こんな考えは捨てなければならない。
その甘さは、いつかきっと私を殺すから。
その音が終わるまで
結婚式、とはいっても私達が向かった場所は新郎の所有する屋敷である。
ターゲット達は町外れの教会にて既に宣誓を済ませ、その後パーティーを開くために移動してきたのだ。
招待状は親しい知人、又はその家族にしか送られず、ボンゴレの介入がなければ部外者は入らなかっただろう。
私と恭弥は会場に入るなり自然と二手に分かれた。東洋人が二人揃えばやはり注目を集めてしまうからだ。
マフィアとは繋がりが殆どない私はともかく――――恭弥は誰に顔を知られているとも限らない。
彼は事が始まるまで身を隠し、とある合図と共に動く事になっている。
「綺麗なドレスですね。お似合いですよ」
「あら、ありがとう」
(恋人持ちの癖によくもまあ次から次へと)
主賓が挨拶回りを始めたので隠れるように部屋の隅へと移動する。その際、すれ違った人間に次々声をかけられた。
多分東洋系の顔が珍しいのだろう。皆酒が回っているようだったし、フレンドリーで口の滑りも良かった。
単なるお遊びだということは重々承知している。が、私の立場が立場だけに敬遠したいのも本音で。
あまり会話などしたくはないのだ。・・・・・・・これから、殺すのに。
「おや、お連れの方はどうなされましたか?」
「友人と会ってくると言って・・・・。適当に楽しんでおけ、と置いていかれてしまいました」
「それは大変だ。なら少しの間だけでも、私とお話しませんか?」
彼らと私達との違いなど、そうは無い。こうやって個人対個人で会話するとそれが良く分かる。
普通、という言葉が頭に浮かんだ。私の命を狙う輩とも違う、マフィアという裏社会で普通に日常を生きている人間達。
ただ、ほんの少し、道を間違えてしまっただけ。
ただ、ほんの少し、ボンゴレファミリーにとって都合の悪い事をしてしまっただけ。
最もそれは―――彼らにとっては正しい事だったのかもしれないけど。今回の仕事も見せしめ的な意味合いが強いから。
でもそんな事はもう関係ない。所詮こちら側の私が理解する事など出来ないように。
「日本・・・!では、イタリアにはもう長く?」
「ええ、此処に来てからもう十年以上経ちます」
合図を待って、壁際から動く事も出来ず私は男と話し続けた。間を置かず話題を提供してくるので断り辛くもあった。
先程から私の事ばかり聞いてくるのは分かっていたが、どうせ最後は決まっているのだからと投げやりに答える。
当たり障りの無い会話なら―――別に気負う事はないと、そう思っていた。
「イタリアへはご両親と共に来られたんですか?」
この言葉を、聞くまでは。
『さあ皆さん、グラスを―――』
会場の真ん中で新郎と新婦が手を取り合い、声を上げる。これからの幸せを微塵とも疑っていない、そんな表情。
何とも言えない複雑な気持ちは、この仕事を引き受けたときから少なからず心の中に在った。
・・・・・・だからといって躊躇するほど優しくもなかったけれど。
「乾杯ですね。どうぞ」
「あ、頂きます」
配られていた小さなグラスを受け取り、私はそっと目を伏せる。両親の事は何も話したくなかった。
しかしその思いが届くはずもなく、男は更に言葉を重ね、知らずに私の古傷を抉っていく。
「それにしても、その歳でイタリアに来られたのならさぞ苦労なさったでしょうに・・・・」
「そうです、ね。・・・・実は十年前、此処に来て直ぐ両親が・・・」
「っ、・・・・何という・・・!ああ、それでは大変失礼な事を」
「いえ、気になさらないで下さい。昔の事ですし――――それに、私が」
「え?」
私は言葉を紡ぎながらそっと空いた左手を背中に隠した。指先に、冷たくて硬い、慣れた感触。
それを握りこむと幾分か心が落ち着いて、私は静かに自嘲の笑みを洩らした。
『―――と、――――――の更なる繁栄を祝って!』
「私が――――殺したんです」
『Salut!』
新郎が右手に持ったグラスを天高く掲げたその瞬間、会場から全ての光が消え失せた。
暗闇の中で私は男に抱きついていた。悲鳴を上げさせない為に抑えた口。床にはグラスが落ちているだろう。
左手に握ったナイフは根元までしっかりと目の前に立つ身体に埋め込まれている。
ざわめく場内。停電にしてはタイミングが良過ぎると――――誰かが気付くだろうか。
抱いた体がニ三度痙攣して弛緩するのを見計らって、深々と刺さったそれを引き抜く。血が溢れたが気にしない。
そして私は。
今になって漸く現れた幼馴染の気配に向かって一目散に走り出した。
「・・・・ったく、遅い!」
元々は主賓が何時まで経っても乾杯の合図をしないから、だったのだが今その怒りは恭弥とその部下に向ける。
(ああもう第一、山本が連想させるような事言った所為だっつの)
本当に余計な会話をしてしまった。あんな事、別に口にする必要も無かったのにだ。
私が足を止めたのは部屋の中央、丁度新郎新婦が立っている場所。数メートルも離れてない場所に恭弥も居る。
今回の仕事で、絶対に何があろうと逃してはならない人間。それが彼らだ。
だから―――――これを、惨劇の始まりとするつもりだった。
私があの男を殺したのは予定外で、多分そうするべきではなかった。でもやってしまったものは仕方がない。
「皆さん、暫くそのまま動かないで!停電のようです!」
「使用人にすぐに直させます。皆様、本当に申し訳ありません」
二人は主賓らしく対応も素早かった。場に落ち着きが戻り、パニックにならずに済んだようだ。
しかし・・・人を殺した臭いは、確実に気付かれてしまう。客人たちが酔っていることに感謝しなければならないな。
そう、別にこの人達は極悪非道の外道共という訳ではないのだ。少し運が悪かっただけの、可哀想な―――・・・・
(大丈夫。・・・ちゃんと殺せる)
ああ、任務遂行中の今になってもまだこんな事を考えているとは・・・・・・・私もまだまだ未熟ということか。
恭弥に知られたら絶対馬鹿にされる―――いや、思いっ切り鼻で笑われそうだ。
・・・・それはちょっと、いやかなり面白くないので私は瞬時に頭を切り替え、恭弥の方へと意識を向けた。
言葉を交わさなくても、分かる。
その動き。タイミング。全てが手に取るように明白だ。
「「――――――――」」
事前に何の打ち合わせもしていなかったにも拘らず、私達は同時にそしてお互い異なったターゲットに仕掛けていた。
恭弥は新郎に、私は新婦に。
数瞬後、二人分の耳を劈くような悲鳴と胸の悪くなる音が響いて―――私達のゲームが始まった。