多少寝惚けていたのは、事実。

 

だが其処にほんの少し、確かな願望が含まれていたのも―――嘘では、ない。

 

 

 

黒い羊は永久を -Hibari's Side-

 

 

 

昨夜寝付くまでは遅かったが、寝付いてからは一度も目を覚まさなかった。

昔から彼女が傍に居ると良く眠れたのだから、まあそれは何ら不思議でもなく。

 

毎日の起床時間から遅れること数十分で、漸く意識が浮上した。

 

 

 

 

目を閉じたまま周りの状況を確認する。不審な気配は無く自分の胸の辺りに眠るの呼吸にも変化はない。

直ぐに起きても良かったのだが、流れる空気が心地良くて、訪れた微睡みにゆったりと身を任せた。

 

・・・・それからどれだけの時間が経ったのだろう。

酷く長かったようにも思えたが、実際はそれ程でもない筈だ。

 

夢と現実の狭間を彷徨っていた雲雀は、ふと、腕の中でが微かに身動ぎする気配を感じた。

 

時間を掛けてそっと目を開く。霞んだ視界の中に俯く彼女の姿を見つけた。

 

 

 

 

「ん、・・・起きたの?」

 

 

 

呼びかけても応答は無い。それどころか更に丸くなって動かなくなった。

完全に起きた訳ではないのだろうか・・・・?疲れていたのだから、仕方ない、か・・・・

 

寝起きの止まった頭はそれ以上の思考を放棄した。

そして『普段の様に』に手を伸ばす。その黒い髪に触れると、途方もない安心感を得られた。

 

昨夜のように、触れる事に対する躊躇いなど微塵も無かった。何故躊躇っていたかさえも曖昧で。

 

 

 

「まだ眠いなら・・・寝てても良いよ」

 

 

 

そう言いながらも手は止まらない。起こしたいのかそうでないのか、自分でも分からない。

 

柔らかな肌、手に良く馴染む。

 

 

 

「・・・起こして、あげるから・・・」

 

 

 

当に夢心地。

はその感触に耐えられなくなったのか、そうっと顔を上げた。二人の視線が絡まる。

 

 

 

「・・・・・し」

「し?」

 

 

 

掠れた声が耳に響いた。・・・言葉の意味などどうでもいい。彼女が自分を見ている、ただそれだけで。

 

―――幸せ、だと。

 

 

そう言ったら、この『』はどんな顔をするだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・と、いう傍から見れば奇妙なまでに甘いこの空気は。

の、全身全霊を込めた、殺意篭りまくりの恨み言葉によって瞬時に崩れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女にしては珍しくはっきりと動揺が全面に出ていて、繰り出された攻撃を止めるのはとても簡単だった。

それに本気でない事など丸分かりである。色々物を壊すものの、根底にある優しさは到底誤魔化せない。

 

迫力のある脅しを掛けているつもりだろうが、ナイフを持つ手が微かに震えていること等気付いていないのだろう。

 

 

 

 

「説明してくれる?」

「・・・説明?」

「私がここで寝ている理由をよ!ソファで寝てたはずなのになんでこの部屋で寝てるの!?」

「僕が君を運んだから」

 

 

一時でも離れていたくなかったから。

 

 

「違う!・・・昨日私、ソファで寝たいって言ったでしょう?」

「移動させないとは言ってない。が勝手に勘違いしただけだよ」

 

 

君がどう言おうと関係ない。どう思っても。何を望んでも。・・・・拒否は、聞かない。

 

 

しれっと返すと、は空いた方の手で頭を抱え唸り始めた。その言葉にならない呻き声の中、零れ落ちた呟き。

 

 

 

「普通に死ねる・・・!」

「・・・もしかして、恥ずかしかったとか?」

 

 

 

揶揄うつもりでそう言った。焦っている姿が面白くて、つい。ほんの出来心で言っただけだった。

しかしその言葉はこちらの予想以上の力での心に響いたらしく。

疑問を受けた後、たっぷり数秒もの間、彼女は固まった。

 

 

――――そして、全身を真っ赤に染め上げたのである。恐らくは羞恥と、ほんの少しの困惑で。

 

 

十年前では決して見られなかったであろうその姿は、混乱故の涙と相まって、こう、

 

・・・・何というか、酷く、こう、・・・・敢えて言うなら、そう、非常に・・・・耐え難いもの、であった。

 

 

 

 

「・・・・・・・・だ、から誰が!恭弥相手に恥ずかしいも何も―――」

 

 

 

手っ取り早く、湧き上がる感情を全て怒りに昇華するも。急所に当てられたナイフですら、最早眼中にない。

 

(もう、いっそ、このまま――――――)

 

唯一繋がっている手に、軽くはない力が篭ったその瞬間。

 

 

 

 

「っさん!大丈夫ですか苛められてないですか!?」

 

 

 

遠慮も何もない大きな音を立てて、ハルが部屋に乱入してきた。片手に何か袋を提げている。

場の空気が一気に緩む。漫才のようなやり取りを交わす二人を尻目に、雲雀は大きく息を吐いた。

 

 

(・・・・・今のは、危なかった)

 

 

この時ばかりは。

この時ばかりは、ハルに感謝してもいいと思った。

 

 

綱吉がさっさと捕まえてないから、今でも常々あの手この手と色々邪魔をしてくれる、ある意味鬱陶しい存在。

しかし、今まで、彼女の乱入に感謝したことはない。これ程までに。

ハルが良いタイミングで乱入し、面白可笑しく喚いてくれたそのおかげで。

 

先程の暴走も――――性質の悪い、ただの“冗談”にする事が出来る。

 

 

(ホント、冗談じゃないよ)

 

 

振り回されている自分を改めて自覚して、諦めにも似た笑いの衝動を抑えきれずに口を手で覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやらハルは、雲雀達を起こしに来る途中での叫び声を聞き慌てて駆けつけて来たらしい。

不貞腐れた幼馴染が着替えの為洗面所に篭っている間、持っていた袋からパンなどの食材を次々と出していく。

 

 

 

「今朝のメニューはホットサンドイッチです。台所、お借りしますね!」

「恭弥さん、ぼーっと突っ立ってないで手伝ってください。ほらコーヒーお願いします」

 

 

 

てきぱきと動く小動物を眺めているとカップを押し付けられた。手持ち無沙汰だったので仕方なく豆を手に取る。

包丁が規則正しく立てる音だけが響く。静かな朝だった。

 

 

 

「あ、恭弥さん。今日の予定なんですけど」

「何。仕事?」

「いえ。今夜のパーティーに関しての説明と、昨日の破壊行為に対しての会合が午前中に」

「・・・ふぅん」

「取り敢えずご飯が終わったら隼人さんの所に行って下さいね。場所はいつもの所です」

 

 

 

話をしている間にもハルの手は休まず、が洗面所から出てくる頃にはきっちりと朝食が机に用意されていた。

 

 

は午前中綱吉のところ、か。ボンゴレ内では一番、あらゆる意味で安全な場所、だろう。

何かと癪に障るが、任せるしかない。雲雀はそう自分を納得させて、食事を終えた後、二人を置いて静かに部屋を出た。

 

 

 

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