身内にはとことん甘い彼。

 

だからこそ、私は力になりたいと思ってしまうのです。

 

 

満たされゆくココロ 〜ディーノ編〜

 

 

 

キャバッローネ・ファミリー北支部の、とある一室に私は足を踏み入れた。

 

それは、三年前にちょうど私がディーノから依頼を受けた部屋だった。中には既にディーノが待っている。

 

 

 

「悪ぃな、態々来させちまって」

「いえ、大丈夫です。・・・それにしても随分忙しそうですね、ディーノさん」

「・・・・・・・お前が言うなよ」

 

 

 

私は、彼から連絡を受け、例の依頼の報酬を受け取りに来ていた。

キャバッローネは今混乱の最中にある。勿論それは私がもたらした情報の所為だ。

 

幹部の一人が麻薬という規律違反で捕まり、その波紋があらゆる所まで広がっているのだから。

 

 

 

「お前が聞き出したヴィヴィアーニの所から、もうマジ笑える位色んなもんが出てきたんだ。おまけにまだ派生するしよ」

「まだですか」

「お陰で連日ほぼ徹夜だぜ?ったく、洒落になんねー」

「・・・まあそれはご愁傷様です」

 

 

 

確かにディーノの目の下には薄っすらと隈が出来ていた。

昼夜逆転しているとはいえ今の所毎日8時間は寝ている私とは大違いだ。

 

隈一つないスッキリとした顔をした私の心からの労りを嫌味ととったのか、ディーノは少し顔を顰める。

 

 

――――それを人は被害妄想と言うんです。

 

 

 

「それじゃかなり勢力図が変わるんじゃないですか」

「ん、まあな。今は誰がパンツェッタの後釜に入るかでまた揉めてやがる。・・・当分続くだろうな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

その後釜が、同じ様な道を歩まなければいいけれど。

そんな思いが顔に出ていたのか、ディーノは珍しく皮肉を込めた笑みを寄越す。

 

私も笑い返し、二人して少しばかり未来を憂いた。

 

誰だって、彼のような末路を辿る危険を孕んでいる。

誰だって、道を踏み外す可能性を秘めているのだ。

 

 

それがどんなきっかけからだったか、なんて。きっと誰にも分からない。

 

 

 

「・・・ま、起こるかどうかわからねぇ未来を嘆いたって、しょうがねーよな」

「備えあれば憂いなしって言いますけどね」

 

 

瞬間、部屋の空気がぴしりと音を立てて固まった、ような気がした。

 

 

「・・・・・・・・、お前俺を貶めてねーか?」

「気のせいですよ。寝不足で被害妄想強いんじゃないですか」

「・・・・。っと、とにかく報酬の事済まさなきゃな。ロマーリオ、頼む」

「おう、ボス」

 

 

 

ち、逃げたか。

 

先刻までまるで塗り壁のように黙りこくっていたロマーリオは、ボスの命を受けて私の前に封筒を置いた。

薄っぺらいそれの中には、これまた薄っぺらい紙が一枚だけ入っていた。

前にも依頼を受けたから分かる。これは、報酬の明細書だ。私が現金で受け取らないことを知っているからだろう。

 

ともかくまず内容を確認しなくてはならない。私はそれにさらっと目を通して―――ふとある違和感に、目を眇めた。

 

不審に思いもう一度確認してみるが、文字は化けたりせず、そのままである。

 

 

 

「・・・・あの、ディーノさん」

「お、どうした。不備でもあったか?」

「・・・これ、打ち間違いじゃないんですか?報酬の額のところ」

「あー?・・・・どこがだ?」

 

「だから前の時と桁がひとつ違うじゃないですか!0が一つ多いですよ!?」

 

「なんだ。報酬弾むって言っただろ?」

「・・・・・は?」

「これで間違ってねーよ。ざっと・・・前の七倍だな」

 

 

 

あっけらかん、とディーノは言った。

しかし言わせてもらうが、三年前の依頼で手に入れた報酬は自分で言うのもなんだが物凄く高額だった。

一般の、まあ市場価格からいえばもう破格ものの。マフィアだからぽんぽん出せるのかと感心したくらいである。

 

―――それなのに、今度はそれの七倍払うという。今回は前より遥かに調査期間が短かったにも関らず、だ。

 

 

 

「・・・あー、その。ディーノさん、身内がこんな事になって非常にショックを受けてらっしゃるとは思いますけど」

「はぁ?」

「心中深くお察しします。でもですね」

「・・・?」

 

 

「っ呆けるのはまだ早いですよ!」

「誰が呆けるか!!」

 

 

「じゃあ浪費は良くないです」

「正当な報酬だろうが!」

「頭湧いてるんですか」

「湧いてねーよ!!」

 

 

 

私達の無意味かつ無意義な言い争いは暫く続き、叫んでばかりいるディーノが咽始めてやっと止まる。

そこにタイミングよくロマーリオが紅茶を持ってきてくれて、私達は喉を潤し一息ついた。

 

紅茶を半分以上飲み、充分頭を冷やしてから私は口を開く。予想外に取り乱してしまったことを反省しながら。

 

 

 

「・・・・・・受け取れません」

「何でだ?」

「その額に見合った動きなんて、私はした覚えがありませんので」

「お前変な所で頑固だよな。俺がやるっつってんだから喜んで受け取りゃいいのに」

「曖昧な事が嫌いなだけですよ。・・・ではお分かり頂けたなら、これは多少減らして――」

 

 

「したさ。それに見合った動きなら」

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「あ、信じてねーな?そう睨むなよ。今から説明してやるって」

 

 

 

ディーノに何だか宥めるように微笑まれて、私はどうしようもなくなった。仕方ない奴だな、とでも言いたげなそれ。

これ以上文句を言うと、傍から見れば私がただ駄々をこねる子供にしか思えなくなる。

しかしこのままではこの額で押し通されかねないので、まずは大人しく話を聞いてやることにした。

 

・・・・素直に従うのは癪なので、ついでに足を踏んでおいたが。

 

 

(痛みに声も無く悶えるディーノは見ていて結構スカッとした)

 

 

 

「・・・ぐっ・・・、てめっ・・・」

「ご心配なく。傷は浅いです」

「そういう問題じゃねぇっ・・・ヒールで踏むなよ・・・!!」

「大丈夫ですって、安心してください。ボンゴレに入ればこんな事しませんから」

 

 

 

今だけですよと笑う私を恨みがましい目で見る彼は、涙目だった。相当痛かったらしい。

 

 

 

「・・・お前、いつか覚えてろよ・・・」

「忘れなければ覚えてますよ。まあ、忘れなければ、ね」

「・・・・・・・・。で、だ」

 

 

 

また逃げたな。

と思う暇もなくディーノは瞬時に真面目な顔になると、どこからか一枚の紙を取り出した。

 

私は机に広げられるそれを上から覗き込む。何か、図のようなものが書いてある・・・?

 

 

 

「お前は詳しく知りたくは無いだろうから、手短に話す。ヴィヴィアーニが吐いた共犯者の中に、ある大御所の家が入ってたんだ」

「大御所、っていうのは・・・?」

「一線から身を引いた頑固じじぃ達の事だな。隠居したってのに時折口出ししてくる」

「あぁ。ボンゴレにもそういうのがいるそうですね」

「全くな」

 

 

 

ボンゴレのボス曰く、『頭の固い死に掛けジジィ共』らしい。かつて権力を持っていただけにその影響力は大きい、とも。

あちこちに生息する嫌味しか言わない年寄りだ。確かに一人でも減ってくれた方が有難いだろうな。

 

 

 

「いい加減俺もそいつの相手すんの嫌になっててさ。どうやって潰そうか考えてたんだよ」

「あー・・・丁度良かったんですね」

「周りが全員納得する理由まで付けてやれたんだからもう言う事なしだな」

「・・・でもそれって、結果論じゃないですか」

「いいんだよそれで。・・・お前には、嫌な事まで思い出させちまったし」

 

 

 

申し訳なさそうな、痛みを堪えるような、そんな顔で彼は言う。彼が気にするような事ではないのに。

 

――――私が、自分で選んだ道だ。

 

 

 

「いえ、それは」

「言わないに越した事はなかったんだろ?」

「・・・・・・・・・。まさかそれの慰謝料も込みで?」

「込みで」

「・・・・・・・・・・・・なるほど」

 

 

「依頼料。報酬。それから報奨に慰謝料だ。・・・受け取れよ。もう気軽に依頼するわけにはいかなくなったからな」

「ですね。まあ、報酬弾んで頂けるなら考えますけど、その辺りはボンゴレと相談してください」

「・・・はあ、お前もとうとうマフィア入り、か。俺のところが先に声かけたっつーのに、恭弥に負けたか」

「むしろハルに負けたんじゃないですか?」

「ん?そりゃどういう意味だ?」

「企業秘密です」

 

 

 

私はしれっとした顔でそのまま紙を封筒に戻し、自分の鞄に入れた。

高額の報酬に何か企みでもあるのかと疑いかけたが、まあこの男に限ってそんな事はないのだろう。

 

この男なりの甘さが、あるいはそうしたのかもしれない。

 

 

 

「・・・

「何ですか?」

 

 

 

では、と軽く頭を下げて部屋を去りかけた私の背に、ディーノの声が掛かる。

私は特に何も考えず、体ごと振り向いて言葉の続きを待った。彼はただ、いつもの笑みを浮かべている。

 

 

 

「それ、ちゃんと読んでおけよ。期限は・・・そうだな、俺がボスである間か?」

「期限?」

 

 

 

いきなり意味不明なことを言われ反射的に聞き返したが、読めば分かるといって取り合ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

そのまま私はディーノとロマーリオに別れを告げ、本部から宿泊しているホテルへと帰った。

マフィアと直接関った日は家に帰らないのが信条だったので。あの日だけはそんな事考える余裕はなかったけれど。

 

 

(とはいえマフィアに所属する以上、もうこんな面倒な事はしなくて済む・・・)

 

 

そして宛がわれているホテルの一室にて、言われた通り私はもう一度今回はじっくりとその明細書に目を通した。

 

 

謝礼文に続き、報酬について。

額と私が要求した条件についての記載。

 

 

そして最後に、たった一行の。

 

 

 

「・・・・『なお、先の生活について支障があった場合、やむを得ない場合を除き、こちらの力が及ぶ限りの援助を確約する』・・・・?」

 

 

 

私がこれから送る、ボンゴレの生活で。もし何かあったら力になる――と、そう言っているのだ。

 

そして期限は『ディーノがボスである間』。

 

 

 

「・・・なかなか、洒落た事してくれるじゃないですか」

 

 

 

私はきっと以前のように自分の意志で依頼を受けることは出来ない。ボンゴレ情報部という枷がある。

そう、ハルがのし上がって幹部になり、その部下である私も何らかの地位を得て多少自由を手にするまでは。

 

だからその時こそ彼らに全てを返そう。私の力の及ぶ限り。

 

 

 

・・・・・・・その時までは宜しくお願いしますね、ディーノさん。

 

 

 

 

-Fin-