触れた指先から伝わる熱が、いつまでも消えない。
(01: 月だけが見ている )
――――――重い。
ぼそりと小声で呟くも、返事はなかった。微かに苦しそうな吐息の音だけが耳に届く。
位置を戻そうと伸ばしかけた手は触れる直前で動きを止め、数瞬彷徨った後、静かにその空気ごと握り締めた。
怪我をしているだろうことは、ナイフを投げられた時に気付いた。しかしここまでとは思わなかった。
倒れる彼女を咄嗟に抱きとめた瞬間、滑り落ちたショール。
そこから覗いた剥き出しの背中は赤く爛れており、正直驚いた。気絶するほど彼女が疲労していたことにも。
すぐ頭に浮かんだのはかの藪医者の姿で。床に這い蹲った男には既に興味がなくなったので放っておいた。
一応手加減はしておいたから、死にはしないだろう。どうでもいいことだが。
そして向かったのは――――外に停めておいた誰のとも知らないドイツ車の中。
「・・・・・・・・・・ねえ。重いんだけど」
雲雀は再び小声で呟く。答えがないことは分かりきっていたのに、何故か言わずにはいられなかった。
今まで意識のない怪我人を運んだ事はそうそうないので骨が折れた。しかも背中を庇わなければいけない。
やっとの思いで助手席に乗せ、自身も乗り込んだ――――次の瞬間、衝撃でバランスが崩れたのだろうか。
右肩に重みを感じて雲雀は硬直した。
・・・もちろん、普段ならば力ずくで払いのけただろうけれども。
その状態のまま、もう5分以上が経過している。運転しにくいことこの上ないが、・・・・振り払えない。
動けないでいる自分に苛立ちを覚えるかと思ったのだが、今、心は酷く凪いでいる。
『大変です!』
慌てた様子で執務室に駆け込んできた獄寺の部下達。その口から報告されたパーティー会場爆破事件。
生存者は絶望的だと言われて尚、それが幼馴染と繋がるようには思えなかった。
信じていた、というわけではない。ただ漠然と、・・・ただ、現実味を感じなかっただけで。
綱吉を始めとした連中が悲壮な顔をしているのを、一歩引いた所から冷めた気持ちで見ていた。
とっくの昔に死んだと思っていた彼女は、日本から遠く離れたここイタリアで何の前触れもなく現れた。
悪びれもせずに。あの日と同じ笑顔を浮かべて。恭弥、と変わらぬ口調で自分を呼んだ。
そして、今日も。
「全く、ゴキブリ並みの生命力だね。・・・・・・いっそ感心するよ」
意表を突かれた、と思ったのは刹那。
やはり変わらぬ笑みを浮かべ、揶揄うように言葉を紡ぐ彼女を見て、呆れにも似た感情が全身を支配した。
人騒がせな。と、そんなことを、思った。
雲雀はそこまで思い返して深い溜息を吐く。目の前で倒れられてしまった以上、放置していく訳にもいくまい。
いつまでもこんな所で足止めを食っているわけにはいかないと、車のハンドルに手を掛けた。
(・・・・・それが、何でこうなるのさ)
目的地であるシャマルの診療所の前に停車し、サイドブレーキをかけたところで何とも釈然としない感覚だけが残る。
思わず下げた視線の先には、ほんの少し前までは肩に凭れかかっていた彼女の頭。
世間で言うところの、いわゆる膝枕な状態である。何度目かの信号で停車した際ずり落ちてきたのだ。
時間を食うのが嫌で気にせず運転を続けたのだが――――いざ改めて見やると、やはり奇妙な感じがした。
ふと、思い立って。
ほんの少し、気まぐれで。
目を閉じたまま一度も意識が戻らない彼女に、そっと手を伸ばす。
綺麗に編みこまれていただろう髪の毛は乱れ、あちこち固まっており、この距離でさえ血の匂いがした。
そのまま滑らせた指が、首筋に触れる。
白い肌―――見た目に反するその熱さに、目を見開いて。
「――――――っ、」
車を飛び出した。
(それが安堵だったなんて絶対に認めてやらない)
うつ伏せに放置してたんじゃなくて肩貸したり膝枕してあげてたんだよ、という話。
シートベルトに関しては背中の怪我云々で誤魔化しといてあげてください・・・