誰、これ。
その言葉しか頭に浮かばなかった。
黒い羊は永久を謳う
私は全速力でボンゴレに、もといランボの元へ向かっていた。夜の光が飛ぶように流れていく。
数分も経つと次第に景色が見た事があるものになったのも幸いだったと思う。
(そういえばランボがボンゴレのどこにいるかは、聞いてなかったわね)
流石に十年前の私では今受付で『顔パス』にならないだろうし。逆に不審人物として捕まっては、奇襲作戦の意味が無い。
(―――仕方が無い。外から探すか……)
所属ファミリーが違うとはいえ守護者である彼なら、上層階のどこかにいるのは間違いないだろうから。
一方、現場に取り残されたハルは―――
「……た、大変です……」
の消えた方向を見つめてまだ呆然としていた。
後始末に関しては、近くに待機していた部下達に任せているので心配は無い。
中にはが暴れた跡を見て悲鳴を上げた者も居たが…まあボンゴレの力を使えば何とかなるだろう。
今は、そんなことはどうでも良かった。考えなければならないのはむしろ、彼女のことである。
「…ゴジラ降臨です…!!早く連絡しなきゃいけません…っ」
ハルは直ぐに携帯を取り出して、ある番号に電話を掛けた。掛ける先など、決まりきっていた。
―――そう、今の怒り狂った彼女を止められるのは一人しか居ない。
数秒の後繋がった相手に有無を言わさず懇願する。
「…ええ今ものすっごく緊急事態なんです!助けてくださいっ!!」
ランボは拍子抜けするほど案外簡単に見つかった。
今が夜なのを良いことに、私がビルとビルの間を飛び回りながらボンゴレ本部の周りを回って探していると。
………カーテン全開で窓際のソファに座って物思いに耽っている馬鹿が一人。
体格も格段に良くなり、顔つきも大人になった“彼”。でも髪の毛はまだふわふわなままだし、たれ目だった。
それに。私の中で培われてきた鋭い勘が、確実にあれはランボだと告げている。
幾ら彼が強くなっていようと、奇襲作戦には敵うまい!
私は早速ランボが居る部屋に近づくと………反動をつけて、思いっ切り、窓に向かって飛び出した。
凄まじい音を立てて超高級防弾ガラスが飛び散る。ちょっと小細工が必要だが、破ること自体は難しくない。
咄嗟に顔を庇いながら部屋の中に着地すると、先程までソファに座っていたはずのランボの姿が見えなかった。
……流石はランボでも守護者、か。異変に気付いた瞬間に、即窓から遠ざかったらしい。
「誰だ…!」
「あら、誰だなんて…冷たいコト言うのねランボ。私よ、わ・た・し」
声に艶を持たせ、心持ち媚びる様な色を含ませて私は笑う。
いや、自分でも気持ち悪いとは思ったけど。物凄く引かれるのも分かってたけど。
『私』が誰であるかに気付いた瞬間、訝しげな顔から一転驚きと恐怖の色に染まったのに満足した。
―――この部屋は煌々と明かりがついていて、ランボが私を見紛う筈もなかったのだ。
「……、さっ………」
「ランボ……」
私は右手にナイフを一本握って、八つ当たり気味に微笑みながら、怯えて後ずさるランボに近づく。
「十年生き永らえた事を感謝するのね……!」
「う…うわぁぁぁっ!ごめんなさいごめんなさいっすみませんでした―――!!」
「一回死んで詫びろ!」
「いえもう二度としませんから!赦してくださいぃ…!」
両手を顔の前で合わせ拝むように謝るランボを見下ろし、本気で――ちょっとくらいぶっ刺すつもりで、凶器を振り下ろした―――
―――次の瞬間、私の右手からはナイフが消えていた。
何の前触れも無かった。
視界に捉えることさえ出来なかった。
全ては私の意識の外で行なわれたのだ。気付けなかったのは私の力量の所為かもしれない。
『それ』は音もなく、弾かれたという事を自覚する暇も無いまま私の意識諸共全てを吹き飛ばしていった。
部屋の壁にめり込む様な音が響いて初めて私は我に返る。と、同時に感じる気配。
瞬間、動きを完全に止めてしまった私をランボが不思議そうに見やる。
「何呆けてるの、」
私が気配のした方を見るより先に、声を掛けられた。
思い当たる人物は一人しか居ない。……だが、それでも、私は反応することが出来なかった。
――あまりにも、その声が、気配が、柔らかかったから。
「……………………」
「頭大丈夫?」
「なっ……」
一瞬カチンと来て、思わず顔を向けた。向けた直ぐに、後悔した。
(……これは、誰)
「あぁ耳は聞こえてるみたいだね、でも先刻から何ぼさっとしてるのさ?ここが戦場なら死んでるよ」
「…………恭、弥?」
「なに」
(こんな人は知らない)
雲雀恭弥。
一匹狼で群れるのも群れられるのも大嫌い。他人なんてお構いなしの自己中の塊のような人間。
それが……どうしてこんな風に、笑うの。
十年経って丸くなったとか、そりゃそうかもしれないけど。
どうしてそんなに、柔らかく笑うようになったの。どうしてそんなに、柔らかい瞳で、見るの。
・……どうして。
(だって、そんな恭弥は知らない)
余りの違いに、その理解できない苦しさに、私はランボが逃げ出したことにも気付かなかった。
「…恭弥」
「だからなに」
「なんで、」
「何が?」
本当に、何故だかわからない。目の前に居るのは私の幼馴染である『雲雀恭弥』のはずだ。
十年後の姿、変わったのはそれだけなのに今相対していると物凄く居心地が悪くなる。
返される言葉ひとつひとつに噛み付いてしまいたくなる。向けられる視線に思わず消えてくれと言いたくなる。
八つ当たりも邪魔されたしもう何がなんだか、全く本当に理解できなかった。
――――だから。
「恭弥…」
「だからなにって」
「『咬み殺す』、わ」
「!」
恭弥にストレス発散相手になって貰うことに、した。十年前、そうであったように。
(ランボ逃がしたのはほとんど恭弥の所為だし、ね!)