私は笑った。笑うことで、誤魔化した。誤魔化すしかなかった。
―――否応なく見せつけられる、その変化を。
その暖かさを手放す日には
庇った、という意識はなかった。少なくとも、庇おうとして動いたわけではない。
バランスを崩して着地点が予定より少しずれたその先に、敵が隠れているのが目に入った。ただそれだけ。
だからこそ仕掛けたのだし―――結果、私が負傷したからといって自己責任以外の何があるだろうか。
たとえその敵が、暴れまわる雲雀恭弥に丁度ライフルの照準を合わせていたとしても、だ。
全ての敵を沈黙させた後で、私は灼けるように熱い左肩へちらりと目をやった。それなりに血が出ている。
ただ銃弾は肩を掠めただけに終わったし、命に関わるような怪我ではない。適当に処置して――――
「―――っ、ぅわ!」
と。突然ぐるりと身体を反転させられて、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
何事かと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、物凄く不快そうに顔を顰めた恭弥の姿だった。
「え、なに」
「……馬鹿じゃないの」
「…………。……恭弥?」
低く、吐き捨てるかのように呟かれた言葉。喧嘩を売っているのかと聞き返しそうになったほど乱雑なそれ。
止血をすることも忘れて私はじっと幼馴染を見つめた。……ほんの少し、違和感さえ覚えながら。
怒っている、のは分かる。不機嫌なのも明白だ。しかしその後の行動が――――正直、信じられなかった。
本当に君は馬鹿だね、と彼は繰り返した。さっきから馬鹿馬鹿とやかましいが反論できない。
それどころか動くことも出来ずに、私は恭弥が肩の傷に包帯を巻いていくのを他人事のように眺めていた。
意外にも器用さを垣間見せる丁寧な処置に驚くしかない。ただ単に慣れているだけともとれるが。
―――あそこで飛び込んでくる理由が分からないよ、僕ひとりで充分だったのに。君、頭悪いんじゃない―――
何度も繰り返される言葉が遠くに聞こえる。彼は一体何をしているのだろう。傷の手当て?それも、他人の?
……結果的に庇った形になったから?でもだからといって、こんなことをする理由になるだろうか。
なるとするならば、それは“雲雀恭弥”が“変わった”ということだ。
誰彼構わず力でねじ伏せていた、あの姿は私と別れた後もそう変わりはしないだろうと思っていた。
再会した時でさえ、結局当てようとはしなかったものの殴りかかっては来たのだから、と。
(違う――――)
その変化は、人間として歓迎すべきことだ。他人を思いやるなどという芸当が少しでも出来るのなら。
私は何とか笑みを浮かべて、成長したのね、などと戯けた台詞を吐いてやる。……やれば出来るじゃないの、とも。
案の定即座に飛んできたトンファーを避けつつ、目を眇めて距離を取った。追撃がないことにやはり、と思う。
「全く、の所為で余計な時間が掛かった。反省しなよ」
「ちょっと掠ったくらいで大袈裟な。それに予定時刻まではまだ時間が……」
「五月蝿い。馬鹿は黙ってれば」
「っ、だから何回馬鹿って言えば気が済むわけ?」
「ああごめん間違えた。超弩級の大馬鹿者だった」
「―――――っ!」
その後はもちろん普段通りどつき合いを―――しなかった。草壁から連絡があった、という理由で。
でも私は知っている。気付いている。そもそも電話など来ていないし、来たとしても普段なら無視することを。
そして最も決定的だったのは、合同任務の後は必ず報告書作成を押し付ける筈の恭弥が、そうしなかったこと。
(……違う、のに……)
彼の変化に戸惑うより先に、私自身未だに過去しか見ていないことが大きな衝撃だった。
無意識に過去の面影を探しているという。変わらなければ良いなんて、そんな馬鹿なことを考えているのか。
あの日には帰れないと結論付けたはずなのに―――こうやってまた、恭弥に揺さぶられてしまう。
きっちりと巻かれた血の滲む包帯にそっと触れる。
温もりなど残ってはいないけれど。
……でも。