いざ、勝負。

 

 

 

その音が終わるまで

 

 

 

恭弥が厚顔無恥で他人を顧みない独裁体質の我儘男だという事は充分過ぎるほど身に沁みてわかっていた。

普段なら「こういう人間だから」と諦めもついた。幾ら注意しても警告しても骨折り損、無駄なのだからと。

 

それなのに、無駄な争いを避けて生きてきた筈の私が何故こんなにも苛立つのか。

 

 

前のパートナーを半殺しにしたとか、それが女性だったからとか―――色々理由はあるけれど。

 

ただただ、私は。

 

 

 

「ホント何処から来るのかしらその自信は。いっそ感心しちゃうわ」

「こんな仕事一人で充分だよ。群れる奴らの気が知れないね」

「はっ・・・。それが驕りだって言うのよ」

「・・・何?」

「分かり難いなら言い直すわ。“自信過剰”」

 

 

 

嫌味たっぷりな口調でそう言った途端、車が左右に大きく揺れた。すみませんと何度も運転手が謝る声がする。

 

私はその時になって漸く部下達が真っ青な顔をして震えていることに気付いた。怯えているらしい。

今まで恭弥にこんな事を言う人間が居なかったから?なら丁度いい。これから何度でも私が言ってやる。

 

 

一匹狼、それで結構。馴れ合えなどと言うつもりはない。だが物事には必ず限度というものが存在するのだ。

 

 

この先恭弥が道を違えることのないように。――――何度でも、教えてあげるから。

 

 

 

「だからね。ちょっと勝負しない?」

「・・・・勝負?」

「この仕事一人で充分だって言うなら勝負しましょ。私と恭弥・・・どっちが多く獲物を狩れるか」

「・・へえ・・・?面白そうだね、それ」

「ルールは簡単。倒した数を自分でカウントして、任務完了後時に多い方が勝ち」

 

 

 

審判が居ないというのがネックだが、私も恭弥もその程度の事を捏造するような人間ではない。

私が吐いた数々の暴言、自信過剰発言に絶対零度の空気を纏っていた彼も、次第に悦びを目に宿していく。

 

これで変な遠慮や気遣いは無用になった。思う存分、恭弥と暴れる事が出来る。

 

 

 

「あと止め刺さないとカウントしちゃ駄目だから。それだけ覚えといて」

「了解。で、賞品は?」

 

 

 

わあ。何でこんなに喰い付きがいいんだ?別に賞品とか考えてなかったんだけど・・・その方がやる気も出るか。

理不尽な要求ならさっさと却下してしまえばいいと思いながら私は逆に聞き返した。

 

 

 

「恭弥は何が良い?」

「・・・・・・情報。『Xi』が持ってるやつ」

「待てコラ」

 

 

 

恭弥が情報部の、ではなく“情報屋『Xi』”の持つ情報を欲しがる―――という事はだ。

 

 

 

「ッ自分の仕事減らしてサボるつもりか!?」

「デスクワークは嫌いなんだよ」

「あのね・・・・」

 

 

 

そう来たか。私はてっきり『僕の仕事にこれ以上口を挟まないでくれる?』とか言われると思ってた。

あっさり自分の欲望の方を取りましたか。まあ分かりやすくていいけどね。

 

 

 

「駄目なら降りる」

「はいはい駄目とは言ってないでしょ。好きなの持ってっていいわ。・・・勿論、私に勝てたらだけどね?」

「全然負ける気がしないんだけど」

「・・・言ってろ」

 

 

 

そんなこんなで兎に角話は纏まった。

こちら側の希望賞品を聞いてこない辺り、相当自信があるようだけれども。

 

 

直ぐに目にもの見せてくれるわ、この自信過剰の独裁者め。惨劇の夜を生き抜いた私の手腕をなめるなよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車がゆっくりとスピードを落とし、やがて止まる。どうやら結婚式の会場に着いたらしい。

 

 

 

「では、お気をつけていってらっしゃいませ」

「あ、運転お疲れ様でした。また帰りも宜しくお願いしますね」

「・・・は、はいっ!」

 

 

 

怖がらせたお詫びも込めて、にっこりと愛想良く挨拶しておいた。だが余計に怖がられたような気がする。

恭弥にきちんと付いていける奇特な人達でも鋼鉄の心臓を持っているわけではないらしい。

 

だがこの幼馴染にもう少しでいいから常識を身に付けて貰う為にも・・・・部下達との交流は必要不可欠。

 

 

(・・・そうね、まずは周りから篭絡して)

 

 

 

。行くよ」

「待って、今―――――・・・・」

 

 

 

色々と腹黒く攻略法を練っていると、もう車の外へ出ていたらしい恭弥に呼ばれた。

また眠いなら降りろ、なんて言われては敵わない。そう思って即座に声のする方へと顔を向けた私は。

 

次の瞬間、ぴしりと全ての動きを止めていた。

 

 

 

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・ワオ。」

 

 

 

思わず恭弥の口癖を零してしまう程、それは衝撃的な光景だった。

 

私は何度も瞬きをしてそれを否定しようとしたが・・・・どうやら幻ではないらしい。

 

 

 

――――あろうことか、彼は私が降りる方のドアを開けて、こちらに手を伸ばしていたのである。

 

 

 

いや、常識としては正しい。イタリアでこの状況なら誰もがそうする筈のこと。

だが目の前に居るのはあの恭弥だ。

 

エスコートの基本。先に車を降り、回り込んで女性側のドアを開け、その手を取って降りるのを手伝う・・・・・なんて。

 

 

 

「成長したのね、恭弥・・・」

「っ・・・殴るよ」

「あらやだ。褒めたのに」

 

 

 

思わず緩む口元を上品に片手で覆いつつ、差し出されたその手を取った。するとそのまま優しい力で引っ張られる。

 

その流れるような動きに。ちょっと憮然とした表情に。

 

 

・・・・私は、びしっと恭弥を指差して脇目も振らず爆笑したい衝動に駆られた。

 

 

 

「どうも、っありがと・・・う」

「仕事が始まったら覚悟しておいた方がいいよ、

「望む所ね。・・・・っく、・・・ふふ、」

 

 

 

抑えきれず少し笑い声を洩らしてしまった私を、恭弥は青筋を立てて睨みつけてくる。でも駄目。無理。

 

諦めたように溜息を吐いた恭弥の肘に手を掛けつつ、私達は歩き出した。

 

 

それは誰が見ても、パートナー(恋人同士)と認めてくれる姿だっただろう。

 

 

 

 

 

――――受付の人間が見えるまで、私は口を覆った手を外すことが出来なかったけれども。