「―――調達する暇も惜しかった、か?」
即座に反論できなかった自分に、何故か腹が立った。
(02:信じてなんかやらない)
薄い笑みと共に届いたその言葉に込められた、たっぷりの揶揄。
コンマ数秒反応が遅れたことには気づかない振りをして、雲雀は殊更冷たく応じた。
しかしそれはリボーンの笑みを更に深めるだけとなってしまい、内心忌々しい気持ちで舌打ちをする。
「あの、先、…行ってるから。ごゆっくりどうぞ」
は呆れたような表情を隠しもせずに、最上階に着いた途端そそくさとエレベーターから出て行った。
続いて雲雀も廊下に出つつ、真っ直ぐ執務室へ向かう彼女の背中を見送る。逃げたな、と頭の隅で思う。
(何を企んでるのか知らないけど―――)
大体予想はつく。何しろ仕事を邪魔されたのだ。その犯人である“誰か”に憤りを感じるのは当然と言えた。
が執務室に入るのを黙って見ていると、背後から声が掛かる。そこに揶揄うような色は、もう、ない。
「あれは、相当きてるな」
「だとしても別に、今動けるだけの情報はないよ」
「………そう、思うか?」
「……?」
言外に含まれたなにか。それがふと気になって、雲雀はリボーンの方へと向き直る。
すると彼はが歩いて行った方向をじっと見つめたまま、今度は意味深に笑ってみせた。
「何にしろ、動くつもりがなきゃわざわざ来るか。『余計な情報は仕入れない』のが生き残る鉄則、なんだろう?」
「まあ、犯人を捕まえる気はあるみたいだけど」
「―――捕まえる、…ね」
何とも勿体ぶった口調にイラっとして睨みつける。が、当然ながらどこ吹く風で少年は廊下の壁に寄り掛かった。
続けて追及する気になれなかったのは――――開きかけた口を閉ざしたのは。
浮かべたその表情とは裏腹に、彼がかなり真剣に考え込んでいるのが分かったからである。
自分でも珍しいと思いながらも、待った。……暫くの沈黙の後、リボーンが呟くように言葉を零すまで。
「あいつが、素直に俺達と協力すると思うか?」
思わない。と即座に言いそうになったが何とか喉の辺りで押しとどめる。
がボンゴレに入るきっかけとなった事件を思い返せば、答えは明白だった。
監視についた山本をさらりと撒き、ボスの報告要請をあっさり退け、それらを全く悪いと思っていないあの態度。
別のファミリーだったなら即殺されても仕方がないだろう。まあ、ボンゴレだからそうしたのだろうが。
とはいえ今回は状況が違うのだ。彼女自身では、ろくな情報を手に入れることが出来ないだろうから。
「協力せざるを得ないんじゃないの。情報は元々、こっちの方が得やすいからね」
「マフィアの事件だからな。ただ……いや、だからこそ、か」
「何が?」
「雲雀。の動向に気をつけとけ」
鋭い視線と、あまり穏やかではない台詞。それでもリボーンの口元には笑みが浮かんでいる。
「この事件の規模だと、結果如何で下手すりゃ抗争にも発展するだろう。も分かっちゃいるだろうが・・・・・・
・・・・・・あの様子じゃあ、な。どこまで信用していいか」
相当頭に血が昇ってやがるから、どう動くか予測がつかねえな。そう言って彼は笑みを更に深くした。
一人で情報を集め、一人で犯人を探し、犯人を見つけたら一人で勝手に制裁を加える可能性もある、と。
(いや、いくらなんでも―――)
そんな明らかに無謀なことを、とか。流石にそこまで常識外れの暴走は、とか。
残念ながら、絶対にないと言い切ることは出来なかった。寧ろそうなるかもしれないとさえ思えてくる。あの性格だ。
憮然と溜息を吐くしかない雲雀が、何を思ったのか悟ったのだろう。リボーンは目を細めて言葉を続けた。
「それに協力っつってもな。仮にが新たな情報を得たとしても、ちゃんとこっちに流すとは思えねーぞ」
「・・・・・・・・・・・・まあ、ね」
やはりこれもまた一切反論できない。その情景がありありと脳裏に浮かび、雲雀は脱力して廊下の壁に凭れた。
何しろ情報の出し惜しみ、もとい独占はの専売特許だった。そう―――いつの日も。
そして流されやすいと思われがちな彼女の、隠された頑固さを甘く見ると痛い目に遭うのも知っている。
「もし暴走するようなら、―――咬み殺す」
「ん、ああ、ほどほどにな」
「さあ?その時の気分で決めるから約束は出来ないよ」
「・・・ならせめて背中は止めといてやれ・・・」
また面倒なことになりそうだ、と。
そんなことを思いながら、雲雀はの待つ執務室の方へと歩き出した。
実は裏でこういう密約が交わされていたよ、という話。誤解もありつつ。結局は無駄に終わりましたが。