大切なものを犠牲にして生き続けている私と。
様々なものを否定しながら我が道を行く彼と。
あの日分かれた筈の道は、またここで繋がろうとしている。
その音が終わるまで
親殺し。それが、罪深いものであることは知っている。
人を殺すという行為に違いはなくても、倫理的にも感情的にも赦されることではないだろう。
最も、その家庭環境によっては許容せざるを得ないケースもあるのかもしれない。
だが私の場合、両親の仲は良く、また彼らは十二分に私を愛してくれた。私もまた、彼らを愛した。
(でも、待てなかったんだもの)
あの瞬間まで、あのひと達を殺すなんて思いつきもしなかった。どうか生きて欲しいと思っていた。
(・・・・・それなのに、私は)
親より先に死ぬのと、親を殺すのと。果たしてどちらがより親不孝なのか――――
頼むからこれ以上聞いてくれるな―――そんな思いを込めて、私は改めてしっかりと口を閉ざした。
が、相手の事情を全く考慮しないのがこの幼馴染である。
『昔のこと?』
と間髪を入れず口を開いて更に追及してくる恭弥。しかし丁度団体さんの新手が来て仕方なく彼は会話を止めた。
それを良いことに、私は全身に意識して拒絶のオーラを纏わせ、襲い来る敵に無言で立ち向かう。
勿論、あの雲雀恭弥がこの程度で引き下がるわけがないということは百も承知であったが。
(力で押せば何とかなるって思ってるみたいだし?)
それも私が彼を自信過剰と言う一端である。実際何とかなってきたのだろうから、余計性質が悪い。
そういう人間はいつか絶対足を掬われるのだ。多分、きっと、思いもよらないところで。
(・・・・・っていうか誰も掬わないなら私が掬ってやる。
うん、それが良い。そうしよう。だから手始めに恭弥の部下を抱きこんで、と・・・・・)
思考が変な方へと行きがちになるのを何とか堪え、目の前の敵に集中する。恭弥とは少し離れてしまった。
沢山、殺した。まだ生き残っているのは、どんな形ででも一応『闘える』者達のみ。
悲鳴を上げ逃げ惑うしか能のない連中は、男であれ女であれ、命を留めてはいないだろう。
それにもう半分以上殺しているから流石に向こうも必死だ。数発の銃弾が腕を掠め、服を焼く。
――――マフィア、か。
一人、また一人とその命を奪っていきながら、私は納得に近い思いを込めそっと溜息を吐いた。
今相対しているのはそう呼ばれる人間たち。そして、かつて相手にしてきたのは私の賞金を狙う人間たち。
ここにきて・・・両者の違いが何となくわかって来たような気がする。
何が違うのか、そう問われてはっきりと答えを出すことは出来ないけれど。やはり、違う。
(まだまだ甘いのかも、ね。本当に・・・)
マフィア―――裏社会。
私があの場所を逃げ出した後に沈むしかなかった世界も、またその一部。
情報屋として生計を立てていけるようになるまでは、中々凄惨な生活を送ってきたと思っている。
手を差し伸べてくれた人も、居なかった訳じゃない。その手を取れば助かったのかもしれない。
・・・・・・でも、その手を取る勇気が、私には足りなかった。
信じられるのは自分だけだと――――心の底から思っていた、だから。
「・・・・・・・・っ、次!」
私は口の中で小さく叫ぶ。己の士気を鼓舞する為に、この高揚感を維持する為に。
ゲームの途中から―――ではあったが、ずっと自分の心臓の音が耳について離れなかった。
普段よりは少し大きな音が身体の内から響いている。微かな変化でしかないものの、見逃すことは出来ない。
緊張―――して、いるのだろうか。この私が。マフィアとの殺し合いに。
(相手を畏れているわけじゃ、ないのに)
どうも普段とは勝手が違う。その事に私は惑っていた。
私達の実力は身を以って知っただろうに、尚逃げる素振りを見せず彼らは立ち向かってくる。
逃げられないのは分かっている。しかし、何故逃げようとしないのだろう。
扉は開かないけれど、何故開けようとしないのだろう。
今まで殺してきた者達は、旗色が悪くなると即逃亡を図ったりしたのに―――?
(・・・・・ああ、だからこれが『マフィア』なのか)
すとん、と私は唐突に理解した。これがマフィア、これが今私の住む世界。
甘い考えでは到底生きていけない場所――――
「へぇ、そんなスピードで勝てると思ってるの?」
「勿論ですとも。各個撃破するしかない人とは一緒にしないで欲しいわね」
銃弾を避け飛び退った先で、意図せずに再び私達は背中合わせになった。
即座に飛んできた彼の皮肉に対し反射的に応えつつ、いつの間にか荒くなっていた呼吸を整える。
どうしても男女の差、つまりスタミナの差は出てしまう。息ひとつ乱してない様子に舌打ちでもしたい気分だ。
(次の攻撃で・・・・ゲームセット、ね)
照明は最後まで付かないらしい。暗闇の中、私は油断なく周囲を探りながらそっと新たな武器を構えた。
―――とその時、あれだけ耳についていた音が聞こえなくなっているのに気付く。
合わせた背中から、体温が伝わるような錯覚。
安心感の、ような。
「さて・・・・そろそろ行くよ、」
「えぇ、いつでも」
残った敵が、こちらに走ってくる気配を感じながら。・・・・私はゆっくりと深呼吸していた。
静かに生まれる余裕、背後の存在、敵の動き、私達の呼吸の音。何もかもが鮮明に映る。
誰かと一緒に闘う、それはこういうことなのだろうか。それとも恭弥だからこんな風に感じるのか。
(・・・・今は、・・・・・どっちでも構わない)
私は恭弥に背中を預けることが出来るし、恭弥は私に背中を預けてくれる。
そうすることに何の躊躇いもなかった。何の不安も感じなかった。自然となるべくしてそうなったのだ。
ただそれだけが、揺るぎない真実。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
“その時”、私達は何の合図もしなかった。声を掛け合うことすらしなかった。
でもやはり手に取るように分かる、相手の動き。だからこそ同時に動くことが出来る。
恭弥は恭弥の、私は私の正面からやって来る敵に向かって、一直線に――――跳んだ。
数秒後に響いた、数人分の悲鳴。
―――その断末魔こそが、このゲームの終わりを知らせるものだった。