いつ切り捨ててもいいように、この石を渡したのなら。

 

―――切れない何かを、君に残そう。

 

 

いで、がれて 

 

 

 

さんは明日から一ヶ月間長期出張に行っちゃいますから、その間に絶対お返し用意して下さいね!』

 

 

更にヒートアップしたハルに鬼気迫る表情で詰め寄られ、思わず頷いてしまった。

騒ぎを聞きつけた部下達が隣室から集まってきた位である。嘘でも良いから、どうにかして黙らせたかった。

 

しかし黙るどころかどんどん喋り続けるハル。こうなるとボス以外止めるのは難しい。

 

 

『ツナさんはいっつもお返ししてくれるんです!このブローチだって―――』

 

 

そしていつの間にか惚気話をし始めた彼女を、これ幸いと部下と共にその場に残し、雲雀はさっさと自室に避難した。

 

 

静かな部屋で一人、ケーキで胸焼け気味の身体を抱えつつ考え込む。

 

 

 

「いきなりお返しとか言われてもね・・・」

 

 

 

は、昔から変人の素質はあったように思う。本人は至って普通だと否定しているがそんなことはない。

それも不幸な境遇の所為か、今、明らかに一般人とは違う意識を持つようになってしまっている。

 

常識を弁えている部分があるだけ余計性質が悪い。

 

 

―――つまるところ、何を贈れば良いのかさっぱり見当が付かないのだ。

 

 

“普通”“一般的に”女性が喜ぶ贈り物。・・・・を贈ったところで果たしてそれでいいものか?

 

別に、喜ばせようと思って贈るわけじゃない。人に何と思われようが知ったことじゃない。

 

 

 

でも――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから部屋で随分と考えた。自分でも驚く程だった。だが案の定、答えは出なかった。

 

お返しとやらを買うまでこんな気分が続くなど、考えるだけで頭痛がする――――

 

 

 

「そ、・・・それで俺に相談しに来たんですか?」

「一生の不覚だよ、全く。何で君なんかに頼まなきゃいけないのさ」

「雲雀さん。自分から来といてそれは流石に酷いっていうか」

 

 

 

もうすっかり夜も更け、下っ端の者達はとうに帰路に着いたであろう頃。

どうにも煮詰まってしまった雲雀は、こういう事に詳しそうなとある人物に相談を持ちかけていた。

 

プレゼントを贈られているその本人が豪語するのだから間違いないだろう、と雲雀は目の前で苦笑する綱吉を見る。

 

 

 

「えーとつまり、雲雀さんはさんにお返しをしたいんですよね?」

「そうしろ、って年がら年中飛んだり跳ねたり五月蝿い女に脅されたからね」

 

 

 

ハルのことだ。もし何も用意をしなかったら、在る事無い事を周りに吹聴して回りそうである。

それが真実でなかったとしても――――情報部であるという肩書きが信憑性を持たせてしまう。

 

・・・・・勿論ファミリーが不利益を負うような大袈裟な代物ではないだろうが・・・・・

 

 

地味にダメージを喰らうのは獄寺隼人で既に実証済みである。

 

 

 

「ああ・・・確かあの時は、“獄寺君はパンナコッタが死ぬほど好きだ”――とかいう噂を流されて」

「次の日から我先にと押し付ける女共が増殖した、って。ホント馬鹿げてるよ」

 

 

 

随分と度胸が付いてきたのは認めても、どうも嫌な方向に成長してしまった感は否めなかった。

それもこれも、全部が妙な教育をするから悪いのだ―――と雲雀は本日何度目かの溜息を吐く。

 

とはいえ別に、その脅しに負けたから用意する気になったんじゃない。これは例の嫌がらせの延長線上の行為だ。

 

 

あの頃のがプレゼントを寄越したのも、半分以上は嫌がらせだったに違いないのだから。

 

 

 

さんだったら、・・・・ナイフとか?」

「それも考えたけどね」

 

 

 

最も普通はそんな答えなど出る筈もないだろう。

アクセサリーをくれたお返しに武器とは、普通なら、絶対に、有り得ない。

 

しかし彼女は普通ではないわけで、花束などを贈るよりも余程好まれそうだという自信はある。

 

 

 

「結構な種類のナイフ使ってるの見てきたけど、やっぱり拘りはあるみたいだし」

「そっか・・・生半可な知識で贈っても邪魔になるだけかも」

「まあね。だから君に聞いてるんだよ」

「いやそれ、押し付けてません?」

 

 

 

に贈るものだから何でもいい、と思う気持ちと。少しで良いから何か後々残るようなものを、と思う気持ちと。

適当に有名店のお菓子でも贈った方が有意義だと分かっている。そんなものでもきっと彼女は構わないと笑うだろう。

 

他にも嫌がらせとしては王道に、ゴテゴテの真っ赤な薔薇の花束でも押し付けてやろうかとも思った。

少し意表を突いて、全身コーディネート済みのドレスアップセットでも押し付けてやろうかとも思った。

 

 

―――だが、それでは、何処か物足りない自分が―――居るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綱吉は心底珍しげに、口元に手を当てて考え込む仲間の姿をしげしげと見詰めた。

とても新鮮な気分だった。彼が――あの雲雀恭弥が、まさかこんな事で悩む日が来ることになろうとは。

 

 

(・・・・・幼馴染って、すごいな)

 

 

それとも単にが凄いだけなのか。彼女がボンゴレに入ってから色んなものが変わった気がする。

雲雀は当然、そして上司であるハルもまた・・・・。最初は少々頭の回る情報屋としか思っていなかったのに。

 

出て行かれるのは困る、と思う位にまで、彼女はしっかりと自らの地位を築いていった。

 

 

(っと、今はこんな事考えてる場合じゃない)

 

 

はピアスを贈ってきたと雲雀は言った。それもルビーの。

何故そこでルビーを選んだのかは、最近ハルから色々宝石の話を聞いているので分からなくはない。

 

 

まあこの場合なら、定番のセットがあるんだけど―――

 

 

 

「雲雀さん、じゃあ・・・・・」

 

 

 

綱吉が続けた言葉に、彼は少し目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

への『お返し』について綱吉に相談しに行ってから、丁度一ヵ月後のとある日。

 

愛想の良い店員に見送られつつ、雲雀は決して大きくはないジュエリー工房から外に出た。

右手には小さな紙袋。その中身はといえば、デザインから仕上げまでフルオーダーの手作りジュエリーである。

 

 

(『確かに高いけど、雲雀さんは日々貯め込んでるんだから大丈夫でしょ?』、・・・・ね。よく言うよ)

 

 

完全オーダーメイドだった為、完成するのに一月の時間が掛かってしまった。が帰ってくるまで後少し。

 

指輪など贈る理由はない。かといって彼女はピアスを絶対に着けない。

イヤリングなら着けるかもしれないが、何となくお揃いになってしまうようで嫌だった。

 

そんな事が頭に浮かんで、そのままさして迷うことなく“ペンダント”を選んだ理由は―――何なのだろう。

 

 

 

首元を覆う、銀色の鎖。

 

胸に光る青。

 

 

 

(・・・・・・・・・・・?)

 

 

一瞬何かを感じた気がしたが、直ぐにその思考は霧散して消えてしまう。

気の所為だと一蹴するも、何か腑に落ちないものが残る。何かを忘れているような、何かを見落としているような。

 

 

と、その時、頭上の空を飛行機が横切る音に意識を取られた。

 

 

 

「やれやれ・・・・」

 

 

 

夜の航空便で、イタリアに帰ってくる筈の幼馴染の姿を思い浮かべる。

 

 

―――今朝着けたばかりの赤色がさり気なく光る耳朶を、そっと指先でなぞりながら。