笑い死にするかと思ったよ、全く。
黒い羊は永久を謳う -Hibari's Side-
執務室に移動して、いつもの定位置に座った。他の人間達もそれに倣うよう腰を下ろす。
隣の幼馴染は比較的大人しく綱吉達と会話し始める。俯き加減で、その表情はよく見れなかった。
様変わりしたこの部屋の事など静かに雑談を交わしていると、部屋の外にハルの気配がした。
(・・・どれだけ距離あると思ってるわけ?)
恐ろしく早い。いや、確かにも脅威のスピードでボンゴレに来たのだろうが、あれは別。論外だ。
ギアがどうとかいう機械を使って、建物から建物へ一直線に来た筈だし。車とは訳が違う。
「それは任せてください!時速百キロで車飛ばしてきました!」
笑顔でにそう告げるハル。
今頃は暴走車が出たと、誰かが警察に連絡しているだろう。勿論ボンゴレだと分かった時点で揉み消されるだろうが。
同じ事を考えたのか、綱吉以下、獄寺は言うまでもないが山本までが苦笑を浮かべていた。
そして一通り話が進み、今日は取り敢えずお開きという事が決まった。
が見るからにぼーっとしていたからだ。彼女の顔を覗き込んだハルは、これは駄目だと首を振った。
そのサインを受け取った綱吉は一つ頷き、口を開く。
「でね、さん」
ちょっと泊まる所に問題があるんだ、と彼は続けた。は不思議そうな顔でそれを聞いている。
今はマフィア抗争真っ最中―――しかも今回の敵は厄介で、ボンゴレ本部の中にまで襲撃を仕掛けてくる様な連中だ。
実力は侮れない。だからこそボンゴレは厳重な警戒態勢を取っている。
「それじゃ、私の部屋でも駄目ですよね・・・色々連絡も来ますし」
「空いてる部屋なら幾らでもあるけどよ。でも今はな・・・」
「・・・今は・・・」
に万が一の事があってはならない。もし客室に彼女を泊め、一人の所を襲われたとしたら。
たとえ隣の部屋に待機していたとしても、駆けつけるまでの一瞬が命取りになることもある。
彼女の力を信用していない訳ではない。だが今は、万に一つの可能性すら排除しなくてはならないのだ。
「さんとハルの部屋、客室も駄目となると・・・」
「ボス、何でしたらそこら辺の適当なホテルにでも泊まりますから」
だから、自然と選択肢は狭められていく。
綱吉の仄めかしたそれに気付いたのだろう、はわざとらしく話を逸らした。
―――でも、逃がすつもりはない。
「無理だね」
「なぜ?」
「『』は今、超極秘任務を担当してる。今日だけじゃない」
「勝手に出歩かれちゃ困るわけ?」
「…………………」
「ああ、そう」
(目の届くところに居て貰わなきゃ僕が困るんだよ)
意味深に沈黙すると、勝手に解釈して納得したらしくその案は諦めたようだった。
が、これ幸いと畳み掛けた綱吉に、は見苦しく誤魔化しを重ね逃げようと試みる。
どうして其処まで嫌がられるのか多少疑問ではあったが、不快ではなかったので、黙って観察しておいた。
・・・どうせ、道はひとつしか残されてはいないのだから。
案の定、痺れを切らした綱吉が半ば脅す形となり、は流されるまま雲雀の部屋に泊まる事を承諾させられた。
「・・・わかり、ました」
「そう?良かった」
にこにこと嬉しそうな未来の上司を見ては呆然と視線をさ迷わせる。雲雀はそっとその肩に手を置いた。
(諦めなよ。・・・僕以外に、誰がいるのさ)
「じゃ、話は決まったね」
「頼むよ」
彼女を護ってくれるか、と。お人好しなボンゴレのボスが真剣な目つきで自分を見る。
当然だという意味を込めて一瞥すると苦笑を返された。愚問だったかな、と小さな呟きが聞こえた。
完全に自分の世界に入ってしまった幼馴染の右腕を捕らえて引き上げる。何の抵抗も無い。
沈黙する彼女に、やはり疲れているのだろうと結論付け、そのまま扉の方へと向かった。
・・・・・だから、咄嗟に反応が出来なかったのだと思う。
ちょっと、と軽く袖を引かれた時でさえ、よもやそんな事を聞かれるなど、全く想像していなかったのだから。
「・・・・なに」
「もしかして、恭弥・・・・・・・・結婚してるんじゃない?」
その瞬間、部屋の空気がぴしりと凍りついたことだけは分かった。
を穏やかに見送ろうとしていたハル達は、そのままの状態で固まる。
まず、言葉の意味が理解できなかった。否、理解出来てはいたのだ。言わんとしている内容も。
それを脳が処理するまでに時間が掛かっただけで。
「・・・・・・・・・・・は?」
「あー、結婚じゃなくても・・・そうね・・・恋人とか、この際愛人でも良いわ。居るんでしょう!」
いや、そう自慢げに指差されても。
雲雀は唖然としてを見た。彼女はそれに構うことなく、熱心に説教を始めた。
要するに。・・・・彼女とやらが居る身で他の女(ここではのことらしい)を部屋に招き入れるなと。
そこまで理解した雲雀は、体の奥底から湧き上がって来る強い衝動を必死で堪えた。
が余りにも真剣で、心底雲雀の事を心配しているという事が伝わってきたからである。
・・・・・・が、しかし。
「誰だか知らないけど、恭弥のその破綻した性格と暴力的な行動についていける物好きで希少価値の高い女性なんだから。
大事にしたほうがいいんじゃない?最悪一生独り身になるわよ」
知らないとはいえ、至極真面目な顔、これ以上ない真剣な声で、自分で自分のことをそう評するの姿に。
―――忍耐の限界が訪れるのは、数秒もなかった。
「・・・・・・っ・・・、っ・・!」
何とか噴き出すのは抑えた。だがもう彼女の姿を見ることが出来ず、顔ごと逸らして視界から排除する。
今、本当の事を知ったらはどんな顔をするだろう。・・・多分信じないだろうけど、それでも。
流石にこちらの気配に気付いたのか更に声を張り上げてきた。
「そういうデリカシーの無い所もさっさと直した方が良いと思うけど!」
「・・・・・っ・・」
「・・・・・・・・あのね、」
それが更に笑いを誘う。声に出して笑うことは憚られた為、口を開く事ができない。
呼吸困難に陥りそうな程、雲雀は笑った。
――――かつての自分では、有り得なかったこと。