何か、形を残したかったのかもしれない。

 

ずっと残る、何かを。

 

 

 

いで、がれて 

 

 

 

どうにでもなれという思いが私を突き動かしていた。渡した所で別に死ぬわけじゃあるまいし。

着けてくれなくていい。ただ、受け取って欲しかった。拒まれさえしなければ、それで良かったんだ。

 

 

「・・・・・ピアス?」

「そ、ルビー。似合うと思って」

 

 

恭弥は我に返ると真っ先に包装を解いて中身を確認した。その後に漏れた意外そうな声音が何とも言えずむず痒い。

はいはい私はお洒落とは無縁の女ですよ!宝石選びのセンスとかもう全然持ち合わせてませんからね!

 

 

 

「ちょっと衝動買いしたの。でも恭弥、ピアスホール開けてなかったの忘れてて」

 

 

 

だから何て言うかその、観賞用っぽく?ルビー自体は高級らしいし、いらないなら売り飛ばしてくれて構わないし。

そうそう魔除けにもなるって有名じゃない?お守りにどうかなーとか・・・ん、まあ、どうでもいいんだけどね?

 

私は恭弥が口を挟めないよう言い訳めいたものを長々と捲くし立てた。彼は黙ってそれを聞いている。

 

 

 

「あんまり深い意味はないから気にしないで。ただこういう・・・誕生日とか、久々だったから」

 

 

 

イタリアに来てから。情報屋となってから。恭弥と再会してからさえも、そんな事に意識が向かなかった。

ただ生きることのみを考えて生活してきた十数年間、それは決して実りあるものではない。

 

でもこうやって少しずつ、人間らしい生活を思い出していけるのならば――――そう悪くはないと、思う。

 

 

 

「にしても恭弥が喜んでくれたのって最後にあげたトンファーだけよね?」

が訳の分からないモノばっかり寄越すからだよ。非常識」

「ほほー。自分が一般常識で語れるような小学生だったと言うつもりか」

「・・・・普通小学生に年齢制限付きのホラーゲームとか渡さないし」

 

 

「だって血みどろ系が好きだって言うから」

「意味が違うよ」

 

 

 

こうやって喋っていると昔に戻ったような錯覚に陥る。今でも鮮やかに思い出せる平和な日々。

箱を開けてトンファーを見たあの時の恭弥の顔は、絶対一生忘れてやらない。あれは爆笑ものだった。

 

恭弥に色々口答えをしながらも、私は口元が緩むのを抑え切れなかった。

全く卑怯もいい所だ。事ある毎に嫌がらせの如く贈り付けた、下らないプレゼントの数々。

 

それをこうも一々律儀に覚えていられたりして・・・なんかもう、本当にずるい。無性にムカついて仕方がない。

 

 

(勿論お返ししてくれたことなんて一度もないけど、ね)

 

 

 

「―――誕生日おめでとう、恭弥」

「・・・・・・・・・・・・・・どうも」

「ふふ。こんな日が来るなんて、本当に思ってもみなかった」

 

 

 

もう一度こんな事が出来るなんて、夢にも思わなかった。夢でいいから見たいとさえも思わなかった。

だとすればこれは奇跡なのだろうか。来年、次があるとは保証されてないささやかな奇跡。

明日をも知れぬ身というのは、お互い裏社会に身を置いている以上、仕方のないこと。

 

おまけに私はいつ此処を出て行くともわからない、・・・否、いつか必ず出て行くと決まっている。

 

 

あとどれ位の時間が許されているのだろう。あとどれ位、恭弥と同じ場所で生きていけるのだろう。

 

 

 

「あ、やっぱり訂正。それ売ったりしたら呪うから」

「・・・?」

「三年越しだけど再会記念ってことで。形見分けだと思って貰ってて、ね?」

 

 

 

危険を知らせると言われる宝石が、彼を守ってくれればいい・・・・なんて、死んでも言わないけど。

ピアスを渡せたことで何故かすっきりした私は、意気揚々と軽く手を振って情報部の小部屋から出て行った。

 

 

だから知らない。

部屋に一人残された恭弥がどんな顔をしていたか。

 

 

図らずも先の別れを示唆してしまい、それを聞いて彼が何を思ったか―――――私は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

情報部区画の給湯室で見慣れた上司の姿を見つけ、そっと背後に回りこむ。

 

 

 

「ハ―ル―」

「っはひぃ!!」

「待てコラ逃げるな」

 

 

 

そして彼女の細い肩をがっちりと掴んでから、咄嗟に逃げようとする身体を心持ち低い声で制した。

私の声を聞いて逃げようとしたってことは、自分が何をしたかをちゃんと理解しているということだ。

 

・・・・・ならば遠慮は要るまい。

 

 

 

「あはは、はは・・・は、さん随分と早かったんですね」

「お陰様で探す手間が省けたから。私、ハルにはすっっっごく感謝してるわよ」

「ど、どういたしましてです・・・・」

「その度胸に敬意を表してちゃんと選ばせてあげるから。安心して」

 

 

 

ハルの身体をくるりと反転させて正面から向き合う。怯えた目が私を窺うように揺れた。

それに応えてにっこりと、全身全霊を込めて、それはもうダイヤモンドの如く輝かんばかりの笑顔を貼り付かせ。

 

私はある種の非情さを以って―――はっきりと宣告する。

 

 

 

 

 

「一週間デザート抜きと一週間執務室立ち入り禁止。どっちがいい?」

 

「はひ、どっちも嫌ですぅ!!」

 

 

 

 

 

毎日昼食後のデザートを何よりも楽しみにしているハルにとって、前者は飢えの地獄。

毎日ほんの少しの時間でも、執務室でのボスとの語らいに幸せを噛み締めているハルにとって、後者は蛇の生殺し。

 

悲鳴にも似た声を上げた彼女は、やると言うからにはやる私のご機嫌を取ろうと必死で謝り始めた。

 

 

(いつも思うけど・・・私が自分の部下だってこと、忘れてるんじゃないかしら)

 

 

 

「やあね、冗談だってば。特に後者なんかやった日には私がボスに殺されるって」

「あ、そう、ですよ、ね?そんな事になったらハルはもう、もう生きていけません・・・・!」

「んな大袈裟な・・・」

 

 

 

デザートとボス如きで本当に半泣きになったハルを見て、私はそっとフォローを入れる。

前者はともかく、執務室禁止令は後が怖すぎて実行出来ない。ボスに拗ねられると後々ややこしくなる。

 

まあその時はその時で、ハルを人身御供で献上すれば大丈夫だとは思うけどね。・・・・ボスだし。

 

 

 

「それでちゃんと雲雀さんにプレゼント受け取って貰えたんですか?」

「押し付けてきたから大丈夫。幾らなんでも捨てたりはしないでしょうよ」

「・・・結局何あげたんですか?あの時買ったアクセサリーって・・・・えぇと・・・」

「別に大したものじゃないわよ。気にしない気にしない」

 

 

 

あのピアスはハルが他の商品に夢中になっていた時にこっそり店員に渡したのである。彼女が知る筈もない。

恭弥にプレゼントを贈るという行為そのものが何だか気恥ずかしくて、私はそれ以上言及するつもりはなかった。

 

 

(次の行事は・・・何があったかしら。母の日?)

 

 

今、彼と共に出来ることがあるのなら。可能な限りやっておきたいという願望が身の内にあることに気付く。

 

 

 

―――此処を出て行くその時には、どんな未練も残さないように。