落ち着け。考えろ。
―――絶対何か、あるはずだ。
黒い羊は永久を謳う -Hibari's Side-
何とも言えない焦燥感だけは胸に抱いたままで、ボンゴレファミリー最上階、ボス専用執務室に到着する。
今度はノックすらせず部屋の中に滑り込んだ。見渡すと、ハルと綱吉以外全員が揃っていた。
「・・・で?」
「来たか」
真っ先にリボーンの元へ行き、軽く片手を挙げて挨拶してくる彼に連絡事項とやらの説明を促す。
その性急さになのか、遥か年下のアルコバレーノは苦笑一つ零して何かの書類を渡してきた。
雲雀は彼の向かいに座り、リボーンの昔よりは低くなった声に耳を傾ける。
連絡事項、とはいえ別にそこまで緊急性があるものではなかったらしい。多少の情報変更と、人員配置の移動について。
「つまり、の仕事が必要なくなったらしい。ツナ曰く、どうせならお前の所に行った方が適材適所、だそうだが?」
「ふぅん・・・そう。問題は無いよ」
「確かに、ってお前の部下に懐かれてるもんな」
「武。それ、どういう意味」
「へっ?あ、いやいや深い意味はねーって」
ホントだって。そう言いながら顔の前でぶんぶんと手を振る武。・・・発言には充分気をつけたほうが良い。
昔と比べて格段に寛容になったと自負出来る雲雀ではあったが、今はそういう『受け流す』余裕はなかった。
何でもない筈の台詞が何故か引っ掛かり、悪気も・・・恐らくは他意さえも持ち合わせていない武に噛み付いてしまう。
苛立っている、自覚はあった。多分それがただの八つ当たりであろうことも。
雲雀は悶々と、知らない人間から見れば単なる無表情で黙り込む。・・・と、そこに隼人から声がかかった。
「おっまえ何拗ねてんだよ。何かあったのか?」
「っ・・・、・・・別に」
一瞬、息が詰まった。
これだから長い付き合いというものは厄介だ。こちらの感情等、直ぐに読まれてしまう。
隼人は、意外にも周りの人間の機微に敏い。だから余計、こちらを理解する術に長けているようだった。
―――無防備な所を突かれた為、反射的に言葉を返したが・・・・この時きちんと否定するべきだったかもしれない。
「成程な。・・・朝からに逢ってない所為か」
「違う。何言ってるの?咬み殺すよ」
リボーンのたっぷりと揶揄を含んだ言葉に即座に否定を返すが、いまいち決まらない。
それどころか何故か肯定したような空気が流れた。『お前の気持ちは充分わかってる』とでも言いたげな視線が痛い。
(仕事前じゃなかったら確実に殺ってる)
絶対に。
雲雀から放たれる不穏な気配など誰も気に留める素振りすらなかった。今ではあのハルでさえ顔色一つ変えないだろう。
それは勿論「仲間」として認めるのに充分な態度ではあったが―――如何せん、面白くないのも確かである。
彼らを前にしては、もう以前のように完全優位に立つことなど出来なくなったのだ。
・・・・そういう愉快な気分と多少の複雑さの狭間で、雲雀は今を生きている。
「遅いぞ、ツナ」
「いつまで待たせる気?」
「ごめんごめん。また話し込んじゃって」
それから十分程度が経過した頃だろうか。綱吉がハルと・・・を連れて部屋にやって来た。
とは一瞬だけ視線がかち合ったものの、相手の方からさり気なく逸らされた。避けられている・・・?
だがそれを確かめようにも武や隼人が彼女に話しかけ始めたので何となく近づけない。
・・・・・・仕方が無いので、綱吉の近くで手持ち無沙汰にしているハルを強い目線で呼び付ける。
こちらの言いたい事が分かっているのだろう、彼女にしては素直に近づいてきて、皆に気付かれないよう小声で話し出した。
「恭弥さん、お昼寝は楽しかったですか?」
「生憎だけど寝る暇はなくてね。・・・どうも連絡網に不備があったらしいんだけど?」
「おやおやそれは大変でしたねー。あ、私はさんにケーキ食べて貰ってたんです。沢山お話も出来ました!」
「・・・・・・・・・・・・」
「お昼のお食事もね、とっても和やかで楽しかったですよ?恭弥さんが来れなくてホント残念です」
「・・・・・・・・・・・・」
ハルはそれこそ蕩けそうに甘い笑みを浮かべて、これが楽しかっただのあれがどうだっただのと喋り捲る。
明らかな挑発だった。わざとらしすぎる感じが余計苛立ちを煽るとわかってやっているのか。いやそうに違いない。
どうしたものかと無言のまま見つめ続けると、・・・・ハルは、はっと顔を上げて仰々しくファイティングポーズをとった。
さあ来い!と言わんばかりである。
雲雀は数秒だけ固まって、それからハルの後方にちらりと視線をやる。達はまだ雑談していてこちらに気付かない。
―――だがそれも、時間の問題なのだろう。
「・・・・もういいよ」
「はい?何がですか?」
「だからもういい。別にそこまで怒ってないし」
「え?・・・ええっ!?そんな、恭弥さんMAXパワーで怒ってると思って色々防衛策を練ってきたんですけど!」
「知らないからそんなの」
いや。・・・・何というか、こうも予想通りの反応を返されると、逆に萎える。
苛立っている自分自身が余りにも馬鹿らしく思えてくるから不思議だ。
雲雀はひらひらと手を振ってハルを綱吉の方へと押しやった。彼女は何度も首を傾げながらもそれに従い歩き出す。
折角さんから仕入れた恭弥さんの弱点とか出そうと思ったのに、等という不穏な台詞が聞こえた気がした。
「あの、大変名残惜しいですけど・・・皆さん、そろそろお時間ですよ!」
頭を切り替えた真面目なハルの掛け声に、男達はさっと佇まいを直す。
それなりの緊張感を纏っているその姿を―――は、何処か羨ましげに見つめていた。
(・・・君が未来を望んだなら、ちゃんと手に入る)
こんな光景など、いくらでも。・・・が望むだけ。
「それじゃ、さん。元気で」
「もっと修行に励めよ。」 励まれすぎても厄介なんだけど。
「肩の力抜いて、気楽にな!」
「常識の範囲内で行動しろ。お前の為だ」 もう遅い。多分無駄。
「恭弥さんから何かされたら、やりかえしてあげますからねっ!」 ・・・・お釣りが来るほど余計なお世話だよ。
別れの台詞にしては妙な言葉を発した者達は全員、発言後こちらを見て意味深に笑う。
が居る手前、言い返すことは躊躇われた。雲雀が詰まっている間に彼らは次々と部屋を出て行ってしまう。
だが、最後に部屋を出て行こうとした綱吉が一瞬だけ立ち止まって振り向いた。は目を伏せていて気付いていない。
真っ直ぐに雲雀達を見つめる瞳。その薄い唇が、声も出さずにそっと何かを呟く。
―――――『待ってるから』
(ああ、必ず連れて行く)
“彼女”を。