ただ、少し、気が向いただけだった。

 

 

いで、がれて

 

 

 

その日の夜。

 

雲雀は自室で愛用のソファに腰掛け、ピアッサー片手に鏡と向き合っていた。

机の上には一対の赤い宝石が照明を受けて鈍く煌いている。赤い色が酷く目に付いて仕方がなかった。

 

何故着ける気なったのか。それは穴を開けようとしている今でもよく分からない。

 

 

しかし―――これを投げて寄越したの態度が、無性に気分を苛立たせるものであったことは、事実。

 

 

 

「・・・・・・・・・ッ、」

 

 

 

パチン、と耳元で大きな音がして針が耳朶を貫通する。予想していたよりも痛みは無かった。血も出ない。

自分でやったにしては、斜めにもならずきちんと直角に入ったらしかった。

 

内蔵されている医療用純金メッキのファーストピアスは、その存在を主張することもなく耳朶に収まっている。

 

 

 

 

 

何となく、そう、ふと気が向いて耳に穴を開けようと決めた時。

 

医者に任せる、という考えが頭を過ぎったものの何故かシャマルの顔が浮かんで行く気が失せた。

不思議にも『失敗するかもしれない』等とは全く思わなかった。

 

雲雀はピアスを貰ったその足で外へ出て、少しの消毒液と共にそれを購入したのである。

 

 

 

『形見分けだと思って貰ってて、ね?』

 

 

 

殴ってやればよかったと、今になって思う。黙らせてしまえばよかったんだ。あんな事をほざく前に。

数年前と再会してから、昔とは違って二人の間にいつも薄い壁のようなものが在るのを感じていた。

 

何をしていてもどこか一線を引いた姿勢。言うなれば傍観者気取りの立ち位置を常にキープしている。

 

 

だがそこが気に入らない。あれではまるで―――まるで。

 

 

(・・・・・馬鹿馬鹿しい)

 

 

用意しておいたぬるま湯に浸した清潔な布で、耳全体を暖めながら雲雀はそっと溜息を吐く。

この行為が彼女に何らかの影響を及ぼすかどうか。多分驚くだろう、着けるとは思っていないようだから。

 

意趣返しにしては上等。そうこれは嫌がらせだ。

 

 

 

―――いつか死ぬ、その日の為だけに今を生きているような・・・・そんな馬鹿げたことを仄めかす幼馴染への。

 

 

 

 

 

 

 

 

最近仕事が忙しく、長い間散髪に行っていなかった所為で伸びた髪が耳元をすっかり覆い隠している。

だから今まで会った人間は誰も、彼の耳元に初めて置かれた金色の光に気付かなかった。

 

そして夕方。

 

 

 

「雲雀さん!」

「―――――――」

 

 

 

昨日までの出張の報告書を提出しに執務室へ行った帰り、後ろから慣れた声に呼ばれ雲雀は足を止めた。

振り返った視界に映ったのは、案の定、白くて大きな箱を抱えて嬉しそうに笑う三浦ハルの姿だった。

 

中身を守っているのか単に外聞を気にしたのか(多分前者だ)、彼女はゆっくりと目の前まで歩いて来る。

 

 

 

「こんばんは。一日遅れですけど、お誕生日おめでとうございます!」

 

 

 

次いで箱が差し出された。中にはきっとケーキが入っているのだろう、それも凄まじく凝った代物が。

彼女はイタリアに着てから人の誕生日に何故かお菓子を贈り付けてくるのだ。被害は幹部全員に亘るという。

 

実はプレゼントとは建前で、ボスに作ってあげる為の実験台にしているという噂がここ数年囁かれている。

 

 

 

「・・・・それで、今回は何なのさ・・・・」

「えっとですね、本格的なブッシュ・ド・ノエルです!細部まで拘ってみましたっ」

「今五月なんだけど。もう暑いんだけど」

「先刻の休憩でツナさんに小さい方をご馳走したんですけど、凄く美味しいって褒めてくれました!幸せです〜」

 

 

(・・・・・聞いてないし。)

 

 

少しカチンと来たものの、ハルに手を出したりしたら黙ってない人間がボンゴレに二人居る。止めた方が賢明だ。

差し出された箱を素直に受け取って、雲雀は無表情のまま、ぼそりと棒読みで礼を言ってみる。

 

それを聞いて、ぱぁっと華が咲いたように笑うハル。何故こんなにも無防備でいられるのか本当に不思議でならない。

幼馴染のあの歪みっぷりをみると、余計に。

 

何がこうも違うのだろう、とぼんやり考えていた雲雀の耳に彼女の声が届き、はっと意識を戻す。

 

 

 

「そういえば雲雀さん、さんに何貰ったんですか?」

「・・・?知らないの」

「それが教えてくれなかったんですよ。アクセサリーだと思ったんですけど、違うんでしょうか・・・」

「ふぅん。知ってどうするつもり?」

 

 

「はい、本気で武器とか贈ってたら全力で止めようかと思いまして!」

 

 

聞けばさんって昔雲雀さんにトンファー贈ったそうですね、でも悲劇は絶対繰り返しちゃいけませんよっ

これ以上強力な武器を持たれたらもう手がつけられないじゃないですか!!

 

・・・と、ハルはガッツポーズと共に張本人に向かって捲くし立てる。

 

 

所々失礼な挙句、何故武器。と思ったが―――前例がある以上雲雀には何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女から押し付けられるお菓子類はいつも無駄にでかい。誕生日のものとなれば尚更である。

 

だから毎年、雲雀と雲雀の部下全員で消化する羽目になる。

 

 

 

「ただのピアスだったよ。ルビーの」

「はひ?」

「魔除けがどうとか言ってたけどね。僕にはよく分からない」

 

 

 

あの後、部屋まで無理矢理付いて来たハルが淹れた紅茶を一口飲んで、雲雀はそのまま言葉を続けた。

場所は、雲雀が所属するとある部門の待機部屋。二人は部屋の隅にあるテーブルで向き合うように座っている。

 

付き合いが長くなると、極稀にだがハルとこういう時間を設けるのも苦痛ではなくなった。

 

ここ数年もっぱら話題の中心はであることが多い。ハルは知らぬ過去を、雲雀は知らぬ現在を求めて。

 

 

 

「え――でも、雲雀さんピアスは・・・・」

 

 

 

着けられないんじゃ、と呟くハル。(そう、昨日まではね)

わざわざ知らせる義理はないから黙っておく。ボス達に知れたら絶対何か言われそうだ。

 

雲雀は少し身構えたが、の事だから何か考えがあるとでも思ったのだろうか、追求はなかった。

 

 

 

「それで、お返しはどうするんです?」

 

 

―――その代わり、別な所に飛び火した。

 

 

「・・・・何って?」

「お返しですよお・か・え・し!雲雀さん、今までさんにお返しした事あります?」

 

 

 

あるわけがない。

何で僕が?頼んだわけでもないのに。そもそもそんな必要性を感じな―――

 

 

 

「駄目ですよそんなんじゃ―!甲斐性なしの駄目男って思われちゃうじゃないですか!!」

 

「っ!・・・・ちょっといきなり叫ば」

「雲雀さんみたいに性格悪い人は、こういう所でポイント稼がないと!顔だけじゃ今の世の中やっていけませんよ!」

「それ意味が分からないから。しかも君さり気にかなり酷い事言ってるけど」

 

「聞いてるんですか雲雀さん!?ここはハートを掴むチャンスですよ!逃がさずゲットです!!」

 

 

いや、だから。