鏡を見て、ほんの少し戸惑った。

 

ここまで着飾った格好をするのは、本当に久しぶりだったから。

 

 

 

その音が終わるまで

 

 

 

 

「完っ璧です!どうですかこのハル特製最高傑作は!」

「・・・・・・・・・・・」

「う。あの・・・・やっぱり、・・・・・・気に入りませんか?」

「え、あ、いやそうじゃなくて。・・・自分の変貌ぶりにちょっと驚いただけ」

「ああ、確かに普段のさんっていつも葬式帰りみたいですからね―――」

 

 

 

それ・・・どう聞いても私を貶める台詞にしか思えないんですが。否定出来ないのは認めざるを得ないけど。

反射的にそう思ったものの、この点に関しては言い負かされる事必至なのでそっと口を噤んでおいた。

 

 

 

 

私は薄紫のシンプル且つ優雅なドレスを翻し立ち上がる。ハルによって流行の形に結い上げられた髪が揺れた。

 

(細い刃物を数本仕込んであるとは思えないくらい、綺麗)

 

鏡に映る自分をついしげしげと見てしまう。絶対使わない色の口紅。加えてグロスだ何だと重ね付け。

ハルのような、清楚可憐に見えなくもない・・・・そんな姿のが、そこに居た。

 

 

 

「何だか若返った気分・・・」

「あのですねぇ。これがさんの『年・相・応』!普段が老け過ぎなんです勿論ワザとでしょうけどっ」

「・・・半分以上は面倒臭」

「もうちょっとお洒落を楽しんでも良いと思います・・・」

 

 

 

ぼそりと言い訳をかまそうとした私を、ハルは華麗にスルーしてくれた。

お洒落を楽しむ、ね。・・・そんなの、縁がなさ過ぎて他人事のようだった。こんな自分が・・・楽しめるか?今更?

 

 

 

「それに将来絶対困りますよ」

「困る?どうして」

 

「んー・・例えばほら、さん好きな人が出来たらどうします?その人の為にお洒落したいっ!てなりません?

適当な化粧と黒い服ばっかりじゃあ駄目です。デートとかで浮いたって良いんですか?相手の方にも失礼になりますよ!

でもその時になって慌ててお洒落しようとしても難しい。・・・いいですかさん!お洒落っていうのは慣れです!

自分に似合うものを見つけたりするのだってとっても時間がかかるじゃないですか。化粧だって練習してナンボの世界っ

付け焼刃じゃどうしたって無理があります。この先ずっと誰かにやって貰う?不可能です!・・・そんなの絶対ボロが出て

『化粧一つ出来ない駄目女』とか思われた挙句・・・っその所為で折角のチャンスを逃したりしたら・・・・!」

 

「・・・・・・・・・・・あの―、もしもし、ハル?」

 

 

 

喋れば喋るほどテンションが上がっていくハル。私に説教しているようでいて、意識は明後日の方向を向いていた。

その後もべらべらと「お洒落」に関して語り続けるのを見ながら、彼女に声を掛けられずに一人固まる。

 

(どうしよう・・・コレ)

 

その時だった。

 

其処まで力説されても・・・うん、無理なものは無理だし・・・等と聞き流していた私の、後向き思考を読んだかのように。

 

 

―――ぐるんっとハルが突然私の方へ向き直り、私の両手を掴み叫んだのである。

 

 

 

「ですからこれから一緒に頑張っていきましょうね!さんの未来の恋人の為にっ!!」

 

 

 

否、と。

 

・・・・・とてもじゃないが言えない空気だったのを、どうか察して欲しい。

 

 

 

「う、・・・そうね、善処してみるわ」

「はいっ!」

 

 

 

満面の、向日葵でも咲いたかのような明るい笑顔を見ながら。

 

私はもしかして押しに弱いのだろうか。・・・・という、ハルにとっては今更な事を痛感した出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり機嫌が良くなった上司と共に、私は待ち合わせ場所として指定された地下の駐車場へと向かう。

念入りに着飾って時間を食った為か、恭弥や恭弥の部下達、そして見送りだろう山本が既にその場所に居た。

 

ヒールの音を響かせて近づく私達。顔を上げた彼らは―――見事、一様に変な物でも見たような顔になった。

意外なことに恭弥も。・・・長年の付き合いでなければ判らないほど、微かに・・・驚いて、いる?

 

(・・・言いたい事はわからないでもないけど、ね・・・)

 

どうせ『誰だこの女』とか思っているに違いない。自分でも違和感がある位なのだから文句は言えない。

 

その中で回復が早かったのは言うまでもなく幹部二人である。一瞬後には普段通りの彼らに戻っていた。

 

 

 

「すみません、お待たせしたようで」

「いや、間に合ってるから気にすんなって。にしても・・・さん」

「何でしょう?」

 

 

「その服、すっげー似合ってるな!」

 

 

 

何の他意もない、爽やかな笑顔を全開にして。山本武はそう言った。

 

 

褒め言葉としては全く以って平凡極まりない。それなのに―――私は、何故か二の句を告げられない自分に気付いた。

 

それはどうもと返せばいい筈のその言葉に。・・・今までも何度か受けてきたその言葉に。喉が、詰まる。

 

 

私は笑顔を作って返し、戯けた様にお辞儀をする事で誤魔化した。

 

 

 

ハルが「頑張ったんですよ〜」と幹部二人に自慢するのを尻目に、私は考えに耽る。

奇妙な感覚だった。むず痒いような居た堪れないような奇妙な気持ち。・・・・褒められて嬉しい、というのとは少し違う。

 

でも穏やかな―――そう、ふわりと胸が暖かくなる、懐かしい感じ・・・・?

 

 

 

『ああ、良く似合っているよ・・・

 

 

ふと。

声が、した。

 

それは、今まで思い出さずにいた、思い出したくもない、思い返すことすら厭っていたもの。

 

(・・・・・・・・・おとう、さ・・・)

 

社交辞令ではない、下心の欠片さえない、純粋な褒め言葉。親しみに満ちた声。暖かな響き。

 

何故今になってこんな事を思い出す。単なる職場の―――否、幼馴染の仲間の声に、・・・父親を重ねた?

 

 

そんな資格はないと、私には分かっているだろうに・・・!

 

 

 

 

 

 

「何ぼさっとしてるの。行くよ」

「・・・・っ、それは失礼」

 

 

 

恭弥の声に引き戻される。見やると、恭弥の部下は全員それぞれの車に乗り込み、残っていたのは私達だけだった。

 

仕事だ。切り替えなければ。

 

こちらに手を振る山本とハルに片手を挙げて応えながら、恭弥の示した扉から中に入る。

恭弥が隣に乗り込むと、数秒の後、車は静かに動き出す。ボンゴレがどんどん遠くなっていくのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな車内。恭弥の部下が運転している他、数人が乗っているが誰も口を開かない。

そんな中で珍しく恭弥が口を開いた。・・・最も、出てくるのは私への厭味だけだったが。

 

 

 

「立ったまま寝れるなんて器用だね。眠いなら降りれば?この仕事」

「誰が。物思いに耽っていたと言え」

「入り口通る時パートナーが要るだけだし。邪魔になるようなら咬み殺すよ」

「そっちこそ私の邪魔にならないよう、大人しくしてくれると有難いわね」

 

 

 

無性に湧き出てくる自分自身への苛立ちが。・・・恭弥への八つ当たりへと向かう。彼がそれを受けて立たない筈もなく。

 

険悪な空気が流れる車内。恭弥の部下達が怯え縮こまっている事など露知らず。

 

 

私達は火花を散らしつつ――――睨みあった。