永遠など信じてはいない。未来など、あるとは思えない。

 

―――それでも。

この何でもない日々が、穏やかな時間が。

 

 

出来得る限り長く………続けばいいと、思った。

 

 

        

移ろいゆくの下で

 

 

 

扉に刺さったままのと、床に落ちていたのと。私は両方拾いあげてそっと扉を閉めた。

まだ扉としての機能は多少残っているらしい。最も、部屋の中は丸見えではあるけれども。

 

 

(……これを獄寺隼人が見たら、また嘆いて喚いて怒りまくるでしょうね)

 

 

でもまあ私には関係ないし。やったの恭弥だし。全然痛くも痒くもないとそのまま寝そべった恭弥に近づいた。

 

 

 

「ちょっとお邪魔するわね、恭弥」

「……。君、うるさいよ」

「そっちも大概でしょうが。棚上げするなっての」

 

 

 

平然と破壊行為をしておいて何を言うか。私は内心そう毒づきながら、近くのテーブルにトンファーを置く。

取り敢えず、少なくとも恭弥が起き上がらなければ届かない場所へ。

 

 

 

「それで、何か用?」

「………訪問客に向かって、いい態度ね」

 

 

 

ああ、もてなすって言葉知らないんだっけ。礼儀とかわかる?

起き上がる気配、いや動く気配さえない恭弥に、ぼそりと嫌味を零してやる。しかし堪えた様子はない。

厚顔無恥にもほどがある、とそこで私は無言のまま、件の封筒を横たわる彼の顔に向かって投げつけた。

だが顔に当たる直前、あっさりと右手で受け止められてしまう。ぺしっ、と気の抜けた様な音が響く。

 

それなりに隙を突いたつもりだった私は内心舌打ちをして、事務的な口調でそもそもの用件告げた。

 

 

 

「情報部より、依頼されていた資料をお届けにあがりました」

「……あぁ、あれ」

「それと、先日お渡しした資料に修正箇所が」

 

 

 

淡々と説明している間、彼は一度たりともこちらを見なかった。……何だか面白くない。

 

私は連絡事項を伝えた後、昼食を摂りに行く気にもなれずそのままソファの背に肘をつく。

そして我関せずとばかりにまた目を閉じてしまった恭弥に話しかけた。

 

 

 

「全くもう。就業時間中に何してるんだか」

「見ればわかるでしょ。昼寝だよ」

「それをサボりと言わず何と言う。……あーあ可哀想に、部下の人達半泣きだったわよ?」

「僕には関係ない。勝手に泣けば」

「……は、上司としては最悪ね」

 

 

 

そう言うと、じろりと睨みつけられた。だが、彼の手に今トンファーはないので私はまだ余裕を持っている。

休憩時間は『適当に』延長してもいいと上司から許可を得ているので、多少遊んでも構わないだろう。

 

私はにっこりと微笑み返して、挑発の言葉を紡いだ。

 

 

 

「それはいい御身分ですこと。でも、そんなに寝てばかりじゃ……恭弥、腕鈍るわよ」

「……へぇ、誰に向かって言ってるわけ」

「サボり魔の雲雀恭弥。更に言うなら今ソファで寝てる人」

「…………」

 

 

 

びし、と指差して皮肉るように笑ってやる。すると面白い程彼の周りの空気の温度が下がっていく。

あともう一押し。そう思えば思うほど、どんどん楽しくなってくる。言葉が止まらない。

 

 

 

「現役引退すれば?大丈夫。私がちゃんと後釜に居座ってあげる」

 

 

 

ふと。その揶揄たっぷりの言葉に、恭弥は一瞬全ての動きを止めた後、ゆっくりと唇を歪め身を起こした。

私を視線だけで射殺さんばかりである。よし、起き上がらせる事は成功した。

 

 

(こんな事で喜んでる私は、まだまだ子供って事よね)

 

 

恭弥はそのままゆらりと立ち上がり、部屋に緊迫した空気が流れた。完全に意識が私に向いているのが分かる。

 

 

 

「何それ。寝言?寝てから言いなよ」

「あら恭弥こそ寝惚けて体動かないんじゃない?」

 

 

―――始まりはすぐそこに。

 

 

「試す?」

「上等!」

 

 

 

それを皮切りに、私は手始めに先程机に置いたトンファーを投げつけた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、場所は変わってボンゴレ本部最上階ボス専用の執務室。

ほんわか、ほのぼのといった、そこにはマフィアかと思うような平和な情景が広がっている。

山本が淹れてくれた日本茶を啜りつつ一服。獄寺が用意した甘味もまた、じんわりと落ち着ける深い味だ。

 

沢田綱吉はそれらに力を得つつ、目の前に積まれた書類を頬杖つきながら着々と片付けていた。

 

 

―――だがしかし、突如その空気は階下より響いた轟音によって壊された。綱吉は思わず頬杖を外して音の発生方向を確認する。

 

 

すわ敵襲かと思われたが、その方角、音の規模、そして何よりその騒ぎが聞き慣れたものであることから。

三人は一瞬で何が起こっているかを理解した。いや、理解してしまったと言うべきか。

 

 

 

「……ああなるほど、ね。なるほど」

「ぅあっちゃ……こいつは、なかなか……」

「――――っ――!」

 

 

 

獄寺に至っては、机についた両手がぶるぶると震えている。……やがてその震えは全身に回り。

そして数十秒後、苦労性の青年は耐え切れなくなったように叫んだ。

 

 

 

「…………っまたお前か雲雀――!!」

 

 

 

(いや、多分さんも。)

 

超直感かただの勘なのかわからないが、何となくそう思ってしまったドン・ボンゴレは。

藪蛇とばかりにしっかりと口を噤んだ。

まあ、賢明かもしれない。

 

凄い勢いで執務室を出ていった獄寺の怒りを無闇に受けなくて済んだのだから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

打ち合い蹴り合い、殴り合い。だがお互いまだ掠り傷、決定的な打撃が出ないでいる。

この高揚感が忘れられず、私は何度も恭弥を挑発してしまう。でも恭弥だってほぼ100%乗ってくるし……

 

 

(天国にいるはずのお父様、お母様。私は既に人の道を踏み外し乱暴者の仲間入りをしております)

 

 

そんなどうでもいいことをつらつらと考えていると、恭弥がふっと動きを止めた。

 

 

 

「え、なに。どうしたの?」

「……そろそろ、あれが怒鳴り込んでくる」

「あれって………、あ。本当」

 

 

 

獄寺隼人が来る。少し神経を研ぎ澄ませれば、なんとなくそんな感じがしないでもない。

彼に捕まればそれはもう長い長い説教に付き合わされること必須である。逃げた方がいいだろう。

 

 

 

「よし。恭弥、暇なんだったら外行かない?」

「……外?何しに行くのさ」

「私今漸くお昼休みなのよね。だから付き合って」

「僕はもう食べ」

「私は食べてない」

 

 

 

ね?と首を傾げて聞くと、盛大に溜息を吐かれた。これはほぼ肯定のサインである。

 

ほっと安心した時遠くの方から『雲雀――!』とかいう怒鳴り声と共に猛烈なスピードで気配が迫ってくるのに気付いた。

私達は顔を見合わせ、ほぼ同時に走り出す。

 

 

いつもの事なのに、いつでも楽しい。

 

外に出ると、頭上には透き通るように綺麗な空が広がっていた。

 

 

 

 

この何でもない日々が、穏やかな時間が、人生の寄り道だったとしても。

 

無駄な事なんて、何ひとつありはしないと私は信じている。

だからこの先にどんな結果が待っているのか分からないけれど。

 

 

 

―――今はまだ、どうか、このままで。

 

 

 

 

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