本気を出されて困るのは私の方。

 

だけど、それでも、嫌なものは嫌なんだ。

 

 

嗜虐の英雄

 

 

 

「お疲れ様、さん」

「・・・・・・・・・・労いの言葉をどうも」

 

 

 

ボスが何とも言えない薄笑いを浮かべて私を見てくる。

私はそれに皮肉混じりの言葉を返した。

このお気楽なボスと幹部達のお陰で余計な体力と精神力を費やしてしまったじゃないか。

 

 

―――ただでさえ、嫌な相手を殺して気分が悪いのに。

 

 

 

「・・・弁償しませんからね、それ」

「あ?・・・これか。こんなん一日働きゃ幾らでも買えるぞ」

「あらそーなんですか、へえ」

「そう怒るな」

 

 

 

リボーンは余裕綽々で、完全棒読みの私の嫌味にさえその表情を変えることはなく。

私の機嫌は更に降下していった。

この苛立ちをどう発散させれば良いのだろう。別に誰の所為と言う程でも無いけれど。

 

私の賞金に釣られた良いストレス発散の連中は・・・・また暫く来ないだろうし。

 

 

(・・・・・これから飲みにでも行こうかな・・・・)

 

 

別名、自棄酒。

・・・・よし決定。飲んで忘れるのが一番だな。うん。

 

 

 

「それじゃ、お仕事の邪魔してしまってすみません。私はもう帰りますね」

「あ、ううん。こっちもひき止めちゃったみたいだし・・・・気をつけてね、さん」

「はい。では」

 

 

 

脳内で颯爽と結論を出した私は、この場から離れて心を落ち着けようとボスに挨拶して全員に背を向けた。

どうせ少し経てば掃除屋が来る。それまでにはボンゴレ連中も撤収するだろう。

 

 

(・・・・できれば、もっと、マシな形で・・・・戦えていたなら)

 

 

何処か敗北感に似た思いを胸に抱えながら歩き出す。

 

彼らは黙ったまま、それを見送って―――

 

 

 

 

 

 

 

 

、ちょっと」

 

 

 

くれるはずだった。そう、恭弥さえ居なければ。

 

彼は至極当然のように声を掛けてきた。周りの空気や私の反応など、全く考慮する事もなく。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・あのね?恭弥」

 

 

 

密かに額に青筋を立てる気分で。『わかるかな?』と幼児に語りかける様に。

半ば殺意にも似た衝動の向くまま、私は恭弥の方に振り向いて言ってやった。

 

 

 

「ど・う・し・て其処で引き止めるわけ?今は黙って見送るのが普通だと思わない?」

「知らないよ。勝手にルール作らないでくれる」

「あらそう。でも恭弥、悪いけど話ならまた今度にして頂戴。私は今すっごく気分悪いから」

 

 

 

こちらの意見など気にもかけないことは重々承知していたので、私はさっさと会話を断ち切って帰ることにした。

向こうが横暴・強引で来るのなら、こちらもそう返せばいいだけのこと。大抵それで恭弥は折れてくれる。

 

 

・・・・・予定が狂いまくった今日は、そんな都合の良いことが起こる筈もなかった。

 

 

 

「何で手加減したのさ」

 

 

 

踵を返した私に向かって彼は一言、呟くように問いかけてきたのだ。

問いかけの意外さに、私は思わず足を止めてしまった。手加減?一体何の話だか。

 

 

 

「なあにそれ。恭弥にしては珍しいじゃない・・・・買い被るなんて」

「手加減してた」

「してないってば」

「してたよ」

「してない」

 

 

 

それはまるで子供みたいな言い合いだったと思う。

 

恭弥は恭弥で私がリボーンとの戦闘で手加減したと言い張るし。私はそんなつもりは全く無いので否定するしかない。

一方的に展開されたあの戦いを見ておいて、どこからそういう発想が出てくるんだ?

 

 

 

「恭弥、まさかとは思うけどこの連中とリボーンさんを一緒にしてるわけないわよね?」

「群れるしか能が無い馬鹿共なんかどうでもいいよ」

 

「そ。・・・あのねえ、私にも一応得手不得手があるの。接近戦ならまだ何とかやっていけるけど、

遠距離型とか中距離支援型とか―――そういう相手って結構苦手な部類なわけ。わかる?」

 

 

 

リボーンとか、獄寺とか。『群れるしか能が無かった』肉塊共とは違って、遠くから攻撃してくる狙撃手とか。

更にはディーノ辺りも動きが不規則でやりにくい気がする。

 

・・・直接殺り合った事などないし、勿論これからだって殺り合うつもりもないけれど。

 

 

 

「でもそんな事言い訳にすらならない。どんな相手だろうと、負けたらそれで終わり。結果それ自体が私の実力を表してる」

「・・・・・・・・・・・・」

「まあ焦ってたのは認めるけどね。・・・・手加減なんか、してないわ」

「してた。普通腕の一本ぐらい切り落とせたんじゃない」

 

 

ん?

 

 

「は!?」

「頑張れば。」

 

 

 

・・・頑張って戦ってリボーンから腕の一本位もぎ取れと?

 

 

何を、言ってるんだこの男は!!冗談じゃない!

 

 

 

「・・・・っい、命と引き換えに何でそんなことしなきゃならないわけ?大人しく殺されろって!?」

「べつに。一回咬み殺したいとは思っ」

「断る!」

 

 

 

じゃあ何か?手加減手加減と言っているのは・・・もしかして、戦い方が温いという事なのか?

もっと命張ってでも、腕一本取る覚悟で行けと?

 

 

(・・・・戦闘マニアの恭弥なら・・・言いかねないかもしれない)

 

 

実際 “そんなこと言われても” な心境であったが。

 

と、その時。くっ、と微かにくぐもった声が私の耳に届いた。

 

はっと気付いて顔を周りに巡らすと、恭弥除くボス以下ボンゴレ連中が、半笑いの状態で私達を観察していた。

漏れた声の持ち主は山本らしい。私と目が合うと慌てたように首と手を横に振っている。

 

 

・・・・・こいつら、一体何処まで虚仮にする気だ。

 

 

 

「・・・っもういい、帰るわ」

 

 

 

絶対朝まで飲んでやる。飲みまくって明日出勤するの止める。もう知るか!

ハルの迷惑になろうがどうでもいいと思える位、結構頭にきた。真剣で。

 

今度こそ何を言われても立ち止まったりしないと心に決めて私は歩き出した。

 

そして何の声も掛からないことに安心しかけた、その時。

 

 

 

―――耳元で、もう聞き慣れた鋭く風を切る音が、した。