ボンゴレファミリー情報部。

 

それは、最弱にして最凶の――――

 

 

 

斯くして 嘘吐きな恋人達は

 

 

 

隼人達は一応『商談が纏まらない』という話を信じたのか、それきり連絡を寄越すことはなかった。

一回の連絡で信じたことに些か驚きを覚えつつ、通信機を再びポケットへと仕舞った。

 

部屋の隅でハルが何処かに電話を掛け捲る声を聞きながら・・・・・・私はまた、目を閉じる。

 

 

(残るは、どう二人を突破するか、なのよね)

 

 

取引がもし成立したとして。相手を直ぐ呼びつけられない以上、書類等はFAXなどでやり取りしなければならない。

その際契約に大事な向こう側のサインは複製ということになり、後日改めて正式な契約書を交わすことになる。

 

第一契約相手の名前が違うのだ。これがボスの処へ届く頃には―――全てが露見してしまう。

 

 

 

ここで最も大事なのは、この頭の足りない商談相手のファミリーへのフォローである。

言い換えれば、圧力。以前何とか成立させた商談を破棄されないためにも、釘を刺しておく必要があるのだ。

 

とはいえ、それを何も知らない隼人達が赦すとは思えない。かといって事情を説明するには早すぎる。

 

 

流石に薬物を使われたとあっては―――彼らでさえも怒り、直接乗り込まれかねないから。

 

それは困る。非常に困る。

 

 

 

「アレは私達の、・・・・情報部の、敵なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルはその磨かれた有能さを余すところなく発揮し、全てを隼人の連絡から一時間以内に終わらせた。

 

私が手伝う隙もなかった。・・・まあ、体が少し重くて動く気になれなかったのも理由のひとつだが。

 

 

 

「商談成立ですよ、さん!」

「・・・・・・・・早いってば」

「はい、頑張っちゃいました。ああそれと、『Xi』の情報は明日でいいそうです」

「えぇ?随分太っ腹な・・・・・よくそんな条件で了承したわね」

 

「それだけ『Xi』の情報を評価してるってことですよ。喜んでください」

 

「・・・・・・・・・・・・。」

 

 

 

私の持つ情報という力が事態を乗り切る助けになったなら、確かに喜ばしいことではある。

ハルのことだ、そうそうボンゴレに不利になるような情報を取引に使ったりはしないだろうから、その点は安心だ。

 

FAXでやり取りされ作り上げた仮契約書を彼女は大事そうに纏め、封筒に入れてしっかりと糊付けを―――

 

 

一方、結局何もしなかった私は、この先どうするかについて急速に思考を巡らせていた。

 

 

兎に角二人には、この書類を持ってボンゴレへと戻って貰う。ボスに渡す為に。

出来れば私はそのまま別れ、昏睡したままの男共を所属ファミリーへと送り届けたい。

 

 

(でもどうすれば・・・?ハルを一緒に帰して、体調不良を理由にして一人残るか・・・・)

 

 

証拠隠滅、とばかりに紅茶のカップを片付けながらそんな事を考えていると。

 

 

 

「一人で乗り込む、なんて思ってるなら今すぐ恭弥さんにチクりますよ」

「はっ?!」

「チクります。ええもう、最初から最後まで全部」

 

 

 

私達は、もう十年近くも共に居る。お互いがお互いの思考を読み取るなど造作もないことだった。

 

にっこりと嫌味なほど朗らかな笑顔を返されて、私は二の句が継げなくなる。見事に図星だったからだ。

 

 

 

「私言いましたよね?これは情報部の体面の問題でもあるって。主任が出て行かなくてどうしますか!

そうでなくてもさん、変な薬飲んでますし。・・・・手、まだ痺れが取れてないでしょう」

 

「でも・・・・それじゃあの二人が、」

「・・・・・うっ。・・・と、とにかく!さんが一人で行くことだけは赦しません。絶対にです!」

 

 

 

確かに、手足の軽い痺れが完全に取れたとは言えない。まして活動する事で血が巡り、悪化する可能性すらある。

しかし今回は絶対に誰かの――いや、男の――力を借りたくなかった。これはもう意地である。

 

プライドの問題なのだ。何かないだろうか、二人を騙くらかして別行動にする理由・・・・・

 

 

 

「・・・・・・・・・あ。」

さん?」

 

「ねえハル。情報部に応援頼めない?ちょっと腕が立つの数人でいいから」

「はひ?・・・・えっと、出来ると思いますよ。今日のスケジュールはそこまできつくは」

 

 

 

「じゃあ主任命令で、至急お願い――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は勢い良く高級料理店の扉を開け、小走りで隼人達の車へ近づいた。いかにも急いだ風を装って。

 

その剣幕に押されたのか、驚いた様子で彼らは車から出てくる。

 

 

 

「おい、どうした!・・・・また暴れたのか!」

「失礼な。どうして直ぐそっちの方向へもって行こうとするわけ?」

「―――っテメェの胸に聞いてみろ!」

 

 

 

口を開けば直ぐ怒鳴る。怒鳴らせているのは私だと、充分自覚してはいたが。

 

 

 

「隼人落ち着けって。で、。・・・・・・・・やっぱり暴れたのか?」

「だ・か・ら・違うってば。今日は一度も手出してないし。足も出してない。・・・・ナイフも」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 

非常に腹立たしいことだが、彼らは意表を突かれた顔で黙り込む。私はその間抜けた面に封筒を押し付ける。

 

拳銃だけはちょっと使ったとは言わず、そのまま畳み掛けるように言葉を続けた。

 

 

 

「商談は成立したわ。これ、契約書ね。悪いんだけど、二人からボスに渡してくれる?」

「・・・・・どういうことだ?お前、帰るんじゃないのか」

「それがそうもいかなくなったのよ」

 

 

 

微かに焦りの滲む声音を作り。急いでいるのだということをさり気なく匂わせて。

 

 

 

私達のような組織勤めの人間が、ある程度立場のある人間が、どうしても優先しなければならないこと。

 

『――Emergenza――』

 

そう、それが“緊急事態”。既に結果が明らかなボスへの報告など後回しにしなければならない状況を言う。

特に情報部という特殊な部署は、危機管理に関してはセキュリティ部門を抜いてトップの座を占めている。

 

他の所とは、扱っているモノが違うのだ。私達は何かあれば、全てを置いて駆けつけなければならない。

 

 

――――だから私は、ボンゴレ情報部の支部に緊急事態が発生したと嘘を吐いたのだ。

 

 

 

「それマジか!?・・・じゃあハルも」

「もう裏に情報部の迎えが来てる。彼女は先に裏口から出て、話を聞いてる筈よ」

「分かった。ならこれをツナに渡しとけばいいんだな」

「頼むわ。・・・・中身は“ボスに”確認して貰ってね。何かあればまた連絡してくれればいいから」

 

 

 

そう言い残して、踵を返す。頑張れよ、という掛け声に、ほんの少しの罪悪感を覚えながら。

 

 

 

 

 

まあ、全くの嘘、ではない。一番偉い主任が『連中が情報部に喧嘩を売った』とみなしたのだ。

事実を誇張してしまうと、殺されかけたというのは考えようによって“緊急事態”と思えなくもないし。

 

 

私達はそれについていけばいいだけ。何としても、彼らのその腐った脳みそを入れ替えて貰わなければ。

 

 

 

「情報部を敵に回したこと。―――後悔させてあげる」

 

 

 

殺しはしない。傷つけたりもしない。・・・・多分。

 

 

それでも―――それなりの報復は、受けて貰うから。

 

 

 

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