見えない糸は知らぬ内に絡みつき、二人を繋ぐ。

 

気付いた時にはもう、きっと、逃げられない――――――

 

 

いで、がれて 

 

 

 

私はイタリアに着くと、空港から直接ボンゴレファミリー本部へと向かった。勿論出張仲間も一緒である。

ボスからは『休んでからで良いよ』と言われていたのだが、報告を残したままで寛げる筈もない。

 

骸と山本、そしてコロネロの了承を得た私はそのまま本部へと車を走らせた。

 

 

 

 

私は階下へ向かうエレベーターの中で、腕を組みつつ考えていた。一体何事だろうか、と。

あれから最上階の執務室へ直行して様々な手続きを済ますと、土産話と称した雑談が自然と広がった。

 

 

―――その中で、こっそりとボスに囁かれた言葉。

 

 

 

『雲雀さんがね、何か用があるって。この前の部屋で待ってるって言ってたんけど・・・場所、わかる?』

 

「出張帰りの私を呼び出すとはいい度胸・・・・って、私もか」

 

 

 

今回普段なら有り得ない人選で惑ったこともあって、非常に疲れてしまっていた。

だから雑談もそこそこに引き揚げようと思っていた所にこれである。安息を邪魔しようとしているとしか思えない。

 

しかもわざわざ呼び出すなんて恭弥らしくないような。執務室で待っていれば早いのに――――

等とつらつら考えつつ、私はこの間彼にピアスを渡したその部屋へと向かった。

 

 

問題の部屋の前に立つと、扉は薄く開いている。照明の付いている廊下とは対照的に薄暗い。

 

 

 

「恭、弥?」

 

 

 

気配は感じる。訝しげに声を掛けると、やはり直ぐに返答があった。

 

 

 

「結構遅かったね」

「ちょっと上で話し込んでて・・・、ねぇ電気くらい付けたら?」

 

 

 

私は部屋の中に身を滑り込ませ、記憶にある場所に手を伸ばして電気を付けた。

すると一気に明るくなって壁に凭れる恭弥の姿が目に入った。眩しいのか、何度か瞬きをしている。

 

一ヶ月間離れていたとはいえ、この歳の人間はそうそう変わらない。今も特に思うことはなかった。

 

 

そう、ここで何か異変を感じていたなら―――あそこまで驚くことはなかったかもしれない。

 

 

 

「随分疲れてるみたいだけど。あれ、そんなにキツイ仕事だったっけ」

 

 

 

真っ先に用件を言うと思っていたのだがそうでもなかった。直情的な恭弥には珍しい事である。

色々な事から解放されてのんびりとしたい私は、それを受け近くの椅子に座って彼に向き直って話し始めた。

 

 

 

「違うわよ。ただ・・・・」

 

 

 

最初は上手くいっていた。話し合いは、途中まで、至極順調に進んでいた。

相手ファミリーの言い分を極限まで引き出した上で、今までの功績を考慮し、抵抗しなければ殺さないで済む筈だった。

 

しかし―――ちょっとしたことで、向こうが愚かにも六道骸の逆鱗に触れてしまった。その時点で、ジ・エンド。

 

骸は怒って攻撃、相手はいきり立ち、こちらも応戦の構えを取らざるを得なくなり。

コロネロは嬉々として暴れ出してしまうし―――当に、阿鼻叫喚の図。

 

 

 

「途中で山本さんまでヒートアップしちゃって。何で私が止め役に回らなきゃいけないのか理解に苦しむっていうか」

「はっ、アレも案外堪え性がないんだ」

「ん・・・まあでも部下の事に口出されちゃ、ね。私でも頭に来たし」

 

 

 

だからといって命令を無視していいわけではないが。責任は骸達に取ってもらうことにしておこう。

 

 

(“私”は、一応止めたもの)

 

 

 

 

 

 

「で、恭弥サン。この私に何の御用でしょう」

「――――これ」

「  え?」

 

 

 

ぽん、と投げ渡されたのは小さな箱。まるで一ヶ月前に私が恭弥に押し付けたような代物と似ている。

ピアスを入れていたそれよりは多少大きい。つまり返品ではなさそうだった。

 

好奇心半分と疑惑半分、まさか開けた瞬間に爆発なんてしないでしょうねと訝しみながら、私は手を伸ばす。

 

 

目に飛び込んできたのは―――何処までも深い、蒼。

 

 

 

「な・・・何コレ」

「時差ぼけで知能が低下するなんてあまり聞いたことがないけどね。医者行くかい?」

 

 

 

くす、と微かな笑い声と共に発せられた嫌味にも、反応することが出来なかった。

青い綺麗な石。細やかなデザインの銀装飾が周囲を飾り、これまた銀色の鎖に繋がっている。

 

私はこれを寄越された意味が分からなかった。否、頭が理解することを拒否していた。

 

 

 

「は、発信機付き?」

「何でそうなるのさ」

「ボスあたりの差し金かと・・・」

 

 

 

恭弥が私に、くれるというのだろうか。見るからに高そうな―――多分、サファイアのペンダントを。

『理解不能』という気持ちが完全に表に出ていたのだろう。彼は軽く髪をかきあげて、そっと笑った。

 

 

 

「“これ”の、お返し。失くしたら咬み殺すよ?」

 

 

 

その、耳に光る、赤。

 

 

 

「――――――っ?!」

 

 

 

がたんと椅子が床に倒れる。それを蹴倒した張本人である私は硬直したまま暫くの間、全然動けなかった。

何故、何時の間に、何のつもりで。疑問符は次から次へと溢れ出るものの、音にはならない。

 

心臓が、止まるかと思った。・・・・・心臓を、素手で鷲掴みにされたような気がした。

 

 

そんなつもりじゃない、という言葉が頭に浮かぶ。着けるなんて、穴を開けるなんて、思ってもみなかった。

 

 

 

「恭弥・・・・」 どうして。

「別に。気が向いたんだよ」

「明日・・・明日きっと世界が滅びる・・・もしくは大雪・・・」

「へぇ?面白いね。賭けてみようか」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

反応を見て、揶揄われているのはわかっている。気が向いた?そうだろうとも。気紛れな雲の守護者め。

 

微妙な空気を振り払う為、私は小箱の中にある青いペンダントをそっと手に取って留め金を外す。

仕事でよく改造済みの宝石を着けるので手間取ることはなかった。数秒の後、首の後ろで微かな音がして鎖が繋がった。

 

白いシャツの上で、青い石が光を受けて煌く。

 

 

 

「まあ、悪くはないね」

「そこは嘘でも似合うって言え」

 

 

 

その頃になって、漸く喜びと言える感情が湧いて来る。今まで驚きに圧されてそれ所ではなかった。

そうだ、こんな珍しいことなんて一生にあるかどうか。あの恭弥がだ!何と殊勝なことを!

 

愉快な気持ちそのままに、彼から初めて貰ったプレゼントにそっと手を添えて。

 

 

 

・・・・・私は、心の底から、笑った。

 

 

 

「ありがとう、恭弥」

 

「・・・・・・・・・・どういたしまして」

 

 

 

お互い、その時は何も、それらが何を齎すのかさえ、少しも分かってはいなかった―――

 

 

 

 

 

これからずっと先の未来。

ボンゴレに、ひいては恭弥の傍に居続ける日がやって来るまで。

 

時折私は独り、恭弥からプレゼントを貰った日を振り返る。

 

 

赤いピアスを着けた彼を初めて見た瞬間か、青いペンダントを初めて身に着けた瞬間か―――どちらかは思い出せないけれど。

 

 

 

あの日確かに、楔を打ち込まれる音が、した。

 

 

 

 

(二人を繋ぐもの。それは――)

 

 

 

 

 

<Fin>