私達は、何の為に上を目指したのか。
―――何を、求めて。
斯くして 嘘吐きな恋人達は
当の昔に覚悟を決めていたらしいハルの行動は早かった。
私の承諾を取り付けるや否や、携帯を取り出し真っ先に情報部へと連絡。応援を要請した。
そしていつも持ち歩いている小型ノートパソコンを広げ、今、部屋の片隅で何かを始めている。
「あ、少しで良いんです。特別手当は出しますので―――すみません」
一方私は、ハルと商談相手を残したまま調理場へと向かい、そう告げた。
この店の料理人他スタッフに声を掛け、ボンゴレからの勅令として、とある一室に入って貰ったのだ。
―――『私から出ても良いという許可が出るまで、決して部屋から出ないこと』―――
流石ボンゴレ本部のお墨付きなだけはある。教育が行き届いているようで、文句はひとつも出なかった。
部屋に戻ると、そこは不気味なまでの沈黙が支配していた。時折キーボードを叩く音が響くのみ。
先程まで座っていたテーブルに、2名の男達が顔面から突っ伏している。
その近くの壁には、これまた2名の男達が顔を伏せて座り込んでいる。その誰も、身動きひとつしなかった。
勿論死んではいない。おまけに殴ってもいない。蹴ってもいない。刺してもいない。
「・・・・あら。随分効くのね、この薬」
「さんがそうやって普通に歩いてるのが、どれだけ異常か分かりました」
「麻酔が効きにくいの、ハルだって知ってるでしょう?」
「それにも限度がありますよ!」
―――その代わり、私に飲ませた紅茶を一口ずつ無理矢理突っ込んだだけである。
最初は口に含むことすら拒否されたが、二人がかりで拳銃を持って脅すと後は簡単だった。
(あれじゃ、自信持つ筈だわ・・・・)
効き目は直ぐに現れた。喉が上下に動くのを確認した途端、全員が全員、体中の力が抜けて倒れ込んだのだ。
大の男が物も言わずばったばったと倒れていく様は、かなりシュールなものがあったと言っておこう。
私は手持ち無沙汰になって、商談が始まった時に座っていた位置に腰を下ろした。
はっきり言って、やることが無いのである。私の出番はもう殆どないと言ってもいい。
新たな商談相手を探すのはボンゴレ情報部の役目。その商談相手と交渉するのは、ハルの役目。
残った私はといえば、取引が成立した後、相手が望んでいる情報を提供することだけ。
(・・・・・・・・・暇、だわ)
主任に一番近い立場とはいえ、主任ではない。ハルだけが知っている情報も、ある。
どちらかと言えば私は外の担当の為、こういう場面では彼女に任せきるしかないのだ。
分担作業。適材適所。互いの足りない所を互いに補う。・・・・出逢ったばかりの頃の私達とは、雲泥の差だ。
「あ、さん!データベースにハッキング成功したそうです!」
「流石天才ハッカーだけのことはあるわね。で、幾つ挙がった?」
「全部で・・・・四つ、ですね。話し易そうなファミリーを選んでみます」
正面で昏倒している連中に反撃すると決めてから、僅か30分余り。ボンゴレ相手にそれは快挙だろう。
やはり、天下のボンゴレ情報部。選りすぐった部下達は非常に優秀だ。感心感心。
全員に臨時ボーナスを上げようかしらと思いつつ、また作業に戻ったハルを静かに見守る。
私は大分落ち着いていた。この建物の防音性が高い所為か、外の音は殆ど聞こえない。
静まり返った部屋の中、紅茶を飲むわけにもいかず、ただじっと、待つだけ。
次第に―――瞼が重くなって、きて。いけないと頭の隅で感じながらも――――眠、く・・・・・・・・
「――――――っ、ぅわ!」
ほんのり夢心地だった私は、腰に直撃した振動によって見事に叩き起こされた。
いきなり奇声を上げた私に驚いたのか、ハルの心配そうな声が耳に届く。
彼女には、心配ないと片手を挙げて応え、“それ”をポケットから取り出した。・・・携帯ではない。
ボンゴレ幹部専用の、通信機器である。今日は帰りに隼人と武が来るというので無理矢理持たされた代物だ。
通話も出来るが、主に暗号化されたメールのやり取りが目的で作られたものである。
私は小さな画面に映し出される一見意味不明な文字列に目をやり、その内容を読み取ろうとした。
「・・・・・・・・え。」
「、さん?誰からですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・隼人」
「・・・・。・・・はひ・・・」
時計を見やると、確かにあれから一時間経っていた。少し目を閉じていただけだと思ったが完全に寝ていたらしい。
文字列の意味は『到着した。一度連絡せよ』とのこと。・・・つまり、もうこの建物の外に来ているという。
ここに立て篭もると決めた時点で全ての出入り口に鍵を掛け、カーテンもあちこち閉めまくった。
外から中の様子を探ることは出来ないだろうが―――不信感を与えてしまっても困る。
「ハル。交渉はまだ掛かりそう?」
「えぇと・・・連絡がつけば多分一発だと思うんです。欲しい情報があるの知ってますから。でも・・・」
一応大掛かりな取引な為、話をまずファミリーのボスに通さなければならない。
かといって事前のアポイントがない以上、予定を知らなければ連絡をつけるのは難しい。
ハルが言うには、当たりをつけたボスは旅行に行っているらしいので、今その旅行先に繋げているのだと。
「こっちでなるべく引き伸ばすから。宜しくね」
「はい、頑張ります!」
元気一杯の上司の声を聞きながら、手始めにまず私は、メールの返事を打ち出し始めた――――
「なあ隼人。、今回は大丈夫だと思うか?」
「はっ、・・・・流石に二度はやらねぇだろ。幾らあいつでもよ」
ボンゴレが指定した高級料理店、その前に作られた駐車場に二人は車を止めていた。
先刻彼女達が居るであろう部屋を確認したのだが―――きっちりとカーテンが閉められ、中を窺うことは出来なかった。
しかし、もしが暴れていたのなら窓の一枚や二枚は割れているだろうし、そもそも雰囲気で分かる。
でなくてもあれだけ言っておいたのだから、ハルが止めるなり、こちらに連絡を取るなりするだろう。
「それに向こうも分かっただろ。あいつらにちょっかい出すとどうなるか位は」
「猛獣に手ぇ出すようなもんだしな!後ろには更に凶暴なのが付いてるしさ」
あの日、が言った戯けた理由を信じているものは一人も居なかった。
・・・というか、あれで騙せると思っているのならお笑い種である。商談の場で彼女が暴れること自体可笑しかった。
二人が帰った後に現れた恭弥がその話を聞くなり、『何か嫌味でも言われたんじゃない』と言ったのが決定打だった。
とはいえ商談を壊したことと、それは別の話である。立場上、責任は取って貰わなければならなかったのだが。
「・・・・あ?延長?」
「ん、どうした隼人。問題か?」
「商談がまだ纏まってねぇんだとよ。“呼ぶまで外で待機”・・・・ねぇ・・・」
「い、いやでも流石に二度はないんだろ?」
「―――――ふ。・・・・やったら今度は泣かす」
「・・・・・・・・・・出来るか・・・?」