私はあの日、両親を殺した。
あっけなかった。
余りにもあっけなさすぎて、殺したというその事実を何時までも認めることが出来なかった。
その音が終わるまで
(・・・・一人、二人・・・・・これで、四人!)
両手両足、そして全身のバネを使って私は踊る。光もないのに、振り翳したナイフが鈍く煌いた気がした。
肉を断つ音に数瞬遅れて断末魔が辺りに響く。幾分耳障りだが、敢えてそれを止めたりはしない。
暖かな液体が頬にかかった。血の臭いがする。それでもまだ、照明は付かない――――
その時だった。
ふと、次に取り掛かろうとしていた標的が思わぬ方向からの攻撃を受けて見事壁まで吹っ飛んだ。
傍らに降り立ったその気配と続く打撃音に、私はそっと舌打ちしてしまう。
「ちょっと恭弥。邪魔するつもり?」
「は、こんなの早い者勝ちでしょ。ルールにそんな規定はないけど?」
暗闇でくすりと笑う気配がした。多分勝ち誇ったような顔でふんぞり返っているに違いない。
呑気にゲームに興じている恭弥の姿に・・・少々かちん、と来てしまった。勿論わかっている。八つ当たりだ。
(もう・・・こうなったら、絶対絶対何が何でもこのゲーム、勝ってみせる・・・・!)
そして、私は。
「ふふ・・・そうだったわ、ね!」
腹の底から湧き上がるその衝動のままに、彼が次に狙ったであろう人影に向かって、ナイフを投げつけてやった。
我ながら素晴らしい速度で飛んだソレは、恭弥のトンファーよりも早く標的に当たり、その命を奪う。
これで―――十二人。
「ほら飛び道具として使える分、私の方が有利よねぇ?」
「・・・・・・。急所に当てなきゃ死なないよ」
「私が外すってか」
「立ったまま寝るようじゃ怪しいものだよ」
「だから寝てないって・・・!」
今が任務中だということを忘れそうになるほどだった。ボンゴレに居るときのように、喧嘩紛いの言葉を交わす。
その間も攻撃の手は緩めず――――私達は自然とどちらともなく背中合わせになった。
『貴様ら、一体何者だ・・・?!』
『敵襲だ!全員銃を構え―――ぐ、ぅっ!』
「・・・」
流石はマフィアと言ったところか、既に何人かが事態に気付き、暗闇に紛れながらも応戦してくるのだ。
それでもパニックになった会場内ではこちらが優勢だ。おまけに出口は全て、恭弥の部下によって閉鎖されている。
「え、何?」
「聞きたいことがあるんだけど」
『何処のファミリーだ!?おい誰か、早く照明を・・・・!』
「ちょ、こんな時に・・・何よ。さっさと言ったら?」
結果、行き場を失った人間達にぐるりと囲まれる形になり、敵を倒した合間合間に何度も背を合わせる羽目になった。
まあそれでも大半の人間は呆然と突っ立っているだけなのだから、手強くもなんともない。
だから―――なのかもしれない。恭弥は余裕たっぷりな様子で声を掛けてきた。私も余裕があるのでそれに応じる。
応じたことに、私は少し後悔した。
「君が先刻まで居たあっちの壁で一人死んでたんだけど。あれ、フライング?」
「―――――――、っ」
こいつ、目敏い。暗い会場の中で、しかも床に倒れている状態の死体を見つけたとは・・・。
しかも新郎新婦がいた場所からは少し距離がある。新郎を殺してから私と再び合流するまでの時間は僅か数分の筈。
(・・・・もしかして、見てた、とか?)
でもそんな事は有り得ない。私が刺したのは乾杯と同時―――照明が消えるのと同時だ。
私が彼を殺したところを見られた可能性は、限りなく零に近いのだから。
急に黙り込んだ幼馴染。標的を一撃二撃で殺していきながら、雲雀はそっと背後を窺った。
戸惑う気配がする―――勿論、仕事は忘れていないのだろうが、どうも動きが鈍くなったように感じる。
合図を待たず少々フライングした形でが殺したのだろう男。
カーテンの陰に身を潜めて辺りを窺っていた時見えたのだが、男は乾杯前からしつこく彼女に付き纏っていた。
どうやらに気がある様子だった。
なんて趣味が悪い。・・・・そう思って何となしに眺めていると、ふと彼女の顔色が変わった。
しっかり見ていても思わず見逃しそうになるほどの微かな変化。男は気付かず話し続けているようだった。
―――何か、気に触ることを言われたのだろうか。幾分硬い笑顔で応えるを見ながらそう思う。
それはほんの些細な引っ掛かりでしかなかった。ほんの少しだけ、気になっただけだった。
照明が消え、新郎を殺してから辺りの人間を手当たり次第にトンファーで殴りつけて殺していく。
そのまま無意識に男が居たまで移動していたというのに気付いたときには、目前の床に当にその男が血を流して倒れていた。
心臓のど真ん中を、一突き。
が殺したというのは、直ぐに分かった。
意外な気持ちと、何故、という思いが強かった。仕事中、彼女は自らの感情に流されることを酷く嫌う。
(それすら抑え切れないほどの・・・・何か、が?)
雲雀はそれを無性に知りたくなって―――未だ部屋の中央あたりに居る幼馴染の気配の方へと、走り出した。
「カウントには入れないって、言いたいわけ?」
「別に?いいよ、入れても。僕が勝つし」
「だったら入れないでいいわ。でも私が勝つもの」
「ワオ。随分な自信だね」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
何だか軽い言葉遊びをしている気分だった。叩けば響くように返される言葉に、私はそっと溜息を吐く。
会話の端々に感じる圧力。―――何故殺したかを、言え、と。そんな副音声がばっちり聞こえてしまう自分が悲しい。
ちらりと横目で恭弥を見やったが、暗闇に浮かぶ無表情な横顔からは何も読み取ることが出来なかった。
(何も、考えてなかったり・・・して。はは、まさかね)
恭弥のことだ。純粋な好奇心、というのは大いに有り得る。ならば此処で渋るのは逆効果のような気がする。
「ちょっと、ね。ムカついたのよ。余計なこと言うから」
「ふぅん・・・?」
「昔のことなんか、・・・・・聞いて来るから」
私はそこまで言って、言葉を濁した。両親のことを聞かれたなどと言うつもりは更々なかった。
まして、―――私がかつて両親を殺した、なんてことは、絶対に。