凄く、綺麗になった。一目見た瞬間、そんなことを思う。
ただ、彼女に面と向かって会話をする覚悟が持てなかっただけ。
黒い羊は永久を謳う
「だっ、誰だおま…!」
「はい邪魔――」
最初に声を上げた人間を、問答無用で殴りつける。一撃必殺。余計な時間は与えない。
「……まさか、ガビネッティ・ファミリーの!?」
「さあ?どこそれ……知らない、わっと」
「ッNO――!?」
「はいはい五月蝿い」
私は一度ビルの中に入り、軽く偵察を行なった。そういうことは結構得意である。
その結果全体の人数は二十人足らずであること、殆どの人間が一同に会していることを突き止めた。
今は見張りの役目を担っている者達に眠って貰っているところだ。――素手で。
「ま、まま待っ」
「待たない」
最後の一人を沈めてから、倒れ伏した男共を一纏めに拘束し、隅に追いやる。
ついでに彼らが身に付けていたネクタイを使って猿轡をしておいたので、自殺される心配はないだろう。
さて、この物音で上の連中も気付いたかもしれないし……何より面倒なので、さっさと終わらせてしまおう。
私は多分傍から見れば薄気味の悪い笑みを浮かべていたと思う。
だが不幸にもここに突っ込む人間は居なかった。そのまま私は残りの標的が居る部屋の前に立って一息つく。
「……後は、ここだけね」
部屋の中は多少ざわめいてはいるものの、そこまで緊迫した様子はない。
意味もなく高揚する心はそのままに。―――次の瞬間、私は部屋の中へと突入した。
「わ、何だ!?」
「…しゅ、襲撃だっ全員構え……」
どかっ、ばきっ、ぐしゃ。
ぱりーん。
「やっぱ逃げろ――っ!!」
「あ、それは駄目」
部屋中を逃げ惑う男達は別にどうという事もない、ただの下っ端だった。
今もやけくそで飛び掛ってきた男を避け、素手な為よいしょとばかりに関節技を仕掛けたのだが……
力加減を間違えて関節を外してしまった。……弱すぎるのだ。弱すぎて逆に色々手加減が難しいのが辛い所で。
「っぎゃ――!?」
(…っさっきからホントに手応えのない…)
正確な状況を把握できない、その苛立ちから生まれた私の怒りに油を注ぐ事になってしまう。
何故こんなにも弱いのか。何故この連中を捕まえるよう命令が下ったのか。私はそれを、一度考えてみるべきだった。
「大の男が…関節外したくらいでガタガタ喚くな!」
「ひぃっ!……」
八つ当たりのあおりを食らい、殺気を込めて凄まれた哀れな男は、泡を吹いて気絶した。
こんな感じで全て制圧すると、私は男共を全員一番下に集め、取り敢えずメモリNo.356の番号に電話する。
メモが正しいなら、これがハルに繋がる番号のはずだ。とりあえず仕事完了の報告をするべきだろう。
――と、驚いたことに呼び出し音が鳴るかならないかの凄いタイミングで、電話が繋がった。
「あ、私――」
『さんっ!!一体何があったんですか!!?』
ああ、ハルだ。
そう思う暇もなくかなりの勢いで捲し立てられる。私が口を挟む隙も全然無かった。というか、怖い。
『もう本当に心配したんですよ何かトラブルでもあったんですか!?仕事中だと思って連絡できませんでしたけど
何がどうなってるのか全然分からないんですけど!あのまさかとは思いますけどもしかして忘れてるわけないですよね、
―――これ一応超極秘任務ですよっちゃんと事前に確認しましたよね!?』
「……………」
『なのにいきなり轟音とか悲鳴とか響いてくるから驚きましたよ!一体どうしちゃったんです?!』
……超極秘、任務?
嫌な予感がして私は静かにあのメモを取り出す。そして隅から隅までもう一度目を通してみた。
だが、そんな記述はない。………どこにも。
『……、さん…?怪我とかしちゃってるんですか?動けないんですか?』
「…ごめんハル……何でもいいから、取り敢えず来てくれない…?」
『え、あ、はい。わかりましたすぐ行きます!』
「頼むわ…」
私は電話を切ると、その場に力無く座り込んだ。
超極秘、ということは。乱闘騒ぎがあったことなど全くわからないようにして事を運べということだ。
怒りのままに調度品はおろか、窓に至るまで壊しまくった覚えがある私は物凄く落ち込んだ。
っていうか。
(書けよ…!十年後の私!変態は任せろとか書く暇があるなら、ちゃんと書くべきでしょうがそんな大事なこと!)
だが、結局は自分であるだけに責める事が出来ない。不毛なことである。
いきなり十年後の世界とやらに放り出されて少なからず不安定だった私は、逃避策としてある結論を出した。
『ま、これも全部ランボの所為ってことでいっか!』―――と。
辺りを窺う気配を見せながらも真っ直ぐにこの建物に向かってくる人影。
私はそれを遠目に認めると、重い腰をあげて彼女の方を見た。そしてまず、思ったこと。
――――表情からして違う。隙もない。……強く、なっている。
十年という月日をまざまざと見せ付けられたような気がして、私は金縛りにあったように動けなくなった。
ハルが、私の姿を認め、そして驚きに目を見開いて―――私の名を呼ぶまで。
「、さん…!?え、嘘、さん?あれ、でもさんですよね?どうして……」
「こんばんは、ハル。…それとも初めまして、って言うべき?」
「…あ、あ、あぁ!!もしかして今日?今日だったんですか、あれ!?」
「主語がない。……まあでも、そういうことなんでしょうね」
「はひー…すっかり忘れてました…」
……忘れられるような事なのか?まあ直ぐに思い出したようではあるけれど。
少し疑問に思ったが、それよりもまずやりたい事があったのでにっこり笑って聞いてみる。
「そうだハル…私ちょっと、ランボに大事な用があるんだけど彼…今どこに居るか知ってる?」
「あ、はい?えっとランボちゃんなら今ボンゴレに―――って何やらかすつもりですかさん」
「え?イイコト」
ハルでさえこれなら、ランボもきっとド忘れしてるんだろう。考えればそれは好都合だった。
何も知らずに呑気に過ごしているなら……奇襲は当然成功する。たとえ強いとされる十年後のランボでも。
携帯の中にあった地図でここの大体の場所は掴めた。
適当に進んでいれば―――ボンゴレは途轍もなく大きいので――――直ぐに見つかるだろう。
「じゃ、悪いけど後の始末は宜しく。全責任は十年後の私に取らせといて」
「…は、いえ、そんなさんっ待って下さい!」
「やだ」
「!」
私は例の機械を発動させて、闇の中、ひたすら八つ当たりの対象を求めて走っていく。
―――どうにかして心を落ち着けなければ、私が壊れてしまいそうだった。