それだけは、絶対に。

 

 

黒い羊は永久を -Hibari's Side-

 

 

 

勘が告げる方向へ走り続けた。途中何事かと驚いて声を掛けてくる輩が居たが、どうでも良い。

 

その目的の部屋は直ぐにわかった。扉の前に危機を感じた数人かが屯していたからだ。

 

 

 

「あ、ひ、雲雀さ」

「君達邪魔だから退いて」

「しかしっ侵入者の可能性が」

「聞こえなかったの?」

「・・・いえっ・・・」

 

 

 

こちらに気付いて怯える弱い人間共。いつまでもいい加減鬱陶しい。

さっさと追い払いたくて睨み付けると面白いほどあっさりと後ずさった。脆弱。

 

これ以上相手にするのも耐えられない。雲雀はトンファーを構えて少しばかり殺気を滲ませ脅しにかかった。

 

 

 

「この部屋に入ったら即咬み殺すから。・・・これ位理解できるよね?」

「は、はいっ勿論です!」

「申し訳ありませんでした!!」

 

 

 

半ば悲鳴のような声をあげて黒服の男達は廊下の奥へと消えていった。

 

雲雀は黙ってそれを見送り、見届けた後扉へと向き直る。・・・・・・ほんの少し苦笑が零れた。

 

(らしくない、かもね)

 

昔の自分だったら、最初に反論を受けた時点で遠慮なく殴りつけていただろう。

無闇に人を傷つけなくなってどれだけ経つのか。力を振り翳す事の無意味さを―――本当の意味で理解してから。

 

それはあの大切な幼馴染の所為だろうと思う。

 

穏やかな気分。慣れない事ばかりだったけれど・・・そんな自分は、不快では、なかった。

 

 

 

 

 

 

その直後。

 

 

 

『う・・うわぁぁぁっ!ごめんなさいごめんなさいっすみませんでした―――!!』

 

突然恐怖に染まったランボの声が響いた。

 

『一回死んで詫びろ!』

 

そして―――とても、とても、懐かしい声が。

今の彼女とはまた違う、若さの残る声。どちらであろうと耳に心地よい事は変わらない。

 

自然と心躍る自分を自覚しながらその扉に手を、掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに危機一髪、と言っても良いかもしれない。

 

混乱しているとはいえ―――否、混乱しているからか、彼女の目は本気だった。勿論殺気も。

振り下ろされる瞬間のナイフ目掛けて雲雀は己の武器を投げた。ナイフだけを狙ったから大したダメージはないだろう。

それを証明するかのように彼女は硬直したまま動かない。呆然として宙に視線を彷徨わせている。

 

奥の壁にトンファーが当たって大きな音を立てた。

 

 

 

「何呆けてるの、

 

 

 

懐かしい。・・・それが最初に思ったことだった。

 

あの頃の自分は何も気付かないまま彼女の傍に居た。

自分の気持ちに全く気付いていなかった。幼馴染という関係だけで満足していたから。

 

が目の届く場所に居て、何時でも会える。・・・・・・それだけで、充分だったのだ。あの頃は。

 

 

 

「頭大丈夫?」

「なっ・・・・」

 

 

 

横顔だけしか見えないことが不満で言葉を重ねた。挑発すると案の定、こちらに顔を向けて来る。

 

そのことに充足感を覚えて、雲雀はそっと微笑んだ。

 

 

 

「あぁ耳は聞こえてるみたいだね、でも先刻から何ぼさっとしてるのさ。此処が戦場なら死んでるよ」

 

 

 

その途端はぴしりと音を立てて再び硬直した。表情が疑わしげなものに変わっていく。

 

 

そして何度も名を呼んできた。壊れたテープレコーダーみたいに、何度も。

 

だからこっちも何度も聞き返した。何度でも。彼女が落ち着くまで、何度でも。

 

 

 

 

 

 

 

突如は中腰だった身をふらりと起こし、近くにあった椅子に手を添えた。

 

 

 

「恭弥・・・」

「だからなにって」

 

 

その手にがっと力が加わるのと同時に殺気が真っ直ぐ雲雀の所へ向かってくる。混乱しすぎたのだろうか。

 

 

「『咬み殺す』、わ」

「!」

 

 

 

言うが早いか、はその椅子を持ち上げ驚異的なスピードで投げつけてきた。

流石にこれには驚いた。咄嗟に残っていたトンファーで応戦し、何とか粉砕する事に成功。

 

 

 

「一体なん・・」

「問答無用っ!」

 

 

 

は第一撃が退けられたのを確認すると直ぐに他の家具に手を出し始める。

花瓶、装飾用の壷、はたまた机や小さめの棚まで。そんな馬鹿力ほとんど見たことがない。

 

また隼人が喧しく喚き出すとはわかっていた。それは遠慮したい所だったが・・・・止める気は起こらなかった。

 

の瞳に、光るものを見つけたからである。

 

 

 

信じられない、信じたくない―――

 

 

全身で、そう叫んでいたから。

 

 

 

 

「・・・今の食器、高い奴なんだけど」

「知るか!恭弥は黙って咬み殺されてればいいのよっ」

「だからって調度品投げるのはどうかと思うけどね」

「それを普通に壊して退けてる恭弥に言われたくない!」

 

 

 

食器に混じってナイフも飛んで来た。だが速さも格段に落ちている。普段のキレはない。

それは素手で充分叩き落せるほどだった。彼女の気分を慮れば仕方の無いことではあるのだろう。

 

漸く投げるものが無くなり動きが止まった瞬間を見計らって、雲雀は静止の声を上げる。

 

 

 

「・・・こういう間怠っこしいやり方、いい加減鬱陶しいんだけど?」

 

 

 

は、(多分無意識なのだろう)今にも泣きそうに顔を歪めた。

追い詰める気は無くてじっと黙って根気よく返答を待つ。

その瞳に戸惑うような、迷っているような色が浮かんだ。

 

ふ、と彼女の意識が自分から逸れ、窓の方に移ったのを感じた。何故窓かなんて考えるまでもない。

 

雲雀は苛立ちを覚え、意識を此方へ向かせようと一歩分距離を詰めた。

 

するとも、一歩、退いた。

 

 

 

その事実に、自分から逃げたという事実に。

 

自分でも信じられない程――――強い憤りを覚えた。

 

 

 

 

「逃げる気?」

 

 

 

それは許さない。それだけは絶対に許さない。自分の前から消える事は、もう絶対に・・・・!

 

 

雲雀は湧き上がる衝動のままに、の方へと、跳んだ。

 

 

 

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