、」

 

 

――――――がつっ!

 

 

「っ?!」

 

 

 

びくりと身体が跳ねた。突然何の予備動作もなくリボーンが机に拳を叩き込んだのである。

その額には見事な青筋が浮かび、誰がどう見ても心底怒っているのが見て取れた。

 

彼はそもそもあまりそういった感情を表には出さないから、余計心臓に悪い。しかしもっと驚いたのは、周囲が一切

それにリアクションを取らなかったこと。私ひとりがテンパっているようで不可思議だったが、やがて直ぐに理解した。

単に慣れているとかそういうことではなく、彼らは、恐らく、その、何というか、つまり、

 

………あまりに眠すぎて色々おかしくなっているようだった。主に頭が。

 

 

(全員目が据わってるし……)

 

 

そしてそれはリボーンも同じようで、キャラどころか普段の冷静ささえもどこかに置いてきたように思う。

 

 

 

「どうしてもパーティーは嫌だと―――綱吉が逃げた」

「……はぁっ?!」

「何としてでもパーティーが始まる夜までに捕まえろ。いいか、使用武器は問わない。顔以外なら攻撃を許可する」

 

 

 

声を上げた私には一切構わず、視線を寄越すことすらなく、その姿はまるで軍隊の長官を彷彿とさせた。

 

 

 

「え、あのちょっと、」

「無論、捕まえた者には報酬が出る。三日間の休暇だ!」

 

 

 

うぉぉおおおお!極限!と了平のやけに力の篭った雄叫びが上がるのを、私は呆然と聞いていた。

若干数名は無言だったものの不敵な笑みを刻み、残りは叫びに同調するようにそれぞれ声を上げる。

いや、おかしいから。あんたらテンションおかしいから!そう突っ込みたかったのを何とか堪えたのは。

 

………疲れで血走った皆の目が怖かったからとか、そんなことはない。断じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見ようによっては喜々として出ていった彼らの背中を見送って、私はひとり漸く息を吐いた。

さっきまでの異様な空気は何だったんだ。三日間の休暇とやらがそんなに欲しいのか……いや、欲しいんだろうな。

 

ずっと昔に私とハルが駆けずり回って情報部の再編をした頃を思い起こす。

確かにあの頃は眠れない日々が続いたし、休みが欲しいと心底願っていた。当然、無理だったけれども。

 

 

 

「しっかしそんな時期に逃げ出すとか、馬鹿なの?」

 

 

 

あるいは本当に本気で嫌だった、なんてところだろう。ボンゴレが安定して暫く、いい歳になった十代目ボスを

周囲が放っておく訳もない。パーティーなんぞに出ようものなら、未だに身を固めていないからという理由で

恋人がいようがいまいが関係なく、相手ファミリーから令嬢を紹介頂きまくるのが常だった。

 

同情はするしハルにとっては辛いことだろうと思いつつ、それが彼の仕事のひとつであることは否めない。

だからはっきり言ってしまえば、この期に及んで綱吉が逃げるなんて言語道断なのである。

たとえ前回の会合で怪力が自慢のご令嬢に押し倒されそうになったとしても、だ。……本当に同情だけはするが。

 

何にしても、あの状態の幹部連中を相手にして彼が生き残れるとは思わない。

睡眠時間たっぷりでお肌つやつやの私が参戦して、いらぬとばっちりを受けるのは御免である。

 

というわけで、放置決定。合掌。

 

 

 

「お、!やっぱここに居たな!」

「っぃ?!……って、武?」

 

 

 

さて情報部に帰って今日の仕事を終わらせてしまおう、と立ち上がりかけたその瞬間に背後から声を掛けられ、

私は舌を噛みそうになる。慌てて振り返ると、山本武が普段通りの爽やかな笑みを浮かべて……いるわけがなかった。

いや、もしかしたら本人はそのつもりなのかもしれない。けれど確実に何かが違う。

 

ていうか本気で怖いんですが。と、凄んでいる自覚もないだろう彼に私は意地になって笑い掛けてやる。

 

 

 

「どうしたの?何か忘れ物?」

「なあ、。何か持ってねえ?食いもんとか」

「………?えっと、お腹空いてる、の?」

 

 

 

まさかな、と思いつつ恐る恐る尋ねると、にやりと、そう、にやりとしか表現しようのない笑顔を浮かべ、武はさらりと付け足した。

 

 

 

「俺じゃなくてさ。ほら、ハルが作ったやつとかねえかなと思って」

「そ、それはその……綱吉を釣るためとか、そういう?」

「おう!さっすが、話が早いな!」

 

 

 

頼むからそんな時だけイイ笑顔にならないで欲しい!しかも何だ、この余裕たっぷりの態度。

もし私がそういったブツを持っていたとしてだ、私が休暇目当てに使うとか思わないんだろうか?

 

そう疑問に思った途端、何故か『お前は十分寝てるから、休暇なんていらないよな?』なんて圧力を錯覚してしまう。

 

 

 

「………ハルが作った……」

「ん?」

「……………確か、昨日貰ったクッキーが棚に」

 

 

 

結論、負けました。一応情報部まで着いてきてもらい、その場で渡して帰ってもらった。

 

いやもう、これが隼人だったならまだもうちょっと粘れただろう、最後は泣き落としで渡してしまいそうだが。

恭弥や骸、了平はそもそもそんな回りくどい手は使わない、恐らくは。相手が武だったのがきつかった。

楽しみにしていたクッキーを渡してでも、どうか頼むから寝てくださいと拝みたくなるほど。

 

―――最終的にどうなろうと、知るか。私は頭を振ってそれを意識から追い出し、自分の仕事に没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の昼前。執務室にて。 

 

 

 

「……ぶふっ」

「え、なにその反応!おかしくない?婚約だよ?!」

「いやそんな格好で婚約とか言われても滑稽でしかないというか」

 

 

 

話があると綱吉に言われてわざわざ仕事を抜けて来てみれば、何やら勝ち誇った顔で私を見てきた。

そして『ハルと婚約した』、などと頭の悪いことを偉そうにおっしゃるものだから思い切り馬鹿にしてやる。

 

上着を脱いで暑そうにネクタイを緩めている彼の首筋には何重にも巻かれた包帯が覗いており、

痛々しいというよりはいい気味である。昨日の流れを知っているから余計に。

 

 

 

「こ、これは恭弥と骸にやられ……ってそうじゃなくて!」

「あーはいはい。オメデトウゴザイマス」

「心が篭もってないよ、

「は、どうせ“振り”なんでしょうが」

「うぐっ!」

 

 

 

何で分かったの、と顔に書いてあるが、彼は私が情報部所属ということを忘れているんじゃなかろうな。

ボンゴレに関する情報はほぼまず情報部に集まるのだ、特殊すぎるものではない限り。

昨日のパーティーで何があったかなんて昨夜のうちに聞いている。

その上、当事者のハルからも今朝話を聞いたのだから、全て丸分かりだった。

 

 

 

「と、とにかく!振りだろうと何だろうと、当面それで通すから、にも心得ておいて欲しいんだ」

「りょーかいでーす」

「………。…………」

 

 

 

いいじゃんちょっとくらい夢見たって。俺だってさあ、結構頑張ってるんだよ?これでも。

などとぼそぼそ呟いているのを完全にスルーして、改めて状況を確認する。昨夜の勝負はもう縺れに縺れたらしい。

 

ハンターと化した仲間に見つかり襲われた綱吉は命からがら逃げ回り、数発喰らっても頑として首を縦に振らなかったと。

まあそれ故の醜態、それ故の怪我なのだが。一歩間違えば反逆とも取られかねない図だよな、と他人事のように思う。

 

そして結局勝者は、綱吉を説得したという意味ではハルだった。

渋るボスを宥めて、会話の流れであろうことか一緒に付いていきましょうか?などと発言してしまったのが運の尽き。

これ幸いと会場に連れていった綱吉がそのまま婚約者発言をしてしまったのは、彼女自身予想外だったようだが。

 

対外的にはそこまで問題はないけれども、もちろんボンゴレでは重鎮共が初耳だと騒いで大変なことになった。

まあ身内には「仮」発言をすることで、その場は何とか事態を収めたらしい。リボーンの心中たるや察するに余りある。

綱吉とハルは実際付き合っているものの、それと結婚とは別物で、実現にはまだまだ時間と労力が必要だろう。

 

 

 

「ところであのクッキー、美味しかった?」

「そりゃ勿論、ハルが作ったものだし―――え?何でが知ってるの?」

「だってあれ、元々は私のだから。武に献上したの」

「……………えっと、……なんか、ごめん」

「…………睡眠時間って、大切よね」

「そ、そうだね。はは、今後は出来る限り対処するから……。……ごめん」

 

 

 

一方でハルのクッキーを使って綱吉を足止めし、その間に出張から帰ってきていたハルを直接呼び出したのは武だった。

その手際が恐ろしいくらいに良かったのだろう、私達はお互い視線を合わせ、同時に逸らした。

 

 

(思うことは同じ、って?)

 

 

綱吉の誤魔化すような乾いた笑いが、執務室の中、どこか空しく響き渡っていた。

 

 

 

 

後日、この一件に関わった幹部連中は、色々と反省したらしい十代目ボスから一日だけ休暇を貰ったそうである。