未来なんか遠すぎて、想像すらできなかった。

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

その場は静寂に包まれていた。雨が降った後なのだろうか、時折闇の中でアスファルトが濡れて光る。

廃ビルが立ち並ぶ…とはいえ、中にはそう古くない建物も沢山あった。誰かが使っている所もあるかもしれない。

でも、本当に見たことがなかった。私の行動範囲は広いとは言えないが、それでもおかしい。

 

 

ここは何処で一体何が起こったのか。あるいは、何かが起こっているのか。

 

……それをまず見極めなければならなかった。

 

 

 

 

 

『実はこれに撃たれると、十年後の自分と入れ替わってしまうんです』

『…十年後の自分と入れ替わる?』

 

 

ふと、先程のランボと交わした会話が蘇る。荒唐無稽で……ファンタジーのようだと思った話。

あの奇妙な武器のせいだっていうの、この状態が?ボヴィーノの、秘密兵器―――?

 

確かに直前までランボはそのバズーカとやらを弄っていたし、悲鳴に混じって間の抜けた爆発音も聞こえた。

最後に見たあの呆気に取られた様子も『十年バズーカが暴発した』などということであれば一応説明はつく。

 

 

じゃあ、まさか、本当に……

 

 

 

「十年後の世界…?」

 

 

 

 

 

十年後。

 

その言葉を口にした途端、奇妙な焦燥感が私を襲った。

十年後の自分と入れ替われた。つまり十年後も私は存在する、生きている。……それはいい。

 

だが何故、こんな寂れた所で、一人きりで居るのだろう。

見知らぬ場所。賞金がまだ掛けられていたとしても、敢えて散歩するようなところでもない。

私はボンゴレから離れたのか。ハルや恭弥からも離れて、また日の当たらない場所に舞い戻ったのか。

 

何の色も見出せなかった世界に、戻ってしまったのだろうか。

 

 

確かに私は永遠なんて信じてはいないけれど――――

 

 

 

「………っ…」

 

 

 

私は思わずよろめき、近くにあった廃材に手をつく。と、その拍子に何かが硬い音を立てて地面に落ちた。

無意識に目で追いかけると、それはどうやら携帯電話のようだった。

 

―――十年後の私のものだろうか。興味を覚えて手を伸ばす。

 

拾い上げた携帯電話には、何か折りたたまれた白いものが挟まれていた。

 

 

 

「…紙……?」

 

 

 

恐る恐る広げてみると、それはペンでぐちゃぐちゃに走り書きされたメモであることがわかった。

かなり酷い筆跡だったが、それは確かに――――自分の字、で。

 

 

私は藁にも縋る思いでそれを読み始めた。この状況を打破できる何かが書いてあるのだと信じたくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『只今任務中』

 

 

「……は?」

 

 

『携帯に地図あり まず行け

 で、全員生け捕り

 ↑これ重要 』

 

 

「…何これ」

 

 

『五体満足厳守 取逃がし厳禁

完了後ハルに連絡 メモリNo.356』

 

 

文章になっているのかいないのか良く分からない走り書きだが、読み進めると、何か仕事の説明であるような気がする。

 

―――それも、『私』に向けての。

 

 

 

「十年後の私も、任務中……?で、私に代わりをやれと…?」

 

 

 

でもここが本当に未来の世界なら、今日私が十年後の自分と入れ替わる事くらい知っていたはずだろうに。

何の対応も取られてない上に、説明が少なすぎる。一体どういうことなのか。

まさかころっと忘れていたとか…?まあ三十路越えてるし、色々ガタが来てもおかしくはないけれど。

 

だがそもそもここは本当に十年後の世界なのだろうか。ランボはああ言ったが、その保証なんかどこにもない……

 

様々な疑念が私の頭を過ぎる。しかしそれは、メモに書かれていた文章の終わりを読んで少し解消された。

 

 

 

――『変態オーナーの捕獲は任せろ』――

 

 

 

ダイイング・メッセージのように最後の方が伸びてかなり読み難かったが、私はその言葉に力を感じた。

信じるほかに道はない。私は直ぐに携帯を弄って問題の地図とやらを出し、場所の見当をつけて、一気に走り出す。

 

どうやら私は知らない内に結構ボンゴレの事が気に入っていたらしい。

これはハルとの仕事、つまりはボンゴレから請けた仕事。私はまだ、ボンゴレと繋がっている。

 

――――その事に、焦っていた心が落ち着きを取り戻していった。

 

 

 

 

 

 

そう時間が経たない内に目的のビルに到達した私は、中に人の気配を感じてさっと身を潜めた。

あのメモには標的が何人居るかは書いていなかった。元々分かっていないのかもしれない。

 

だがそれよりも問題なのは、多分この任務の最重要項目であろう、『全員生け捕り』である。

 

私はたったひとりを捕獲する仕事――しかも五体満足でなくていい――を受けていたから、対多数を想定した道具を持っていない。

五体満足“厳守”ゆえに、適当に足とかをぶった切って相手を動けないようにすることも出来なかった。

 

下手に切って後遺症でも残ろうものなら、誰に何を言われるか。ハルに迷惑が掛かる可能性もある。

 

 

 

「となると、素手でやれとか……?」

 

 

 

やってやれないわけではないが、その場合多少こちらの被害は覚悟しておかなければならない。

嫌な任務だ。状況も最悪不備だらけ。情報さえも少なすぎる。

 

そう―――こんなややこしい状況に陥ったのは、全部あいつの所為……!!

 

 

 

「ふふ…もう、何歳だって構いやしないわ……」

 

 

 

ここが十年後なら、十年後のランボだってここに居るはず。勿論生きていればの話だけれど。

そして生きているのなら、私の事だって忘れているはずはない。

 

 

(覚悟しなさい、推定二十代前半のランボ……!)

 

 

私は新たな決意を胸に秘め、目的のビルに静かに侵入する。今は目の前の任務に集中しよう。

 

ランボへの怒りのお陰で、ここへ来たときに生まれた妙な焦燥感は影も形も無くなっていた。

 

 

 

 

十年後の世界。

 

 

その時の私にとって、それはあまりにも現実味がないものだった。

 

 

 

 

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