彼女がそういう行動に出るだろう事はとっくに予想がついていた。
そして―――こちらが動かなければ、その先に進めないという事も。
黒い羊は永久を謳う -Hibari's Side-
これだけ動揺している中、皮一ミリさえ傷付けずナイフを止めたのは流石と言うべきか。
雲雀は警告を落とした姿勢そのままに甘んじての攻撃を受けた。殺気のカケラすらないそれ。
がもうこれ以上攻撃を仕掛けられないのを、雲雀は知っている。
「どういうつもり・・・?」
「あと2秒」
「っ!?」
心の中で静かに続けていたカウント。はっきり声に出すと彼女は目に見えて揺らいだ。・・・・おまけに手も。
(や、今の刺さるし)
喉元にひやりとした感触、だが動く訳にはいかない。動けばきっと誤魔化されると確信していたからだ。
訓練された体が反射的にナイフを払いそうになるのを抑え、静かに言葉を紡ぐ。
「1秒」
「・・・・・・・・・っ」
は。
凶器を引くかどうか、迷っているように見えた。あるいは―――何か言葉を探しているようにも。
・・・でももう遅い。誤魔化す方法や逃げ出す方法等、この状況を打破する何かを思い付くだけの時間は与えてやらない。
もう二度と―――失うわけにはいかないから。
「・・・・ゼ」
「ストップ。目の前から退いてくれたら答えるわ」
すると案の定、雲雀の言葉に被せる様にして彼女は行動を起こした。無駄な足掻きではある。
勿論行動と言っても、単に空いた手を顔の前に突き出しただけだ。制止の意味を込めたであろうそれは、力は無い。
ほんの数十センチしか距離がない二人の間を遮るには、あまりにもお粗末なものであった。
「無理。退いたら逃げるでしょ」
「は?どこによ」
過去に。・・・そう声には出さず呟いた。
こちら側からは、もう手の届かない場所。彼女自身の行動如何で全てが決まる世界。
結果の出ている『未来』からは―――干渉出来ない。だから。
だから・・・今しか、ないんだ。
「・・・恭弥」
「?」
意識を逸らして、少しだけ考えに耽っていた雲雀は名を呼ばれてはっとする。
改めて視線を落とすと・・・どこか、痛みを堪えるような瞳とかち合った。罪悪感、のような。
「……まさかあの事、未だに根に持ってるわけ?」
「・・・・・・・・」
一瞬、何の話かと聞き返しそうになった。根に持っている事は沢山在る。が、直ぐに喉の奥に言葉を飲み込んだ。
この話の流れで出て来るのは、・・・多分、彼女が唯一素直に自ら謝罪したあの事だろう。
二人が小学生の頃、何の前触れも無く突如壊された日常――――
雲雀の沈黙をどう解釈したのか、はふっと黙り込んだ。それに関して罪悪感を抱いているのは知っている。
でもそれは大きな間違いなのだ。雲雀にとっても、今此処に居るにとっても、それは過去の事なのだから。
今更どうこう言ったところで何が変わるわけでもない。そう、変える事など出来よう筈もない。
大事なのは―――これから築いていくであろう、彼女の未来。
をボンゴレから出て行かせない為に、今の自分が出来る精一杯のこと。
強制的に誓わせるのではなく、自ら誓って貰わなければ意味が無い。雲雀はそう思ってじっと待っていた。
そして、そう経たない内にはひとつ頷くと、決意を秘め雲雀を見上げてきた。そして仕方なさそうに、そっと、
「・・・わかった、わかりました。・・・・・恭弥に無断で消えたりしません」
「真っ先に」
「はいはい、真っ先に報告し・ま・す!」
(―――よし。)
その一言を引き出せたことに深い満足を覚える。無意識に張り詰めていたのだろう、緊張も解けた。
これで大丈夫だ。後は過去の自分達に任せておけば・・・そうそう悪い方には転がらないだろう。
「誓う?」
「そうね・・・じゃ、恭弥のトンファーに誓って」
「いつも思うけど、その台詞なに?」
「だって好きだし」
「・・・意味不明だよ。君馬鹿?」
「え、それムカつく。地味にムカつく。・・・・やっぱりちょっと刺されてくれない?」
「やだ」
安心してか、無意味な、それでいて暖かな会話が続く。
彼女が未来に来て、丸一日経って漸く―――何かが繋がったような気がした。
悪戯に軽くナイフを閃かせたものの、は結局直ぐにそれを仕舞い込む。その緩やかな笑顔を見て雲雀は理解した。
「・・・」
―――もう、時間か。
何事かを言いかけた彼女を遮る。言うべきことは全て言った。だからもう、何を言っていいのか分からない。
別れの言葉、はおかしい。彼女と入れ替わりでは帰ってくる。
来るべき再会への言葉には頷いてくれる筈もない。今は未来否定派だし、・・・・・多分。
それでもこのまま帰してしまうのは、何だか惜しいように思えてならなかった。
無言でそっと肩に置かれた手。手放したくないと思っていた、ずっとずっと心の奥底ではそう思っていた、幼馴染の。
(離さない。この先何があっても)
いつか掴み損ねた手に、今、そっと指を絡めて――――
すぅ、と息を吸う音がやけに大きく響いた。身動ぎするを手の中に感じながら雲雀は少し身を起こす。
直ぐに消えてしまうだろう彼女の姿を、少しでも覚えていたくて見つめ続けていた。
雲雀のものではない、。懐かしくて、切なくて、・・・なのにどこか新鮮な気持ちが湧き上がってくる。
彼女にとって全てはこれから始まるのだ。自分との関係もまた、その中の歯車のひとつに過ぎない。
だが、・・・否、だからこそ、には心して全てを受け入れて貰わなければ。
強固な砦と化していた、“幼馴染”という、長い間動かず安定していた筈の関係の変化さえも。
「、覚悟しておいた方が良いよ」
「な、何が?」
「多分本気でいくし」
「だから何がっ!」
時間は掛かるけど。それこそ何年も掛かってしまうけれども。
―――本気で君を、捕まえるよ。