殺すか殺されるか。

 

私には、そんな世界でしか生きる術を得られなかった。

 

 

 

嗜虐の英雄

 

 

 

暗がりから現れた殺し屋。その男には見覚えがある。

 

彼は静かな殺気をその瞳に秘め、私を真っ直ぐに見据えてきた。

 

 

 

「『Xi』・・・」

「・・・・・貴方は・・・・・あの時の・・・・」

 

 

 

今から、一年程前になるだろうか。

私は丁度こんな路地裏で、同じ様な輩と戦っていた。

 

同じ様な輩、と言っても、今と比べればそのレベルの差は明らかではあった。

あの頃の私は、同業者連中に狙われてはいたものの、今ほど多額の賞金を掛けられていた訳ではない。

 

 

腕に自信のあるものが多少の小遣い稼ぎとして。

表では暮らせず生活に困ったものが明日を生きる為の糧を得ようとして。

 

理由は様々。

だがそれが何であろうと、私は彼らと戦ってきた。

 

 

・・・・・同情なんか、しなかった。

 

 

 

 

 

一年前、路地裏で襲い掛かってきたのはたった一人。

大抵徒党を組んで向かってくるのが普通だったので、かなり新鮮さを覚えたもので。

真面目そうな男。普通にしていれば真っ当な人間と言えそうな位、平凡な男だった。

 

それでも私に銃口を向けたから、私の敵だと判断して、・・・・私はその男を殺した。

 

 

そして偶然その場に居合わせたのが、この大男―――

 

 

今此方を見据えるその目は深い色を湛え、静かな怒りと憎しみ以外の感情は見受けられない。

殺した男の親友。あの時、逆上した彼は何と素手で私に向かってきた。

 

復讐、ただそれのみを胸に抱いて。

 

 

 

結果として、私はこの男を殺さなかった。あの時彼は、私の『敵』、ではなかったからだ。

 

 

ただし。

 

 

 

 

「・・・・・二度目は無い、と言ったはずよ?」

「俺は、お前さえ殺せれば――それでいい」

 

「・・・そう。なら、覚悟はあるのね」

 

 

 

 

私は笑って、ナイフを構えた。

 

山本と恭弥に殺された奴らとは一味違う。技量も殺気も桁違いだ。

一年前とは格段に強くなっているのは分かる。だが、それでも・・・・

 

 

負ける相手では、無い。

 

 

 

「私が生きる為に―――死んでいただきます」

「あいつの仇だ!死ね、『Xi』!!」

 

 

 

先に仕掛けたのは相手の方だった。

その巨体に似合わぬ素早いスピードで接近し、凄まじくごついナックルをつけた両手で殴りかかってきた。

当たれば多分、骨折では済まないだろう。

 

的確に頭を狙ってくるその動きを、私はじっと動かずに見ていた。

 

 

(貴方自身に恨みはない・・・復讐に生きさせてしまったのは、私の所為・・・・だからせめて)

 

 

「せめて、一瞬たりとも苦しまないように殺してあげる」

 

 

 

拳が頭に当たる直前で呟いた言葉。静かな声はよく響いた。

動揺したのか、無意識にスピードが落ちた攻撃の隙を突き、私は思いっきり地面を蹴った。

 

 

・・・・体が陽炎のように揺らめいた次の瞬間には、何処にもその姿は見受けられない。

それは、リボーンでさえも見失うほどの・・・・

 

 

ボスや幹部達が目を見張っていたのを、残念ながら私は見ることが出来なかった。

 

 

私を殴り損ねた男は、少しよろめいた後体勢を直し、焦ったように姿の見えない私を探す。

 

 

 

「・・・ど、何処だ・・・!!貴様・・・ッ」

 

 

 

その場を動かず視線を彼方此方に遣りながら慌てる様は、多少滑稽であった。

 

完全に気配を消した私は男の背後に立って、その様を見ていた。

巨漢の男の後ろに居れば、ボンゴレの面々からも全く見えないようだった。

 

 

でも、それももう終わり。

 

 

 

「何処に居る!?『Xi』!」

 

「それは勿論―――」

「!!」

「――――貴方の見えない後ろ、でしょうね」

 

 

 

驚いた彼が振り向く前に、私はその首の付け根にナイフを根元まで突き立てた。

 

一瞬の躊躇もなく。

 

男は何度か体を痙攣させていたが、既に意識はなく、多分即死であったと思う。

最も未だ心臓は動いているだろうから、ナイフを引き抜くことはしなかった。

 

返り血など浴びる気にはならない。特にこんな人間を殺したときには。

 

 

・・・まあ、恭弥ならきっと喜んで被るのだろうけど。

 

 

 

 

私の敵であったモノは、死後硬直が始まるに従って傾き。

 

 

私とボンゴレの面々が見守る中、ゆっくりと前に倒れていった。