未来があるかどうか?

 

私にはわからない。信じることなんかできない。―――でも。

 

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

視界を塞ぐ白い煙。次第に晴れていくその向こうに、複数の慣れた気配を感じた。

 

 

 

さん!大丈夫ですかっ!?」

 

 

最初に聞こえたのは、ハルの気遣わしげな声だった。

その時には周りの状況が大体掴めて来る。晴れた視界に飛び込んできたのはボンゴレの面々。

 

私達はとても広い部屋に居た。様々なトレーニング用の器具が並んでいる。

…見覚えは、ないけれど。もしかしてここは、ボンゴレ本部にある訓練場ではないかと推測が立つ。

 

 

(…でも一体、どういう成り行きで…?)

 

 

咄嗟に言葉が見つからないまま、傍に立つ心配そうなハルを始めとした、本来あるべき時代の彼らを見渡した。

 

 

 

 

扉の近くで壁に凭れるリボーン。十年後に比べて背は低かった。まだ幼さの残る顔立ちをしている。

窓の辺りで立っている山本。目が合うと、にかっと笑って手を振った。振り返しはしなかったけど。

筋トレ機械に寄り掛かる獄寺。何故かホッとしたような顔で煙草を吹かしている。目を逸らされた。

真正面で腕組みをしているボス。柔らかく微笑まれたが、如何せん、未来のと比べれば迫力はない。

机の傍で挙動不審なランボ。酷く顔色が悪い。視線を向けただけで大きく震え、その身を縮こまらせた。

 

 

そして―――雲雀恭弥。

 

鬱陶しげに髪をかき上げながら、普段と変わらぬ無表情でじっと私を見ている。

何も考えずに視線を合わせた。

 

 

その、瞬間。

 

 

(――――っ!?)

 

 

私はばっと顔を伏せる。何これ。何だこれ。おい待て自分、それは無いだろう!

目を合わせた瞬間、いきなり心臓が不整脈を起こしたように乱れたのだ。

 

 

(……顔、が、見れない……っ)

 

 

息が、上手く―――吸えない。

俯いたまま、私は必死だった。必死で落ち着こうとしていた。

 

 

(違う、だって、変だったのは十年後の恭弥だろう。今の恭弥じゃないはずだ。

混同してるだけ。私は勘違いしてる。この恭弥は違うんだから、こんな風になるのはおかしい!)

 

 

普通でない“未来の恭弥”を否定した癖に、現在の恭弥まで変な風に見てしまう自分が嫌だった。

だが、考えても考えても答えは出ない。……元々答えなどないと知りながらも、認めるわけにはいかなかった。

 

大体何でこんな事で私が悩まなきゃいけないんだ?私は別に何もしてない。向こうが勝手に変わっただけなのに。

思考はどんどん相手を責める方へ向かう。責任転嫁?それがどうした。

 

そんな風に、いつまでもその思考の海に浸っていたかった。だが周りがそれを赦すはずもなく。

 

 

訝しげな、それでいて何処か困惑したような声が、私の耳朶を打つ。

 

 

 

「……?」

 

 

 

恭弥の、声―――

十年後の彼の声と比べれば、深みも無いしまだ若さが滲む。だが、それでも恭弥の声に変わりは無い。

 

それが、引き金だった。

 

未来で恭弥にボロ負けしたこと、恭弥の黄金笑顔にやられたこと、朝起きたら隣に恭弥が居たこと、

恭弥の所為で心臓が止まる思いをしたこと、多分グルだろうボスとハルに揶揄われたこと、その他諸々。

そして止めとばかりに、ここに帰ってくる寸前耳元で囁かれた物騒な台詞までが――蘇った。

 

 

そう、一度に全て押し寄せてきたのだ。

 

 

それは私の、許容範囲を…………超える。

 

 

 

 

 

 

「……………き」

「き?」

 

 

 

衝動の赴くままに、心の奥底から、叫んだ。

 

 

 

「………っ貴様私を殺す気か――!!」

「っのわ――!?」

 

 

 

今までの人生の中で、五本の指に入るほど素晴らしい投げっぷりだったと後になって思う。

 

目にも留まらぬほど素早く、かつ正確に飛んだ十本のナイフは。

奇声を上げた哀れな少年を埴輪のような格好で壁に縫い止めた。

 

―――犠牲者の名は、もちろんランボである。

 

 

 

「ふ……ふふ、ふふふふ…」

「あ、あああのっさ――」

 

 

とすっ。

何かを言いかけたランボの顔数ミリ横にもう一本。

ぴたりと口を閉ざした彼を見て、私は満足そうににやりと笑ったという。……自覚はなかった。

 

 

 

「おい待て、何やってる!」

「そ、そうそう、穏やかじゃねーよな」

 

 

 

獄寺と山本が口を挟んできた。そちらに目を向けると、リボーンさえも壁に凭れかけていた身を起こしている。

………でも、この三人に特に何も思うところはないし。

 

 

 

「獄寺さん達は良いんですよ。別に」

「何が!?」

「でもボスは後で覚えといてくださいね」

「え、俺?何で!?」

「……ハルも」

「は、はひっ!?ハルもですか!!?」

 

 

 

いきなりの事に戸惑う彼らは放っておく。ここで問題なのは、最悪なのは、残る一人だ。

ランボのことは、どうでも良かった。哀れな事に、最後まで磔になったままだったらしいと後で聞いた。

 

私はゆらりと彼の方へ向き直る。不穏な気配を感じたのか彼も軽く身構えているようだった。

 

 

(今回の事は、……何から何まで…そもそものきっかけからして……)

 

 

 

「元凶はお前だ、雲雀恭弥―――!!」

「っ!」

 

 

 

遠慮もなにもなく、怒りを力に変えて凶器を放つ。何本かは叩き落され、何本かは避けられた。

 

一本だけ彼の服を掠った事に溜飲を下げ、次の攻撃に備える。

 

 

 

、君おかしいよ」

「おかしいのは恭弥の方。何あれ?変わりすぎ」

「……?言ってる意味が分からない」

 

 

 

珍しく焦ったような彼の言っている事は正論だった。だが、そんな事今の私には関係ない。

激情に油を注ぐだけとなってしまう。有無を言わせず私は更に攻撃をしかけ、畳み掛けていく。

 

 

 

「未来の恭弥が変だって言ってるの!実害被ったんだからね、私は!」

「な…、変わったとか僕よりの方が歪んでたよ」

「歪む?何よそれ!」

「……さあね。自分のことじゃないの」

 

 

 

微妙な間の後、…はっ、と馬鹿にしたように笑われた。失礼な態度が私の怒りを煽りに煽る。

だが打ち合っていくうちに分かってしまった。未来の恭弥が、どれ程…今より強くなっていたか、を。

 

 

―――絶対、今から修行しまくって十年後の恭弥より強くなってやる……!

 

 

密かな決意を胸に、私は八つ当たりともとれる憂さ晴らしを続けていった。

 

私の迫力に圧されていたのか、止める人間が居なかったことも幸いしたのだろう。

 

 

 

 

 

そして、三十分後。

 

私はほぼ一方的に展開していた闘いを止めた。単純に疲れていたのだ。肉体的にも、精神的にも。

 

 

 

「……。お前な」

「弁償はしますのでご心配なく」

「そういう問題じゃねーだろが……」

 

 

 

筋トレ機械が二台、使い物にならなくなっている。だが、未来で壊した代物に比べれば雀の涙のようだろう。

幾分すっきりした頭を抱え、飛び散ったナイフ等を回収する。ランボは無視した。……泣いていたが。

 

恭弥はなぜか怒ってない様子だった。付き合ってくれたような感じさえもある。元凶なんだからさもありなん?

まあ、この恭弥にそんなこと求める方が間違っているから気の所為なのだろう。

 

―――等と考えていると、ハルに声を掛けられた。

 

 

 

さん」

「……え?」

「お帰りなさい、です!でもってお疲れ様でした!」

「―――っ……」

 

 

 

おかえりなさい。

その言葉が、すとんと胸に落ちて。

 

殺伐としていた心に、何か暖かなものが滲んだ気がした。

 

 

 

「そっか。お帰り、さん」

「あー…ま、疲れたよな…。いや、だからって壊すなよ!」

「お帰りなさい、だな!。お疲れさん」

「とりあえず今日はもう休め。…ま、獄寺の説教は明日にしといてやる」

 

 

 

次々に掛けられる声。

 

そして、彼までも。それはとてもとても小さな声ではあったけれど。

 

 

 

「…………おかえり」

 

 

 

 

――――ああ。

 

やっぱり、私は、ここに居たいと…思う。心の底から、そう願うよ。

やっと手に入れたこの居場所を失くしたくはない。暖かな声を、聞いていたい。

 

 

 

「―――ただいま、帰りました」

 

 

 

未来が、欲しいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆に応えて自然と笑みを浮かべてしまう自分がおかしかった。……少し、滑稽ですら、ある。

未来が欲しいと願ったその口で、そうであればいいのにねと醒めた声を紡ぐから。 

 

 

なんて綺麗な光景だったんだろう。抗争へ向かう未来の彼らの毅然とした姿が脳裏に浮かぶ。

たった一日だけの、夢のような世界だった、あの未来が。

 

 

 

――――私の行く道の先に、本当に、あったなら。

 

 

 

 

 

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