後々問題に出来るようなことは、なるべく起こさないように。

 

相手を傷付けるような真似はしないと、誓った――――けれど、も。

 

 

 

斯くして 嘘吐きな恋人達は

 

 

 

窮屈な思いをさせてしまった料理人他スタッフには、情報部からの特別手当を約束して。

元々長時間効くものではなかったのだろう、昏倒していた連中は何度か水を掛けると目を覚ました。

 

・・・・とはいえ、私と同じ様に痺れは取れないらしく、自力で歩くことも難しいようだった。

 

 

 

「ああ、そっちに運んで。そのまま転がしといていいから」

「分かりました」

 

 

 

情報部から派遣されてきたのは、部署の中でも選りすぐりの強面男達である。腕の方もそれなりに立つ。

向こうに対しての軽い脅しになればいいと思ったのだ。連中を運ぶという力仕事も任せたかったし。

 

 

(今回は全員に臨時ボーナス出さなきゃ、ね)

 

 

ハルは既に裏口に止めてあるトラックに乗り込み、本部にあれこれと指示を出しているようだった。

彼女の邪魔にならないように注意を払って、私達は連中をトラックの中へと積み込んでいく。

時折辛そうに呻く元商談相手。上からの命令だったのだろうが――――自業自得と言わざるを得ないだろう。

 

隼人達は既にボンゴレへと向かっている。・・・・ボスが気付くその前に、向こうへ乗り込まなければ。

 

 

 

情報部部下四名。まだ焦点が定まらない無様な黒服四名。そしてハルと私。

 

 

合わせて十名を乗せたトラックは、夕闇に紛れつつ、目的地へと向かって静かに動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は酷く上機嫌な自分を自覚していた。気を抜くと口元が緩んでくる。

 

目の前にはそこそこ立派な建物。ボンゴレとの商談を立ち上げるだけあって、規模は大きい。

 

 

 

「着きましたね。これからどうしますか?」

「そうね。取り敢えずこの人達に案内して貰いましょうか、ボスの所まで」

「・・・・・・・・・・随分楽しそうですね、さん」

「あら、そう?」

 

 

 

四人の若い男に支えられた四人のおっさん。薬を飲まされた事がそんなにショックだったのか、全く反抗はない。

私の“案内してくださいますか?”との問いに何度も何度も頷き、率先して歩き始めてくれた。

 

最も―――やはり体が上手く動かないようで、その都度支えなければならなかったが。

 

 

(あんな状態になってたら、・・・・私でもやばいって)

 

 

何をされたとしても彼らの言いなりになる事だけは絶対に無いと言い切れる。しかし、傷は残るだろう。

 

まして、ハル相手では本当に洒落にならない。その行為が如何に危険なことか、じっくり分からせてやる必要がある。

 

 

 

そんな事を思いながら、歩くこと数分。―――漸く、私達は今回戦うべき相手と、対面した。

 

 

 

此処のファミリーの、ボス専用執務室。内装はやはり豪華で、ごちゃごちゃと調度品で飾られている。

 

私は始終笑顔で、部屋中央でふんぞり返る男を見やる。・・・・随分と余裕があるようだった。

 

 

 

「これはこれは・・・ボンゴレ情報部の方、ですか。遠い所をわざわざ・・・・」

「私達が何をしに来たのか、既にご存知ですよね」

 

 

 

代表としてハルが口を開く。その表情はとても厳しい。笑い事では済まさないという気迫が感じられる。

 

 

 

「ああ、以前の・・・・うちの部下が大変失礼な事を致しました。お詫びのしようもございません」

「その件に関しては既に話がついた筈でしょう!そうじゃなくて、」

「おや、まさかとは思いますが、今日も何か?」

 

 

 

白々しいことこの上なかった。のらりくらりとかわして結局無かったことにでもするつもりか。

 

その目に、私は無性に腹が立った。表面は取り繕っているがその侮蔑の色だけは隠せない。

 

 

 

「そちらがいつまでもそういう態度でしたら、こちらにも考えがありますよ」

「は、はは、いや、我々としては出来るだけ穏便に―――っ、!」

 

 

 

その瞬間、突如響いた大きな音が、ボスの言葉を止めた。・・・・・全員の視線が私に集中するのが分かる。

 

私が、遠慮も何も無い右ストレートで、執務室に飾ってある大きな壷を一撃で叩き割ったからである。

砕け散る破片が手の甲を傷付けていくのも、血が流れ出るのも分かっていた。

 

 

 

でもあえて、素手で殴った。それこそが視覚的圧力になると思ったから。

 

 

 

「―――ご自分の立場、分かっておられますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出張から帰ってきたリボーンの報告を聞き終え、二人で紅茶を飲んでいた、その時だった。

 

 

 

「十代目、只今帰りました」

「よ、ツナ。変わりないか?」

 

 

 

軽いノックと共に執務室に入ってきたのは、隼人と武。手には大きな封筒を持っている。

ただその傍に居るはずの人間が居ないことに気付いて、綱吉は思わず疑問の声を上げた。

 

 

 

「おかえり・・・って、ハルとは?」

「情報部の南支部で問題があったとか何かで、そっちに行ったぜ」

 

 

 

その瞬間、何となく微妙な感じを覚えたのだが――――続く隼人の言葉に掻き消される。

 

 

 

「これ、あいつから預かってます。今回の契約書です」

「え・・・、暴れなかったんだ?」

「だよな、驚くだろ?一切手出してないとかマジ言い切ってたな」

「二度も失敗するほど、馬鹿じゃねぇって事だろうが」

 

 

 

が聞いたら怒るだろうが、綱吉は、この商談が失敗するだろうと思っていた。

彼女が仕事中に怒るのは余程の事がなければ有り得ない。それなりの理由があるに違いなかった。

 

だから今回も――そうなったとしても、仕方がないと思っていた。多少の損害は受け入れようと思った。

 

、ハルの双方が相手に悪感情を抱いていると分かっていながら・・・・・それでも行かせたのだから。

 

 

もしかして自分は彼女をまた甘く見すぎていたのだろうか?これは全く以って予想外の展開だった。

 

 

 

「・・・・・・わ、本当に契約書だ」

 

 

 

隼人から受け取った封筒を開け、中身を確認する。商談相手と交わした内容が詳しく記されている――――

 

 

あの日。・・・・二人が、隼人に反省文を提出した日。

綱吉はビアンキに彼女達の様子を探ってくれるよう頼んでいた。多分いつもの店に行くだろうから、と。

 

 

(結局怒っていた理由を知ることは出来なかった。でも)

 

 

悩んでいるらしいことは教えて貰えた。そしてそれは、本人達にしか解決できないだろうことも。

何の力にもなれないことに歯痒さを覚えたものの、やはりそれは杞憂だったということか。

 

 

 

「こっちの要求も全部通してるし・・・・」

 

 

 

なんて、強い。度肝を抜かれることは多々あったが、今は敗北感にも寂寥感にも似た思いを感じている。

心配してひとりこそこそ動いている自分が、酷くちっぽけに思えてきて。

 

 

 

「・・・・・・・・・・?」

 

 

 

ふ、と。何か違和感を覚えて、綱吉は読み終えた資料の最後のページに目を落とす。

 

 

(何だ?今、何か・・・・)

 

 

最後の一枚。の、最後。ボンゴレファミリー情報部主任とその部下の名前があって。次。下に書いてある、のは。

 

 

 

「―――――ん、なっ?!」

 

 

 

その正体に気付いた時、綱吉は周囲の状況も考えずに大声を上げた。

 

 

 

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