それは、ほんの気まぐれだった。
繋いで、繋がれて
私がイタリアに来てから十年以上。かの幼馴染、雲雀恭弥と再会してからは三年とちょっと。
そのたった三年という月日の間に、私はすっかりイタリアンマフィアとしての生活に慣れてしまっていた。
(色々あったとはいえ・・・ま、裏社会にしては平和なものよね・・・この頃ホントそう思う)
勘違いしそうになるくらい。このまま穏やかな日々が続いていくのだと、信じてしまいそうになるくらい。
目の前で様々な宝石が店内の照明を受けて煌く。それらは透明で強固な壁に守られ、厳重に保管されていた。
店内に居るのは私とハル、そして愛想の良い店員の三名。
ハルは店員と何やら真剣にやりとりしつつ、数々のアクセサリーを着けては外し、着けては外しを繰り返している。
私はといえば、化粧品と同様大した興味もないので―――ただ何となく周りを見つめているだけ。
一般人から見ると目玉が飛び出るような値段の代物もある。いかにもセレブ御用達といった感じだ。
正直綺麗だとは思ったけれど、思うだけで買う気は起こらない。女としては・・・・些かマズイのかもしれないが。
『お出掛けしましょう!』と突然休日の朝に掛かってきた一本の電話。
暇だったし、断る理由もないことから快くその誘いを受けたのがそもそも間違いだった。
そう、所謂、“女の買い物”とやらに昼前から散々付き合わされることになってしまったのである。
服から始まって化粧品、靴、その他諸々・・・・その合間合間に何度も喫茶店に入ってお茶をする。
勿論嫌なわけではない。ただ、少々気疲れするのが難点なだけで。―――興味を持てない自分が悪いだけで。
でも買い物をしながら楽しそうに笑うハルを見ているだけで、何故か心が暖まる気がするのだから。どうしようもない。
降参、と内心両手を挙げて私は今日も、直属の上司であるハルに付いていくのである。
私達が居るのは道端にジュエリーの入ったガラスケースが立ち並ぶ通りの、少し奥まったところにある高級な店。
今日の彼女はとにかく買い込んだ。これでもかと言う位大量に、且つ高価なものを次々と遠慮なく買っていく。
何でもハル感謝デー?の記念すべき〜回記念だとかなんとか。良く意味が分からなかったけど。
「さん、何見てるんですか?」
「あらハル。終わったの?」
「はひ!えへへ、大漁ですっ!」
声を掛けられ体ごと振り向くと満面の笑みで幸せそうなハル。その後ろの方でこれまたホクホク顔の店員。
ビロードが張られたプレートに乗せられ運ばれていく宝石類を見れば、その理由も直ぐ分かる。
「にしても・・・・そんなに買い込んで大丈夫なの?今朝から何だか、買い過ぎてない?」
「大丈夫ですよ!この日の為にちゃーんと貯金してましたから」
「感謝デーがどう、とかいう?そんなに大事な日だったの?」
「いえ、それだけじゃないんですけど。―――えっと、その・・・・実は、来月の三日はハルの誕生日なんです!」
「え」
私は思わず間の抜けた声を上げてしまう。彼女とは上司と部下という関係、それ以上に友人としての自覚もあった。
それなのに今まで三年間、一度たりともハルの誕生日を祝った事がなかったのである。言うまでもなく、他の誰のも。
この生活に落ち着くまでは本当に色々なことがあったから、それは仕方がないとしても・・・・
情報屋にしてボンゴレ情報部所属の自分がそれを知らなかったという事にも驚いた。
友人の誕生日すら祝えないような、そんな余裕のない慌しい生活を三年間も送ってきたというのか。
「それじゃ・・・今日の買い物って、自分へのプレゼントなの?」
「はい!イタリアに来てからは毎年そうしてます。一年頑張ったご褒美でっ」
「だったらボスに買って貰えばいいじゃない?・・・・・お金、有り余ってそうだし」
ハルが頼めば喜んで買ってくれそうな気がする。あまり貢がせると周りが五月蝿いから、こういう時だけでも。
いい金ヅルになりそうよね、等とバレたら獄寺に刺されそうなことを考えつつ私は笑う。
「そ、そ、そんなの貰ったら勿体なくて着けられないじゃないですか!」
「・・・・・・・そう?」
顔を真っ赤にしながら反論するハルをあしらいながら、どこか他人事のような気分で視線を逸らした。
誰かからの貰い物をずっと大事にする、なんて。
明日をも知れない生活を送ってきた私にとっては、全く縁のない話だった。
―――縁なんかある筈ないと、ずっと、ずっと、思っていた。
「それより、さんもどうですか?これとか結構似合ってますよ」
「ん・・・・何か武器に改造できるようなものは、と・・・」
「そ、そうじゃなくてですね!」
「冗談よ。ま、この際だから変装用のでも見繕ってみようかしら」
武器に改造するにしても、ここまで高価なものは使いたくない気がする。何となく。
豪華な装飾を施されたそれらが余りにも綺麗だったから。―――壊したくないと、思ったのかもしれない。
煌びやかに目を楽しませてくれる石達をガラス越しに見詰め、私は暫し陶然と目を細めた。
とその時、ハルがぽんと両手を打ち鳴らして小さく叫ぶ。
「そういえば!雲雀さんもそろそろ誕生日です!・・・ハルは毎年お菓子作って押し付・・・いえ、あげてるんですけど
さんは何かあげたりしないんですか?」
「あ―――・・・・五月五日、だったわね・・・・」
昔はそんな行事にも手を出したりしてたっけ。目に見えて喜んでくれたのはアレだけだった気がするけど。
何のしがらみもなかったあの頃は気負うことなく何だって出来たのに、今行動しようと思うと中々難しい。
「もうトンファー送るわけにはいかないし・・・」
「トンファー?」
「そ。私がまだ日本に居た頃にね、ちょっと」
貯金叩いて買ってあげたのよ、と悪戯っぽく笑んでみせる。あれは自分なりに大成功だったと思う。
新調したとはいえ、今も尚その武器を使い続けてくれているのだから。
・・・・なんて悦に入っていると隣から物凄く嫌そうな呻き声が聞こえてきて、私は少しびびってしまった。
「 え゛っ」
「え、なに?」
「ままま、まさか・・・さんが初めてトンファーの存在を教えたとか、そういう?」
「そうだけど。どうしたの?」
不思議に思って彼女の方に向き直ると、今にも泣きそうな目でぎっと睨みつけられた。
「っさんがそんな事しなきゃ、雲雀さんあそこまで凶暴にならなかったかもしれないじゃないですか!」
「いや・・・、なるべくしてなったと思うけど。ほら刃物とか持つより安全だと思わない?」
「その方が銃刀法違反かなんかでさっさと捕まったんじゃないですか?!」
「捕まった程度で大人しくなるような性格なら苦労しないわよ、誰も」
「・・・・・・・・・そ、そうですよね・・・・」
そもそも捕まるようなヘマ、恭弥ならしないでしょうけどね。