私は・・・・これから幾度も人を殺すだろう。他の命を奪わなければ生きていけないと知っている。
だからせめて、私が私らしく生きる為に。一秒たりとも無駄にはしないように。
身に潜むこの心臓が、その鼓動を止めるまでは―――――
その音が終わるまで
「・・・・は?なにそれ」
「興味があるの。恭弥の下で働ける人間ってどういう種類の人間か、とか」
理解不能といった感じで眉を顰める幼馴染に向かって、私は人差し指をびしりと突きつけた。
恭弥がどうやってこの地位に就いたのかは分からない。だからどんな基準で部下を選んだのかも知らない。
命令とはいえこんな上司に文句ひとつも言えず付いていくしかない日々を、彼らはどういう神経で送っているのか。
(不憫すぎる・・・・・・・けど、恭弥にある種のカリスマ性がないとも言い切れないし)
知りたいのだ。その全てを。―――私の知らない時間がそこにはあるから。
「情報屋『Xi』としては情報部以外の動向も知っておきたいしね」
まず顔と名前を押さえておいて。恭弥に関する情報をさりげなく聞き出したりして。
あよわくば―――仲良くなったり、でなきゃ多少脅してもいい。いざというとき、こちら側に付かせる為にも。
次々とアイディアが浮かんでは消え、浮かんでは消えて・・・次第に当初の目的が何だったのかさえ朧げになる。
自信過剰な恭弥の足を掬いたいのか、単に恭弥の事が知りたいだけなのか。はたまたその両方か・・・・
「出来ればお食事会とかセッティングして欲しいんだけど」
「君、・・・お見合いでもするつもり?」
「ああ、別に恭弥は来なくていいからね。興味があるのは部下の人だけだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
恭弥は、不機嫌さも吹っ飛んだ顔で何だか呆れたように溜息を吐いていたけれど。どうでもいいか。
少しの間黙って返答を待ったが応えはない。しかし嫌なことは嫌だと即座にはっきり言う性格だと知っていたから。
願いそれ自体を一度も否定されなかったことに満足して、私は一人先に会場の出口へと歩いていく。
(これから―――面白いことになりそうだわ)
ふふ、と抑えきれない笑みを漏らすと。
会場のあちこちからくしゃみが聞こえるような気が、した。
入り口の受付に居た人間は、恭弥の部下が既に始末していた。
扉の外で待機していた彼らと合流し、鮮血で染まったゲートを潜り抜け駐車場へと向かう。
もう『パートナー』の振りをする必要もない為、残念ながら恭弥は自分だけさっさと車に乗り込んでしまった。
(ちっ、もう一度やってくれたら今度こそ爆笑してやろうと思ってたのに)
最後くらいエスコートしてくれてもいいじゃないの。ねえ?・・・・・等と思っていると。
今度は行きに車を運転していた青年が、わざわざ私の側のドアを開けて待っててくれていた。
「あらご親切に・・・どうも」
「いえ、今日は本当にお疲れ様でした。どうぞお乗り下さい」
しかも気遣いまでしてくれるとは・・・・!どこかの誰かさんとは大違いである。私は少し感動した。
仕事が始まる前は何だか怯えられていたように思うのだが、一体どういう心境の変化だろう?
・・・・・・・というか、他の部下達もどこか私に対する態度が変わっているような・・・・・・・?
この時には全然見当もつかなかったけれど。どうやらこの日、私は彼らに『認められた』らしい。
雲雀恭弥を畏れる一方で、彼らは憧れの念を抱いていて。驚いたことに尊敬までしていると言う。
つまるところ、恭弥と一緒に仕事をする姿を見て―――同類だと、思われたようで。
まあこの結婚披露宴ぶち壊し事件が結局、後々仲良くなるきっかけとなるのだが・・・・・・今の私は、何も知らず。
イタリア男ならこれが普通よね、と訳の分からない納得をして、そのままボンゴレに帰還したのである。
終了報告は勿論、ボスの居城、執務室で行なわれた。
部下の面々とは地下駐車場で別れ、代表として私と恭弥が向かったその先で待っていたのは―――
期待に目を爛々と光らせているボスと、心配そうな山本、そして普段通り斜に構えた態度のリボーン。
うわ、と一瞬構えた自分を恥じつつ。・・・・・勢いで扉を閉めかけたのをどうにかこうにか誤魔化した。
「お帰りなさい、さん」
「おう、お疲れ!」
「・・・・・どうも。ただいま戻りました」
お決まりの挨拶を交わしながら、例のソファに通される。私の隣には不機嫌そうな恭弥が座った。
初めての仕事で云々・・・と労いの言葉が掛けられ、はいはいと適当に聞き流していると案の定、直ぐに本題へ。
「それで今回の合同任務はどうだった?上手く、いったのかな」
「ああ、はい。私が勝ちました」
「え?」
「・・・・・・・咬み殺す」
「えっ、雲雀さんちょっとストップ!」
私が満面の笑みで勝利宣言すると、きっかり三秒後に恭弥がトンファーを振り上げる。
しかし、山本に取り押さえられ更にボスに止められ彼は仕方なく腰を下ろした。・・・しっかりと私を睨み付けてから。
全く一体いつまで根に持つことやら。恭弥にとって、“負ける”事は最大の屈辱だから仕方ないとは思うけれども。
「あの・・・・まさかとは思うけど」
「別に問題はありませんでしたよ。滞りなく任務は終了しましたし」
「・・・・・・・。雲雀さん、仕事以外で暴れなかった?」
「はい、私の知る限りは一度も」
「さんに殴りかかったりしなかった?」
「はい、今回は珍しく一度も」
「部下の人に難癖つけたりしなかった?」
「はい、皆さん結構いい人達ですね。恭弥の部下だって言うからどんな変人かと思ってました」
そこまで言うと、ボスは黙り込んで何故かぶるぶると震えだし、そして。
「・・・・・・・・・・・さん」
「はい」
―――――感極まったように叫んだ。
「決・定!」
(だから何がだ)
ご丁寧にもぐっと親指を立ててのイイ笑顔だった。何かこう、厄介な問題が片付いた時に浮かべるような、笑み。
私はその時点で物凄く嫌な予感がしていた。恭弥が憮然と黙り込んでいるのもそれに拍車をかけた。
山本は普段の爽やかな笑みを取り戻し、リボーンは・・・・珍しくも声を立てて、笑っている!?
その異様な光景に、私は呑まれた。何だか下っ端の一構成員が聞いてはいけないような空気が、そこにはあった。
そしてそのままボスの超笑顔に送り出され、私は情報部へと帰ってしまったのである。
ハルの言っていた言葉を、すっかり忘れたまま。
『それにですね。多分今日の仕事が成功したら、これからもそういうお誘いあると思いますよ?』
どうしてここで、理由を聞いてきっぱり断っておかなかったのだろうと。
私はこの先数十年、ずっと後悔する。
恭弥との合同任務を終えたその日から数ヵ月後。漸く記憶から薄れてきた当にその頃になって、『それ』は来た。
任命書と銘打たれた『それ』は、ボンゴレ十代目沢田綱吉の直筆であり。
情報部情報処理部門第九班所属の私を、雲雀恭弥率いる『破壊屋』の“特別構成員”に任命する、という内容で。
恭弥の『パートナー』が必要な任務に私がちょくちょく出掛けるようになったのは―――また、別の話。
<Fin>