男だとか、女だとか。多分そういう事は関係なくて。
私達はただ―――守りたいものを守れれば、それで良かった。
自分の、力で。
斯くして 嘘吐きな恋人達は
以前ハルがそうしたように、最後は豪勢な椅子を放り投げて壁に叩きつけた。
大きく綺麗な飾り皿が巻き込まれ、辺りに嫌な音を響かせる。・・・・・その後はただ、静寂が広がるだけ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暴れている間中、誰も私を止めなかった。ハルは私のする事を黙って見ていたし、部下は言うまでもない。
最初こそ相手側も静止をかけてきたものの、無言で物を壊し続ける様に畏れを抱いたのか結局動きはしなかった。
部屋は酷い状態だった。怪我人こそ出てはいないが、そこら中に残骸が転がっている。
これらの調度品を生産した人には悪いと思いながらも、自分の意思で私は手を止めなかった。
武器は使わず、素手で、時には調度品そのものを振り回したりして破壊行為を続けた。
―――その部屋の大きすぎてどうしても手が出せないもの以外、全ての備品が壊れるまで。
勿論手の怪我はますます酷くなり、辺りの床に血を撒き散らしていたが表情には出さない。
そうすることで、相手への圧力が更に強まることを知っていたから。
「もう一度聞きます。私達が何の話をしに来たのか――――ご存知、ですよね?」
私が動きを止めたのを見て、ハルが再び口を開いた。その意味は明白だった。
もしこれ以上無意味な問答を続けるのなら、今度は調度品だけじゃ済みませんよ?という。
天下のボンゴレ、その中枢の情報部を敵に回して、どうなるものか。理解出来ないほど愚かではないだろう。
「――――――っ!」
彼らが青褪めた顔で頷き、項垂れるのにそう時間は掛からなかった――――
やられた。そう思った。
書類の最後、締めくくりに書かれたサイン。達筆なそれは、酷く見覚えのあるものだった。
「・・・・よりによって、このファミリーとか・・・・」
確かに候補にその名はあった。しかし条件の中にコストの問題があり、断念したはずの相手。
書面によればそのコストさえも引き下げられ、当初の目標は充分に達していると言ってもいい。
長年の付き合いとはいえビジネスに関すること。到底無理だと思っていたのだが――――甘かった。
(そういえばあの人、麻薬の流通に関するデータ欲しがってたっけ・・・)
マフィアとは関係のない世界での人脈が広いは、自分達が手に入れにくい情報を持っている。
「あの、十代目?まさか問題でも」
「隼人。悪いけど、至急その南支部に連絡を取ってくれるかな」
「・・・・?は、はい!」
奇声を上げたまま契約書に釘付けになった自分に、三人分の怪訝そうな視線が集中する。
しかし充分に説明する術を持っていないので、逃げるように姿を消した彼女達へと連絡を取りたかった。
「が―――何か、やらかしたのか」
「・・・・・リボーン。笑い事じゃないよ」
面白そうに瞳を煌かせて、黒い帽子を被った青年が呟く。この状況を楽しんでいるのは明らかだ。
綱吉は密かに溜息を吐き・・・・・もう一度、その見慣れすぎてしまったサインに目を落とした。
契約は、確かに成立した。こちらが出した条件も、ひとつも漏らさず満たされている。
だから―――はっきり言って、彼女を責める要素が見つからない。こちらとしては要求が通ればよかったから。
ただひとつ、問題があるとすれば。
(二人がどうしてそういう行動に走ったか、・・・・なんだよなぁ)
失敗なら失敗で、良かったんだ。誤魔化さずに理由を話してくれれば、対処は出来たかもしれない。
あの日、恭弥の言う通り酷い嫌味を言われたのなら・・・・・こちらで如何様にでも釘を刺せる。
また他の理由だったとしても―――大切な仲間だからこそ、力になりたいのに。
「十代目!南支部に繋ぎましたが、トラブルで手が放せないそうです」
「え、・・・・そんな状況なの?」
「緊急事態だからって直接飛んでったくらいだもんな。つーか、どうしたんだ?不備か?」
「いやその・・・契約内容自体は完璧なんだけどさ・・・」
てっきり情報部南支部のトラブルは追及を逃れる為の嘘だと思っていたのだが、違ったらしい。
いくら彼女でもまさか部下に嘘を吐かせるわけ――――ない、・・・・・のか?
ふと浮かんだその考えに、何故か信憑性があるような気がして綱吉は苦笑した。
(まさか、・・・・・ね)
仕方がないので解決後は直ぐ執務室に来るよう伝言を頼み、商談の話は一旦打ち切った。
綱吉に話す気がないことを知った三人は、微妙な顔をしながらも何も言わなかった。
二人が帰ってきてから詳しい話を聞かせて貰おう。覚悟は―――出来ているようだから。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お帰り、二人共」
「これはどうも、豪勢なお出迎えですね。心配してくれたんですか?」
私達が執務室に入ったとき、思わず回れ右して逃げたくなったのは言うまでもないだろう。
現在イタリアに居る幹部が勢揃いしてこちらを見ていた。わざわざ集めたとでも言いそうな雰囲気である。
呑気に各々紅茶やコーヒーなどを楽しみつつ、しかしその眼光は誰も鋭い。
その硬い空気に一瞬沈黙が訪れたものの、にこやかにボスが喋りだし、私はそれに乗った。
「それで南支部の方は―――って、その両手」
「ああ、これですか?ちょっと滑って転んだんですよ。受身を取り損ねて」
「・・・・・血が出てるみたいだけど」
「生垣に突っ込みました。思いっ切り」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
私の両手には白い包帯が幾重にも巻かれている。少し太めの血管を傷付けたらしく、血を拭うのが大変で。
医者が居なかったので応急処置なのだが、所々赤いものが滲んでいる。
今では怪我をすることすら少ない――頑張って修行した成果だが――ので、珍しいことではあった。
「それより契約書、確認して頂けました?」
「・・・・・・・ハル。何か俺に報告すること、ない?」
「はひ!あの、報告が遅れたのは本当に申し訳ないです」
勿論わざとだろう。彼の聞きたい事が分かっていながら、彼女はずれた答えを返した。
しかし流石は十代目ボスである。そんな小手先の誤魔化しに騙されるような男ではなかった。
「わかった。・・・・・質問を変えよう」
低い声、だが特に怒っているという様子はない。その瞳には困惑の色が浮かんでいた。
「どうして契約相手が、―――――キャバッローネなのかな?」
その瞬間、幹部の幾人かは喉を詰まらせて咳き込んだ。