(ハル・・・君は)
揶揄われているのは、だけでなく自分も同じようだった。
人間、変われば変わるものである。
黒い羊は永久を謳う -Hibari's Side-
「(ぼそぼそ)なあ。・・・・隊長、何か機嫌悪くないか?」
「(ひそひそ)えぇ?いつもの事だろ?」
「(ぼそぼそ)いや違うって。・・・・なんつーか、・・・・・微妙に拗ねてるって感じ?」
「(ひそひそ)あ、わかった!きっとさんと喧嘩し・・・・」
いい歳をしてこそこそ内緒話をする男達の後ろに、ゆらりと人影が立つ。
「―――君達」
「「!」」
液体窒素の様な冷え切った声。男達は金縛りにあったように動けなくなり、冷や汗を垂らす。
振り返る事など、恐ろしすぎて出来なかった。
「遊んでる暇があるならさっさと仕事。次サボったら即咬み殺すよ?」
「はいぃっ!」
「す、すぐに戻ります隊長―――!!」
雲雀に背を向けたまま直立不動で敬礼をして、彼らはすたこらさっさと自分の持ち場へ散っていく。
その後姿を鋭い目付きで見送って、はあ、と本日最大の溜息を吐いた。
今頃綱吉の執務室では幹部が勢揃いでと昼食を摂っているのだろう。そしてその場に自分は居ない。
勿論仕事なのだから仕方がないこと。今夜のパーティーで先陣を切る以上準備はしてもし過ぎることはないのだ。
だがしかし。
と離れている――その事実が苛立ちを生む。そしてハルが残した、あの戯けた伝言がそれに拍車をかけていた。
言葉通り受け取るなら、この仕事を早く終わらせたところで雲雀が彼女に会うことは出来ない。
伝言の中にあった『秘密基地』。それは、以前ハルの提案によって作られた隠し部屋のことである。
ごく限られた人間しか入る事は叶わず、一ヶ月程なら充分篭城出来るほどの設備を備えているのだ。
そして・・・隠し部屋故に、余程の緊急事態で無い限り気軽に何度も出入りする事は禁じられていた。
つまりはだ。昼食後に立て篭もるなら、その後少なくとも数時間は出てこないということ。
全てはを巻き込まない為に。・・・・・理解は出来るが、納得するには相当の努力が必要になって来る。
しかしハルを責めた所で、『昨日恭弥さんが独り占めしたんだからいいじゃないですかっ!』とでも言いそうだ。
―――と、容易に想像出来てしまう自分に、我ながら少し呆れた。
早く終わらせても無駄だと思いつつ、気持ちに急かされ雲雀は常には無いやる気を以って仕事を片付けていく。
だが何度か連絡ミスによる問題が起こり、その対処に追われる内に時間は飛ぶように過ぎていった。
(作為的な妨害を感じるのは気の所為・・・と思いたいけど、ね)
「報告します!全班、準備完了いたしました」
「わかった。・・・時間が来たら所定の位置に待機。号令は僕が出す」
「承知しています」
「じゃ、解散して」
そうして漸くパーティーの準備を終えた頃には、あたりは薄暗くなっていた。もう少しで夜が来る。
短くて長い一日が―――そっと幕を閉じようとしている。『彼女』が帰る時間が、直ぐ其処まで来ているのだ。
朝に別れてから一度も彼女の事を聞いてない。・・・・もしかすると、もう会えないまま過去へと帰ってしまう・・・・?
「・・・・・・・っ」
隼人の話を聞いてから胸に燻っていた焦燥感。に未来を選ばせる為に――自分が出来ることは。
何かないか、何か。きっかけになればいい。彼女を導くきっかけになりさえすれば。
この機会をみすみす逃すわけには・・・・!
雲雀は強い決意と共に立ち上がった。何をすればいいのか、何を言えばいいのか。その答えはまだ出ていない。
だが彼女に会えば、何とかなる気がしていた。待機などどうでもいい。・・・・命令違反になっても構うものか。
即座に踵を返す。の所へ向かおうと扉に手を伸ばしたその時―――部屋の外側から、それが開いた。
「あ、良かったまだ此処に居たんだ。もしかしたらすれ違うかと思ったんだけど」
「・・・・・・・・・・綱吉?」
開かれた扉の向こう側には護衛一人付けていない我らがボスの姿があった。何故、こんな所に?
「直接あの部屋に迎えに行って貰うつもりだったけど、ちょっと連絡事項が増えてね。悪いけど、執務室に行って
リボーンから直接聞いて欲しいんだ。さんは俺がちゃんと連れて行くから、そのままそこで待っててくれる?」
「・・・?なにそれ。言ってる意味わからないんだけど」
「え?・・・何が?」
お互い意思の疎通が出来ていない事に気付く。雲雀は綱吉の言葉の半分しか理解出来なかった。
連絡事項があるから、執務室に行け。・・・それは分かる。で、何故が出てくる?迎えに行くって・・・を?
だとしたらあの部屋とは『秘密基地』の事であって――・・・・?
「あ、あれ?恭弥にはこの仕事が終わったら、さんを迎えに行って、“”が帰って来るまで一緒に居て貰う
手筈になってるって・・・」
「・・・・・・・聞いてないよそんな事」
ああ、全く聞いてない。そんな事なら、に会えるなら、先刻あんな風に悩む事もなかっただろうに。
今の仕事といい、これといい、連絡機能に何か障害でも起こっているのだろうか。
「そうなの?・・・おかしいな、ちゃんとハルに伝言頼んだ筈なのに・・・ハルから聞いてなかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ふと、脳裏に勝ち誇った顔で笑う三浦ハルの姿が浮かんだ。
―――成程、そういう・・・・こと。
「伝言なら、受けたよ」
「え、だったら」
(・・・・あの、女・・・!)やってくれる。この自分を騙くらかすとは良い度胸だ。
綱吉は不思議そうな顔で首を傾げたが、剣呑な光を目に宿し、すっ・・・と目を細めた雲雀に大体の事情は察したらしい。
一瞬吹きだしかけ、堪えて、また吹きだしかけ、堪えて、また・・・・・・
こんな風に、彼は微妙な顔つきでそれを何度か繰り返した後。
結局、・・・脇目も振らずに爆笑した。
腹筋を引き攣らせ苦しそうにするボンゴレ十代目をその場に放置し、雲雀は最上階へと足を向ける。
何故か一気に気が抜けた。気負っていた部分もあったのだろう、肩が楽になった気がする。
勿論三浦ハルへの恨みは多少残っているし、昨日の分も含め充分仕返ししてやるつもりではある。
・・・・ただ、やり過ぎれば綱吉を敵に回す事は当然のこととしても、にまで怒られかねないから始末が悪い。
自分を見れば条件反射の様に怯えていた頃のハルが何となく懐かしく思えた。
なぜ言わなかったのかと責めたら、きっと今の彼女はこう言うだろう。
『最後に花を持たせてあげるんですから、良いじゃないですかっ!』――――と。