思い知らされる、差。
嗜虐の英雄
リボーンが早撃ちの天才である事は分かっていた。
今回も耳に届いた音とは裏腹に何発もの銃弾が放たれていた。
――殺気の無い攻撃ではあったが、確実に急所が狙われたそれ。当たれば怪我では済まない。
「・・・・あ・・・・・・・っぶ、ないじゃないですか!」
私はそれを認識すると同時に弾の軌道から外れ彼との距離を取った。
素早さが取り柄の私に出来る、唯一の防衛策。
下手に仕掛けることが出来ない相手である以上、迂闊に近づくのはマズイ。
・・・・勿論、殺し合いではない、はず、だけど。
「はっ、避けた奴が何言ってんだ」
「避けなきゃ死にますよっ」
「じゃあ死ね」
「嫌です!」
リボーンは笑みを浮かべたまま、再び私に銃を向けた。
目が本気だ。本気で面白がっている。
一縷の望みをかけてこの場では一番偉いボスに助けを求める視線を送った。
が、ボスは私と目が合うとにっこりと笑って手を振ってきた。
・・・・頑張れとでも言いたいのか。おい。
「余所見してんじゃねーぞ」
「っ!」
(・・・速い。)
続けざまに襲い来る銃弾をかわしながら改めて思う。
早撃ちは勿論のこと、弾の充填や身のこなしひとつとってもレベルが違いすぎる。
相手は銃で私はナイフ。多少投げたりはしているものの当たる気配さえない。
単なる情報屋と伝説の殺し屋では、まあどちらが勝つなど言うまでもないだろうが・・・・
「考え事とは余裕だな、」
「いえそれほどでもありませんけどね!」
長引くのは良くない―――気がする。
私は素早さだけは自信があるので、かわす事自体はそう難しくはない。
だが、勝てないと分かり切っている相手に対していつまでもそういう姿勢でいるつもりはない。
負けない事が、一番重要なのだから。
「さん、無理すんなよー」
「そう思うなら助けてくれませんか山本さん!」
「え?や、無理無理」
生きていく為に私が飛び込んだ世界では、負けるということは死ぬことと同義。
死なない為には、負けなければ、それでいい。
臆病者?それで結構。
今回の様に相手が遥かに私よりも強い時、戦えば怪我ではすまない時。
どうにもならない事情がない限り、私はすぐさま逃げることを持論としている。
本来、なら。
(これが“適正検査”なら・・・殺し合いでもないのに、尻尾巻いて逃げるのは癪に障るというか)
彼らが強いのは充分、分かっている。でもだからこそ、意地張ってでも一矢報いてやりたいと思ってしまうのだ。
しかしリボーンの攻撃は速い上に恐ろしく正確。
近づくのを躊躇い相手の動きを読んでナイフを投げつけてみてもよろける程度で直ぐに立ち直り攻撃を再開してくる。
「もう降参か?」
ふと立ち止まった私に声を掛けてくるリボーン。
私は苦笑を浮かべつつ、頭をフル回転させて先程までの彼の動きを分析していた。
「でも動きは悪くねぇな。一介の情報屋にしちゃ上出来だ」
(・・・・・一介の情報屋?私が?)
正直、カチンと来た。
度々自分ではそう思っているが、人に言われるとその言葉に苛立ちを覚えてしまうのはいけない事だろうか。
彼のそれは多分挑発なのだとわかっている。
リボーンと戦うという状況においてさえ、碌に攻撃もせず逃げ回っている私を煽っているのだろう。
先刻迄の威勢はどうしたと。お前の実力はそんなものかと。
安易な挑発に乗るのは嫌だったが、・・・・やっぱり、売られた喧嘩は買う主義だから。
「・・・・そうですね・・・・・・じゃあ勿体無いので後、少しだけ・・・・お付き合いして頂けたら!!」
台詞と同時にナイフを投げ、私自身もリボーンに近づく。
体術も会得済みであろう彼の懐に入ることは、出来れば避けたかったが仕方が無い。
私の動きに一瞬だけ目を瞠ったリボーンは直ぐにあの笑みを浮かべ、応戦する構えを見せた。
(速さだけなら、絶対負けない)
近づく私から少し距離を置こうとしたのを見計らい、私は彼の背後に移動した。
が、一瞬で反応され左足が飛んでくる。
流石はアルコバレーノとでも言うべきか、少年の癖にすらりと伸びた長い足。
いや感心している暇は無い。私は見事なキレの回し蹴りを何とかギリギリでかわし地面に手を付く。
そしてリボーンの体が半分こちらを向いた瞬間を狙って――――地面を、蹴った。
勢いを付け過ぎたのか、私は数m程滑った後よりによって恭弥にぶつかって漸く止まる事が出来た。
「あ、ごめん恭弥」
「・・・・・・・・・・・」
人が折角謝ってるのに返事すらしない。相変わらずの事だが。
それに加え、恭弥からはどこか不機嫌そうなオーラが滲み出ていた。
言いたい事があるなら言えと詰め寄ってみたかったが今はそんな場合ではない。
私は攻撃を止めたリボーンの方へ視線をやった。
彼の右手には、私が今壊した銃の残骸。
そう、単なる武器破壊。
だがそれもリボーン相手となると話は違ってくる。
「・・・・やるな、」
「実戦でしたら今すぐにでも逃げ出してるんですけど。もう終わりにして頂けますよね?」
「今のところは・・・そういう事にしておいてやる」
「ですから二度と御免ですって」
命が幾つあっても足りないとぼやいてみせる。
ああでも実際もやもやとした思いは胸の中に残ってしまった。
・・・リボーンは、最初から本気など出してはいなかったのだから。