彼女の願いが叶えばいい。なんとなくそう考えてから、何年もの月日が流れた。

 

目の前に広がるこの光景は――――それが実現したと思っていいのだろうか。

 

 

 

Let's Party!

 

 

 

今朝の馬鹿騒ぎを起こしてくれやがった連中を、いったいどうしてくれよう――――。

綱吉は薄暗い笑みを浮かべながら、会議室へ早足で向かっていた。数メートル前には隼人が歩いている。

 

なぜ今日だったのか。ひとまずそれを問い詰めてやろうか。本当になぜ今日だったのか。よりによって、今日!

ここ数ヶ月のスケジュールをどんなに苦労して切り詰めたことか。ハルも忙しい身でそれに合わせてくれた。

 

 

(何度も何度も調整してやっとの思いで得た、たった数時間の憩いを奴らは……!)

 

 

恭弥ではないが『咬み殺して』やりたい気分だった。実際そうしたとしても気分は晴れないだろうが。

綱吉は口元が引き攣るのを感じながら角を曲がり―――そして、びくりと肩を震わせ立ち止まった。

 

目に飛び込んできたのは色とりどりの花が咲き誇る中庭だった。いや、花に気を取られた訳ではない。

超直感など使わなくても、たとえ距離があっても、直ぐに気付く自信がある。三浦ハル―――綱吉の恋人。

 

 

(ごめん、ハル。今度必ず埋め合わせするから……)

 

 

思わぬ邂逅にふと和みかけた綱吉を現実に引き戻したのは、視線だった。出来れば気付きたくなかった強い視線。

正直言ってハルのことしか目に入っていなかったため、不意打ちに近い形でそれは心に刺さる。

無視すれば良かった、と後になって思うが―――それこそ後が怖すぎた。綱吉は嫌な予感がしつつも横に目線をずらす。

 

すると。ある意味予想通りの表情で、がこちらを注視していた。

硬直したまま見守っていると、彼女はこれ見よがしにケーキを口に運びさも美味しそうに微笑む。

 

そして再び顔を上げ、にやりと口の端を上げて目を細めた。こんなに美味しいのに食べられなくて本当に可哀想ね、と。

 

 

 

「―――――っ――」

「じゅ、十代目?いったいどうし…たん、ですか?」

「……何でもないよ、隼人。行こうか」

「あ、はい……?」

 

 

 

それは、とどめだった。致命的クリティカルヒットだった。ぴしりと頭の中で音がするのを他人事のように感じていた。

今朝から一番楽しみにしていたハルとのデートを邪魔された挙句、ケーキをに横取りされたのだ。

ハルの味方だと豪語し、時に綱吉を嵌め、綱吉を脅し、綱吉を足蹴にしつつ綱吉に嫌がらせをする彼女に。

 

苛立ちは怒りに変わり、怒りは更なる苛立ちを呼ぶ。ボンゴレファミリー十代目ボスは今、陰湿に盛大に切れていた。

 

 

 

「頑張って十分で終わらせよう。ね」

「えっ?あ、の、十代目ぇ―――?!」

 

 

 

連中にとって不幸だったのは、普段こういう綱吉の暴走を止めるリボーンが出張でいなかったことだろうか。

青褪め慌てる右腕を従え、十代目ボスは颯爽と会議室へ向かう。十分と言わず五分で終わらせてやろうと考えながら。

 

―――なんだか最近毎回このパターンに嵌っているように感じるのは、気のせいだと思うことにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういうのはタイミングが大事だ、と私は時計を見ながら心の中で呟く。

窓から会議室までの距離を考えると……ボスが、会議を始めてから既に二十分が経っていた。

 

 

(今までの経験からすると会議の時間は平均して四十分。煽ったから少し早いとして)

 

 

少し多めとはいえ元々はボスとハル、二人分のケーキだ。食べようと思えばすぐに食べてしまえる。

そうしないのは―――あえてペースを抑えて食べるのは、当然ながら嫌がらせの一環だった。

あんな風に挑発した以上、『仕事』が終われば即こちらに飛んでくるだろう。むしろその時がチャンスなのだ。

ケーキの空箱に出迎えられるより、目の前で、あと一歩のところで食べ尽くされるのが最もダメージが大きいはず。

 

今回の事件は、根本を辿れば単純なミス、管理不十分なだけのものだそうだ。つまり事前に防ぐことは出来た。

ゆえに不可抗力とはいえハルを泣かせた罪は大きい。

 

などという思考はおくびにも出さずハルとの会話を楽しんでいた、―――その時だった。

 

 

 

「………っ、……ハル!」

 

 

 

中庭全体に響き渡るような大声で。私のことを完全に無視した、叫びが。

 

 

 

「はひっ、ツナさん?!」

「…………うっそ……」

 

 

 

平均より遥かに早い登場に、私は当初の計画を実行することが出来なかった。ちなみに残ったケーキは丁度一切れ。

流石にこの状態で手を出すことは出来ない。そもそもどんなやり方をすればこんなに早く終わるのだろう。

 

きっと周囲を笑顔で脅迫したに違いない、とここには居ないリボーンを思いつつ、私は嬉しそうに笑いあう二人を見つめた。

 

 

 

「ツナさん、仕事は―――」

「今終わらせてきたよ。少し時間が短くなっちゃったけど……いいかな?」

「もちろんです!あ、今すぐ追加の紅茶持ってきますね!」

 

 

 

空になったポットを抱えて走り去るハルを二人で見送る。彼女が帰ってきたら―――私は邪魔になるだろう。

そう思いカップに残った紅茶を飲み干していると、ボスがすぐ傍に立ち、低い声でぼそりとたった一言呟いた。

 

 

 

「………ケーキ」

「一切れでも残ってただけでいいじゃないですか。実は全部食べようと思ってたんですけど」

「やったら本気で怒るよ、

「ああ怖い。男の嫉妬は醜いですよ?しかもいい歳した大人が」

 

 

 

乱暴な台詞に不穏な空気。彼とこんな風に軽口を叩けるようになったのはいつのことだったか。

おまけにボスがこうやって女である私にさえ嫉妬を露にすることも、昔では考えられなかったことだ。

 

 

 

「それにボス。負け犬の遠吠えって知ってます?」

「………………。……なんか、嫌いだ………」

「初耳ですね、それ。ハルに言いつけてみましょうか」

「うっ!」

 

 

 

恨みがまし気な視線を受けてもどこ吹く風。全く気にならないのは、ハルとの関係が強固なものだと信じているからか。

ともあれ長年彼らの関係には苦労させられてきた分、少々の嫌がらせには目を瞑っていて貰わなくては。

 

急いでこちらに戻ってくるハルの姿を見ながら、ゆっくりと席を立つ。彼女はとても嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

なんだかんだ言っても―――私もボスも、ハルが幸せならばそれでいいのだ。そう思えることが、嬉しい。

暇を告げたなら、恋人と二人きりということに真っ赤になるだろう彼女を想像することは容易く、私は静かに目を伏せた。

 

 

―――願わくは、この時間が今だけでも壊されることのないように。

 

 

 

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