かつて、私の中で、彼は力の象徴だった。

別に神聖化していたわけではない。

喧嘩といえば彼を思い出し、強い者といえば彼を思っただけのこと。

 

羨んだ事は無い、と言えば嘘になる。

手を染めるたび、私は心の中の彼を思って・・・・・・縋って、自分も力を持っているような錯覚に酔った。

そうやって自分を誤魔化しながら生きてきたのだ。

 

 

でも今はもう、象徴はいらない。

 

・・・・・私は戦える。

 

 

(切れない刃など持ち合わせては居ないのだから)

 

 

 

 

嗜虐の英雄

 

 

 

 

私は珍しく真夜中の街を、正確に言えば路地裏を歩いていた。

遅い夕食を摂っての散歩である。

ボンゴレ入りをしてからそういう事は控えていたが、大分慣れてきたので久々に足を伸ばしてみたのだ。

 

 

・・・・もしかしたら、ウォーミングアップの誰かさんが来てくれるかもしれないし。

 

 

と、思って歩き続けて十数分。

少し開けた場所に出ると、意外な人物に声を掛けられた。

 

 

 

 

「あれ?さんじゃねーか?」

「え、・・・・山本さん?」

 

 

 

少し離れた建物の壁に寄り掛かるようにして立っている彼。

私に向かってひらひらと手を振ってみせる。

 

 

 

「こんな所で、何を・・・?」

「俺?見張り。誰も近づかないようにってお達しだけど、あんたならいーよな」

「・・・・はぁ」

 

 

 

よく探ると、山本が寄り掛かっている壁の向こうに、人の気配がする。

誰が居るとまではわからないが・・・。

マフィアにお馴染みの密談でもしているのだろうか。

 

 

 

「小難しい話なんかわかんねーし、俺多分絶対寝るだろうしな!見張りでもしとくかってことで」

「そう・・・なんですか。ご苦労様です」

さんは?あんましこんな時間に出歩くのは止めた方がいいんじゃねぇ?しかもこんな所」

「散歩です。昔は良くこんな所を歩いたものですし―――何だか懐かしいですね」

「・・・そーゆーもん?」

「そういうもんです」

 

 

 

私は暇だったので、同じく暇を持て余しているらしい山本と暫く話し込んだ。

勿論、ただの世間話の延長線みたいな他愛の無い代物だったけれど。

話せば話すほど、彼の好青年振りが示されて私は何となく微妙な心持ちになった。

 

・・・・何というか、こう、『いい人』って感じで、やりにくい。

 

ボスとは全く趣が違う爽やかさは私を大いに戸惑わせた。

 

 

 

何でこんな人間がマフィアなのだろう。

 

 

 

 

そんな事をつらつら考えながら話していると、山本の携帯が鳴った。

 

 

 

「あ、わり。ちょっと待ってな」

「・・・いえお気になさらず」

 

 

律儀に断ってから、彼は電話に出た。

 

「はい。――あ、もう終わったのか?・・・・・了解。すぐ行く」

 

 

 

用件だけの短い会話。

 

見張りはこれで終了、か。ならば私も去るべきだろう。

通話を終えた彼に私は言った。

 

 

 

 

「これでお仕事終了ですか」

「おう。これから本部に帰るってわけ。・・・・一応俺、運転してっから急がねぇと」

「ご苦労様です。―――では、私はこれで」

「気をつけてな」

「はい」

 

 

 

 

別に何が行われていたかなんて興味が無かったので、私はそそくさとその場を去った。

 

 

 

 

 

 

・・・否、去ろうとした。

 

私が山本の所から数歩進んだその時に、それらは現れた。

 

 

 

 

 

「お前が『Xi』だな!?」

 

 

 

私の道を阻んだのは、先刻から切望していた『ウォーミングアップ』の方々だった。

 

 

 

おいおいおいおい。

 

タイミングってものを、ちょっとは考慮して欲しいんだけど・・・という私の思いは、声になることも無く、消えた。