それは褒められた生き方ではないかもしれないけれど。
私は私であることを―――誇りに、思う。
斯くして 嘘吐きな恋人達は
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を根拠に。」
それ“も”、とボスは言った。結局私が吐いた言い訳など端から信じてはいないのだろう。
即座に反発しようと口を開いたものの、・・・・その指摘が正しすぎて、私は無様にもそんな言葉を零してしまった。
まるで犯人が探偵に追い詰められた時に使うような台詞だなと、頭の隅で思う。ああ、失敗した。
「だってが転んだとか、普通有り得ないし。おまけに生垣って」
「何言ってるんですか。世の中には絶対なんてありま」
「―――あの、ツナさん」
「え?」
それでも何とか言い繕おうとした私の耳に届いたのは、本日二度目の、低く抑えた彼女の声。
顔を見なくても充分に怒りが感じ取れるその声に、私は再び声を封じられた。まさか・・・まだ怒ってるのか?
その常にはないハルの様子に、ボスや幹部達も微妙な顔で黙り込む。一度見ている私でさえもまだ怖かった。
でもって何を言うのかと思えば――――
「さんが転んだのは本当ですよ。あ、生垣には突っ込んでませんけど」
「・・・・ってちょっと、ハル!なに、」
「直ぐ近くが階段でもう、心臓が止まるかと思いました!」
ハルに集中していた視線が、今度は私に突き刺さる。・・・・彼女が言っているのは悲しいことに事実だった。
調度品を壊しまくり、暴れた私は興奮も相まって全身に血が回って。多分目的を果たせたことで安心したのだろう。
―――元・商談相手のファミリー本部から一歩出た瞬間、私はその場に倒れこんだのである。
酷い眩暈だった。おまけに頭痛もついてきた。意識こそ失いはしなかったが、立ち上がるのに数分を要した。
「わ、私だって転ぶ時くらいあるわよ」
「・・・・嘘。ホントに転んでたんだ・・・・」
「、もう老眼?ああ、もしくは若年性更年期障害とか」
「やっかましい!」
恭弥からの突っ込みを反射的に振り払うも、仲間からは生暖かい同情の目が降り注いだ。
否定したいが、そうする為には本当の事を話さなければならず、ただ拳を握り締めて耐えるしか出来ない。
そんな私に追い討ちを掛けるように―――上司の、容赦のない説教が続く。
「もう少し自分の身体を大切にして下さいって何度も言ってるじゃないですか」
「充分大切にしてるって。私だって好き好んで転んだわけじゃないし」
「ならその怪我は何ですか。・・・・それ、本当に必要だったとはどうしても思えません」
いや、説教なら後でいくらでも受けよう。私の望みを理解して、その実現の為に奔走してくれたのだから。
・・・・・・しかし私も逆に聞きたい。何故、今、ボス達の目の前で、こんな話をする必要があるのかを。
「なっ――・・・・でもあの時、ハル黙って見てたでしょう!」
「止めても無駄だって分かってたからですよ!主任の私が取り乱したら付け込まれますし!」
「相手に暴力を振るえない以上あれが最も効果的だったって!現に直ぐ折れたじゃないの!!」
「そこまで怪我する必要はなかったと思います!!」
言い合う内に私達はどんどんヒートアップしていった。周りで呆然と見守る仲間達を放置して。
お互い恋人には知られたくなかった筈なのに―――既にそんな思考はどこかへ行ってしまった。
「脅すだけなら最初の壷で止めれば良かったじゃないですか!何で止めなかったんですか!」
「止めなかったんじゃなくて止まらなかっただけ!結局はそれが功を奏したでしょうが!」
「あのですね!さんは違うでしょうけど、私はあの人達のああいうやり方が世界で一番大っ嫌いなんです!!」
「、誰も好きだとは言ってな――――っ、?!」
その瞬間。・・・・一発の銃声が、五月蝿いだけの支離滅裂な言い合いを止めた。
リボーンだった。
「おい。事情は知らねぇが、いい加減にしとけ」
「二人共、どうしたんだ?け、喧嘩は止めとけよ・・・?」
私とハルは顔を見合わせたまま硬直する。此処が執務室だということも、分かっていたのにどうでもよかった。
仲間たちの前で、噴出してしまった不満。私は彼女の、そして何よりも自分のそれを無理矢理押さえつけていた。
本来なら、相手を完膚なきまでに潰す事で―――発散出来ただろう。それでも私達はその道を選ばなかった。
弱みを握ることで、彼らを情報部の支配下に置いた。その関係は誰も知らない。だからこそ、価値がある。
「はひ、す、すみません私・・・・取り乱しちゃって」
「は・・・はは、びっくりしたよ。いきなり二人共叫び出しちゃうし・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
己の心の平穏よりも新たな力を得ることを選んだ。そうやって力を蓄えていかなければ、この世界で生き抜けないから。
後悔はしてない。でも、全てを抱え込んで無かったことにするには少し、・・・・・弱くて。
気まずい空気の中、勢いを殺がれた私達はお互いから目を逸らして黙り込んだ。
―――そこに当然のように降る、声は。
「・・・・・・」
「何よ」
「壷ってなんのこと」
こういう時の幼馴染の獣じみた勘は、恐ろしい。勢いが凄まじく誰もが聞き逃しただろう一言に喰い付いて来る。
そして私は、彼の言葉に応えようと口を開いたハルを止める気力を、もう持ち合わせていなかった。
「・・・今日、さんが壊したんですよ。素手で」
「えっじゃあもしかしてその怪我って・・・・」
「お前、やっぱり暴れたんじゃねーか!」
(隼人と会ったときにはまだ、だったけど?それに壷だけじゃないし)
反論するのも億劫で、私は心の中でそう思うに留める。にも拘らず隼人はまた喚き出すし、五月蝿い。
大声を上げてまた薬が回ってきたのだろうか、何もかもがもうどうでも良くなってくるから不思議だ。
そう、だから―――だと思いたい。怒れる忠犬に油を注ぐような真似をしてしまったのは。
「聞いてんのか!?つか、何でんなことしたんだよ!」
「・・・・そこに壷があったから?」
言った途端、部屋は一瞬にして地獄のような静寂に包まれた。そこで冗談だと訂正すればまだ良かった。
しかし、思考の止まった頭は周囲の状況を慮ることなく―――ただ惰性で言葉を続ける。
「で、そのまま止まらなくなっちゃって。椅子とか食器とか他にも結構色々壊し・・・た・・・」
間。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうかよ」
ぼそりと、無感動な声がして。しまったと我に返ったときには時既に遅し。覆水盆に返らず。
『物を大事にしろ』と日々散々怒鳴り続けている彼は。
腹の奥底から、鼓膜が破れそうな声量で、あらん限りの力を振り絞り――――絶叫した。
「・・・・お前は、この先一年、・・・・っ給料カットだ―――――!!!」
隼人の台詞は、多分そこまで本気ではなかったのだろう。その後も暴れた理由を何度も聞き出そうとしてきた。
彼だけではない。ボスも、・・・はたまた恭弥も、事の真相を知りたがった。そもそも何処で暴れたかさえも言わなかったし。
それでも私達が貝の様に沈黙を守った為、引き際を見失ったらしい。―――結局きっちり一年間、給料を半分にカットされた。
以前宣告された三ヶ月を含めて貰えた分、まだマシかもしれないが。
私はそのペナルティを甘んじて受けた。本当の事を言って皆が怒り、報復することが赦せなかった。
他人から見れば守る価値の無い下らないプライドかもしれないけれど。それでも私は嫌だった。
それに私達が彼らを潰さなかった理由は、前の契約があっただけじゃない。“これから”も利用できると思ったからだ。
潰して使い物にならなくするのは簡単だし、溜飲が下がるが、・・・・・そんなことはいつでも出来る。
“ボンゴレという巨大な組織では気付けない何かを、彼らなら知ることが出来るかもしれない” と――そう、思ったから。
私は、何か嫌な予感がしていた。
これは、ボンゴレ史上最悪と謳われたイタリア全土をも巻き込むマフィア大抗争が始まる、少し前のお話。