今更傷つく事など厭わない。泥を被っても構わない。
自分の持てる全てを使って―――自分らしく、生きる為に。
斯くして 嘘吐きな恋人達は
キャバッローネファミリー。そのボスを務めているのは、ディーノ。
私達情報部がハッキングして見つけた今回の商談候補の中に、その名前はあった。
「なに―――!?」
「っちょ、・・・それマジか?」
真っ先に声を上げたのは隼人だった。それから数人分、各々驚きの声が続く。
・・・・意外だ。こんな風に幹部を集めているから、ボスが全て説明したのだと思っていたのに。
それともそうする事で、私達の逃げ道を塞ごうとでも?一斉に追及されたら、確かに誤魔化すのは難しい。
「お、・・・お前ら何で跳ね馬なんかと、」
「えっと、残った候補の中じゃディーノさんが一番話し易かったんです」
「そういう意味じゃねぇっ!―――ってそこ、笑うな!」
ぎゃんぎゃん喚く隼人の反応が予想通りで思わず口元が緩む。あんまり叫ぶとまた声枯れるって。
目敏いボスの右腕に怒られ、包帯を巻かれた手で口元を隠しつつ。私はそっと部屋を見渡した。
ハルが四つの選択肢の中から彼を選んだ理由はふたつあった。
ひとつ、時間が余りにも少なかったこと。ふたつ、『Xi』が向こうとの取引に、確実に使える情報を持っていたこと。
キャバッローネなら突然の申し出にも多少融通が利き、そして相手にも充分なメリットを与えることが出来る。
事実、旅行先にて連絡を受けたディーノは二つ返事で了承してくれた。・・・・・寧ろ感謝されたくらいである。
「彼ではご不満ですか、ボス?」
「・・・・・・・・・。俺が知りたいのは、何で商談相手を変えたのかってことなんだけどね」
「ああ、ぶっちゃけ気に入りませんでした」
「いやそれぶっちゃけ過ぎだから!そうじゃないかとは思ってたけど!」
しれっと零した言葉。直球ストレートなそれに、一見悠然と構えていたボスが素に戻った。
だが結局一言で言えばそれに尽きるのだ。相手の思考が、態度が、行動が、気に入らなかった。ただそれだけ。
そしてそれが、独り善がりな感傷だと分かっているから――――極力ボンゴレへの負担を減らしただけのこと。
「大丈夫ですよ。ちゃんと向こうには謝罪をして、納得して頂きましたから」
「だから・・・そういう問題じゃ、なくてさ」
「前の契約はちゃんと履行するって確約して貰いましたし。影響はありません」
迷惑極まりない純然たる破壊行為を以って、相手ファミリーに己の非を無理矢理認めさせた後。
私達は、以前の契約を必ず履行するよう迫った。こちらが優位に立っている内に畳み掛けるのが一番だった。
比較的小さな商談とはいえこの件でごねられでもすれば、それはそれでファミリーに迷惑が掛かるから。
「。お前、また脅したのか」
「ちょっとリボーン。私が常に暴れてるみたいな言い方止めて貰える?恭弥じゃあるまいし」
「へぇ、君がそれを言うわけ?」
「・・・・・・・・・。まあ恭弥よりは、マシだと自負してるわよ」
「ふぅん・・・・?」
つい先刻まで散々破壊行為に及んでいた私の言葉は、驚く程見事に説得力がなかった。
呆れたように溜息を吐くリボーンの視線から目を逸らしつつ。意味あり気に笑う幼馴染には睨みをきかせて。
それでも、何かやらかしたな・・・・・という空気は執務室全体に広がり、多分否定しても聞く人間はいないだろう。
強ち間違ってはいないので否定するつもりはなかったが。―――長年の付き合いとは厄介なものである。
「っ、ああもういいじゃないですか!当初の目的は果たせたんですから」
「うん。そうだね」
「・・・・・・・・・・・・・ボス?」
私がやけくそで放った言葉に、ボスとしての顔に戻ったボンゴレ十代目沢田綱吉はあっさりと頷いた。
そのあっさり加減に意表を突かれる。や、なんかその綺麗な笑顔が恐ろしく怖いんですけど。
「相手がディーノさんなら、安心だよ。寧ろコストの事さえなければ第一候補だったんだ」
「はあ。それは・・・・・どうも?」
「二人がどうやって残り候補の情報を得たのかは―――まあこの際脇に置いておくとして。ね、ハル?」
「は、はひ・・・・っ」
「・・・・・・・・・・お前ら、またかよ・・・・」
情報部に“彼”が居る以上、他の部門に対してのハッキングも既に日常茶飯事と化していた。
天才故に証拠を残すようなヘマはしない為、たとえ気付かれたとしても表立って責められることはない。
またかつて、その行為のお陰で不正を見つけたという実績もあり、黙認されているというのが現状だ。
「商談自体は成立してるし、こちらに不利益はないし。一万歩譲ってこの件は良しとしよう」
「一万歩も譲らないと駄目なんですか」
「まあまあ。・・・・それでね、最後にひとつ、質問いいかな」
「・・・・・・・・・・・・・。百万歩譲ってお受けしますよ」
向かい合う私達の間で火花が散ったような錯覚を覚える。今まで何度もこうして相対してきたが、いつも気が抜けない。
ハルや恭弥を始めとする幹部たちの存在を完全に無視したまま、暫く無言の応酬が続く。
そして―――数分の後、漸く口を開いた彼の放った第一撃は、質問などという可愛らしいものではなかった。
「南支部の緊急事態、―――それって嘘だよね?」
確認、と言うべきか。断定と言うべきか。ボス自身、既に確信しているのがありありと分かる。
部屋の空気が一瞬で変わった。今まではまだどこか戯けた雰囲気も残っていたのに、もう消えていた。
ボスだけではなく幹部も加わったその圧力は確かに嫌なものだったけれど。・・・・・・・受けて立つと言ったのは、私。
「いいえ、嘘じゃありません。情報交換システムがダウンして―――ああ、記録にも残ってますが」
「ん・・・・・突発的な割には、随分用意周到だね」
「それどういう意味ですか?」
「が一番良く分かってると思うけど?」
うわ、むかつく。非常にむかつく。何もかも見透かしている風に笑うボスが憎らしい。
そう、あの時、私は南支部に勤務している部下に連絡してシステムを“ダウンさせた”。
記録にはただシステムが稼動していなかった期間だけが残る為、原因等はいくらでも捏造できる。
―――こうやってボスや恭弥に追及された時、証拠として言い訳に使えるように。
「ボス。もしかしなくても私に喧嘩売ってます?取り敢えず一発殴っても良いですか」
「はは、まさか。それに怪我してるのに殴るとか止めた方が良いって。・・・・あ、そうそう」
「・・・・・今度は何ですか」
途轍もなく嫌な予感がしたが、促さずにはいられなかった。
というか、何を言われるかは充分予想できていた。そこに突っ込まないほうが可笑しいのだから。
「生垣に突っ込んだとかいうの、それも嘘だよね?」