目の前に居るを、この未来まで導くには―――自分にとっての『過去』をなぞらせればいい。

 

 

だが強制力など無い自分の言葉で、どこまでそれが出来るだろうか。

 

 

 

黒い羊は永久を -Hibari's Side-

 

 

 

綱吉達を見送ってから、雲雀はずっと『過去』へと思いを馳せていた。

 

が信じていなくとも・・・・この世界は彼女自身の未来だ。だからこの短い一日の経験でも必ず過去に影響している筈。

 

 

どんな小さな事でも良い。思い出せ。何時だったか―――そう、彼女が未来を捨てかけたあの時の事を。

 

 

 

 

 

 

深夜、ボスの執務室にて。と二人で、ボスの帰りを待っていた。

 

――――そこで突然告げられた別れ。

 

 

いや、後で思い返してみれば兆候はあったのだ。別れを示唆する様々な出来事。だがその時は気付けなかった。

 

 

 

『・・・・・・今、何て言った?』

『だから、ボンゴレ出て行くって言ったの。いつかこんな日が来るとは思ってたから・・・・覚悟は出来てるし』

 

 

 

最初、彼女が何を言っているのか全く理解できなかった。

 

(出て行くって?・・・此処を?)

 

 

 

『そりゃ今更抜けるなんて普通マフィアじゃ許されないけど―――もう状況が許さないから』

 

 

迷惑とか掛けられないし。・・・そう彼女は小さな声で呟く。

内容が頭に入ってくるまで暫く時間を要した。動揺するのも忘れ、口が冷静な言葉を紡ぐのを他人事のように思う。

 

 

 

『それ、・・・ボスが許したの』

『え?あ、や、まだ。だってこれ言ったの恭弥が初めてだし。っていうか真っ先に報告しろとか言ったのそっち・・・・』

『・・・・?僕がなに?』

『っ、あ――・・・そっか、違う・・・ううん、別に何でもない。こっちの話』

 

 

 

見つめ返しても揺らぐ事はない、全てを達観したような、それでいて奥底に諦めの色が滲む瞳。

 

強い決意を秘めたその瞳に気圧された。覚悟などという言葉では表せない程に、深い。

 

 

それを認識した瞬間、雲雀は激情にも似た想いに襲われた。

 

 

     ―― また、失うのか? ――

 

―― 手の届かない、再び逢う事すら叶わない場所へ? ――

 

 

             ―― 今、こんな近くに、居る、のに・・・・・!? ――

 

 

 

 

 

 

 

「で、恭弥。私達ずっとこの部屋にいるわけ?」

 

 

 

不満げなの声が耳に届いた。はっと意識が現実に戻る。随分と長く物思いに耽っていたらしい。

でもまあ仕方のない事だ。本気も本気、心の奥底から、そして魂の底からも激怒したのはあの時が初めてだったから。

 

 

 

「………まだ、仕事が残ってるし」

「…そう……」

 

 

 

雲雀は遅れながらも問い掛けに頷いて応える。近くのソファに座るを見つめながら、そっと溜息を吐いた。

この部屋に入る前に時計を確認しておいたが―――もう、残された時間は少ない。

 

過去の思い出に浸っている余裕はこれ以上なさそうだった。

 

(どうすれば、いい)

 

焦りをぐっと胸の内に抑え込んだその時、ふとが顔を上げ、目が合う。

 

 

 

「なに、どうかした?」

「・・・別に」

 

 

 

何かを言わなければならない。だが何を?・・・その言葉はもう、喉の所まで出掛かっているような気がするのに。

雲雀が無言のままでいると、彼女は耐え切れなくなったのか顔を伏せ、何やら悪態を吐き始めた。

 

目を逸らされ、・・・瞬間、ふっと答えが遠のいたように感じる。

 

 


「何」

 

 

焦りに雲雀は名を呼ぶ。今、唯一口に出来る言葉。考えろ。もう答えは出ている筈だ。

 

 

『ボンゴレ、出て行く事にしたの。その報告しようと思って』 違う。

『もう状況が許さないから。・・・迷惑とか掛けられないし』 違う。

 

『え?あ、や、まだ。だってこれ言ったの――――』

 

 

「・・・恭弥?」

 

 

『が、初めてだし』

 

 

 

「・・・・・・・・・・・っ・・・!」

 

 

 

 

 

それは、力ずくだった。形振り構わず力ずくで押さえ込んだ。そうする事しか出来なかった。

言葉で言っても、覚悟を決めた彼女は決して受け入れないだろうから。

 

そうだ。ボンゴレを出て行くといったを止めたのは自分。・・・・・その時、執務室を見事なまでに破壊した。

 

あの状況を作るのは、今、此処で、伝える言葉・・・・!

 

 

 

 

「―――君が、もし、この先・・・ボンゴレから出ていく事になったら」

「は?・・・・え、何、いきなり」

 

 

 

あの時の雲雀には全く覚えのない約束を守って、は別れを告げに来たのだ。

 

だから今、言うべき事はひとつ。

 

 

 

「その時は真っ先に――僕に知らせなよ」

 

 

―――全力で止めるから。

 

どんな手を使っても、多少の怪我を負わせてでも。・・・たとえ泣かせたとしても。

絶対に止める。逃がしたりしない。・・・自覚のなかったあの頃の自分でもそれ位理解できる。

 

 

 

「じゃなきゃ絶対咬み殺す」

「・・はぁ!?・・・あ―・・・ちょい待ち、ってか待って。兎に角待って頼むから」

「待たない。約束しないならこの場で即咬み殺す」

「お、横暴!外道!理不尽極まりないし!有り得ない!」

 

 

 

見下ろした先でが喚く。だが一度約束を取り交わしてしまえば、彼女は絶対それを守るだろう。

約束を守り、雲雀の所へ真っ先に報告しに来れば・・・必ずあの状況が繰り返される筈だ。昔の自分は堪え性がないし。

 

散々悩んだ挙句漸く得た答えに満足しながら、雲雀はの座るソファへと少しずつ近づいていった。

 

 

 

「約束・・・するよね?」

「・・・・・恭、弥。いやあの、だからね、……ちょっと!」

 

 

淡く軟く、答えを促す。勿論肯定以外の返事など許すつもりはない。

 

どうやら軽くパニくっている。彼女の頭が冷静になる前に―――押し切ってしまうのがいいだろう。

 

 

 

「じゃあ、五秒以内に答えが無いなら――」

 

 

 

雲雀は上半身を傾け、殊更ゆっくりと手を伸ばす。思考が停止しているらしい彼女は抵抗も無く背凭れへ倒れた。

驚きと困惑と。しかし前と違って羞恥を感じる余裕はないらしい。

 

ぴしりと硬直したの顔を真正面から見据えて、雲雀はそっと、警告の言葉を落とす。

 

 

 

「―――答えなかった事を、後悔させてあげるよ」

 

 

 

たっぷりと、ね。

 

 

 

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