―――もっと早くに、気付いていたなら。
黒い羊は永久を謳う -Hibari's Side-
『はい、これ』
それはと再会してから何度目かの誕生日に貰ったものだった。
彼女はぞんざいに小さな箱を投げて寄越し、プレゼントだと言って笑っていた。
『・・・・・ピアス?』
『そ、ルビー。似合うと思って』
その後に何かを言っていた様な気がするのだが、思い出せない―――
無抵抗のの体を壁に叩きつけた。動けないよう、残ったトンファーを首の直ぐ傍にめり込ませる。
しかし彼女はそれらの動きに全く注意を払う様子はない。痛みに声を上げることも。
ただじっと、そのピアスを見ているのだという事に気付いて雲雀は少なからず驚いた。
「・・・なに」
「・・・・・・・・・恭弥って・・・宝石つけるの?ピアスなんか・・・珍しい、っていうか」
確かにそれは肯定してもいいと思った。装飾品の類はあまり好きではない。その事はも知っているはず。
このピアスだって――そう、気まぐれに着けてみただけだ。それが習慣付いてしまっただけのこと。
・・・・言い訳のような思考に自分でむっとして、誤魔化すように言葉を紡いだ。
「君、状況分かってるの」
「うんまあ絶体絶命だって事くらいは」
は、笑った。
先刻まで泣きそうな顔してたくせに、そんな事全然感じさせない位、穏やかに笑った。
ほんの少し諦めたような色が滲むその笑顔は、かつて見慣れていたものと同じ。
それが今、自分だけに向けられている。
(もし)
(もっと早くに、気付いていたなら)
仮定の話など無意味だと分かっていた。それでもそう考えずにはおれなかったのだ。
雲雀はそっとの瞳を覗き込む。戸惑ったように見返された。
もし。
もっと早くに、下らない自尊心や虚勢を捨て・・・自分自身の望みをはっきりと自覚していたとすれば。
(今腕の中にいる『彼女』も―――手に入れることが出来ただろうか?)
「・・・ってちょっと恭弥聞いてる?」
何事かを喚くの表情からはある種の照れなどは全く読み取れなかった。
これだけ至近距離に近づいていても―――だ。それはこのに恋愛感情のれの字も無いからに違いない。
(・・・そうそう、忘れてたよ)
雲雀は軽く溜息を吐いた。
問題はそれこその中にあると言っても良かったのだ。
情報屋としてどんなに優秀な彼女でも、この件に関してだけは素晴らしいほどの鈍さを披露してくれた。
綱吉やハルを今まで散々揶揄ったように他人の事には滅法鋭いくせに。
こればっかりは自分だけが自覚していても意味はない。彼女もまた、気付かねばならなかった。
(君には本当に――手を焼かされる)
内心の呟きとは裏腹に、抑えようのない愛しさが湧き上がって雲雀は思わず微笑んだ。
邂逅の時間は無粋な音によって終わりを告げる。
多分最初に追い払った男共が報告にでも行ったのだろう。気配が近づいてくるのは分かっていた。
は気付いていなかったらしく、目を大きく見開いて彼らを見つめた。だが直ぐ納得したように目を伏せる。
そしてゆっくりと、比較的落ち着いた態度で綱吉達の方へと視線をやった。
「ボス・・・ですよ、ね」
「うん。――・・・・・さん、いきなり飛ばされて来て混乱しちゃったよね。俺達この事すっかり忘れてて・・・」
マフィア抗争の真っ最中なのだ。そんな事にかまけている暇など誰にも無かった。本人でさえ。
流石に今のを呼び捨てにするのは気が引けるのか、不自然な間があったものの綱吉は敬称をつけた。
そんな綱吉を気に留める様子もなくただ彼女は解放を願った。・・・それが少々不愉快だった事は認めよう。
「あ・・・えぇと、恭弥。ほら・・さんも苦しがってるし、放してあげなよ」
雲雀は横目でちらりと確認する。綱吉は笑顔だったが、目は決して笑ってはいない。
――『なにいちゃついてんだコラ』――
とその目が言っていた。どこぞのアルコバレーノを彷彿とさせる。
どうやらこの部屋の惨状云々を相当怒っているらしい。
雲雀は綱吉をこれ以上刺激するのは良くないと判断し、無言で壁からトンファーを引き抜いた。
「あ、やっぱりちょっと攣ったじゃない」
は首や腕を回しながら、さり気なく距離を取る。そのあまりの自然さに一瞬それを見逃しそうになった。
だが体は本能に忠実だったらしく雲雀は無意識のうちにの右腕を掴んでいた。
逃げないと抗議する彼女だったが、こちらに退く意思がない事がわかると早々に諦め、向こう側を向いてしまう。
綱吉達は揶揄いの笑みを浮かべて雲雀達の様子を観察していた。特に武は悪意がない分厄介だ。
・・・一応睨んでおいたが、効果はなかった。
この部屋では落ち着いて話せないと、取り敢えず執務室の方へ移動する事になった。
先に出た三人に続いて歩き出したのだが、肝心のがついて来ない。
振り向くと苛立ちを隠せない様子で眉を顰めている。挑発してみても乗ってこなかった。
おまけに「一人で歩けるから手を離せ」と要求してきたが、雲雀はどうしてもそれを受け入れる気は無かった。
だから。
「米俵になるのとどっちが良い?」
「は?」
虚を突かれ隙だらけのに手を伸ばして、抱えあげ――ようとした所で彼女は我に返り悲鳴にも似た制止の声を上げた。
雲雀は彼女の慌てっぷりが可笑しくて、また、苛立ちの色が消えた事に満足して笑う。
手を引っ張っても、彼女はもう文句を言わなくなった。
・・・・・残念だと思う自分が何処かに居たことも、確かだったけれど。