「入るよ」
ノックして、返事を待たずに扉を開ける。
黒い羊は永久を謳う -Hibari's Side-
相手なら何かしらの皮肉が飛んでくるだろうその行為は、最初から諦めている者達にはスルーされた。
入った部屋の中には、隼人と武がさも『待ち構えていました』みたいに雁首揃えて座っている。
「おっす。はよ、恭弥」
「その顔じゃ昨夜はよおく眠れたみたいだな?」
「・・・・・・・・・・・・・」
気持ちの悪い笑みを浮かべる同僚達。揶揄の色が濃いそれに、知らず知らず眉が寄った。
あの巫山戯た寝巻きを用意したのはハルか・・・もしくはボス辺りだろう。だがこの二人もその事は知っていた筈。
その所為で昨夜どうだったのか、どんな思いをしたか。その答えを熟知している上での笑み。
・・・・三途の川でも拝ませてやろうかと、雲雀は半ば本気で懐に手をやった。指にトンファーの固い感触。
「おっ――と、んじゃ本題に入るから座れよ」
「よし。さっさか進めちまうか!」
不穏な気配を察したのか、引き際だと理解したらしい。二人はわざとらしく明後日の方向を見て着席を促す。
長い付き合いだけあってかそのタイミングは見事なものだった。
出鼻を挫かれた形になり、勢いを失った恭弥は渋々腰を下ろす。・・・今夜の仕事を終えたら必ずシメると心に誓いながら。
「武、始めろ」
「おう。まず例の件について―――今朝裏が取れてさ。100%間違いないってことで話がついた」
「今夜仕掛けるのは完全なる決定事項ってわけだ」
「そ。本部は他の奴らに任せて、俺達全員で乗り込む。最終決戦と洒落込むわけだから気合い入れとけってツナから」
「・・・・・誰に物言ってるのか、一度本気で分からせてあげる必要がありそうだね」
「どっかで聞いた台詞だぞそりゃ・・・」
昨日一度伝えてある事だったので内容は軽い。雲雀の役割は結局普段と同じ、ただ暴れるだけなのだから。
今夜の相手共には今まで散々好き勝手してくれたのだ。部屋も壊されている。存分に楽しませて貰うつもりだった。
流石の戦いを好まないお優しい綱吉も相当頭にきている。――――まず止める事はないだろう。
「っつーわけで・・・恭弥、これが向こう側の情報書類。しっかり読んどいてくれ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・了解」
武から随分と分厚い書類を渡され、受け取る。隼人は武が説明を始めてから一度も口を開いてはいなかった。
その癖何やら物言いたげな目でじいっと見てくるものだから気分が悪い。
鬱陶しそうに睨みつけたが、手振りでさっさと読めとばかりにあしらわれた。ムカつく。
―――無論、理由などひとつしかないと分かり切っている。
『昨日の破壊行為に対しての会合が・・・・』
(またあの長ったらしい説教が始まるわけ?・・・ワオ、最悪)
隼人の説教はまるで絵に描いた姑の厭味のように酷くねちっこいのだ。いまいち慣れることが出来ない。今でさえ。
雲雀は書類に目をやりつつ考え込む。・・・・・確か、午後からは調整の為部下と落ち合う手筈になっている。
今日は時間が無いので、その予定に変更は許されない。
(・・・・・・・・・・・ふぅ)
説教の時間を縮める為にと、雲雀は殊更ゆっくりと丁寧に資料を読み始めた――――
そして、四十分後。
「終わったよ」
「・・・・・・・・・・・おいこら雲雀。何のんびりしてやがんだてめぇ」
手にした書類を机の上に投げ出せば、案の定ドスの聞いた声が隼人の喉から発せられた。別に大した迫力は無い。
雲雀はさも『心外だ』とでも言いたそうな表情を作って軽く首を傾げる。
「綱吉が気合入れろって命令したから丁寧に読んでみたんだけど?」
「なっ・・・!お、お前みたいな奴がんな事するわけねえだろうがっ!!」
「ま、まあまあ隼人落ち着けって」
二人共、目の前の仲間が何を思って時間稼ぎをしていたのか痛いほど理解していた。
だからそのいけしゃあしゃあと惚ける姿が何とも言えず憎らしい。そんな視線を何処吹く風で流し、雲雀は笑う。
「“コレ”と遊ぶ以上、一人も逃がすつもりないしね」
「「・・・・・・・・・」」
雲雀の、その危険な笑みが意味するところ。
それは普段なら、本来なら手を合わせて雲雀の標的となった連中を憐れんでやる状況ではあったが。
如何せん―――――彼らはやり過ぎた。
「待て俺らの分まで獲るんじゃねーぞ?でなくてもお前にゃ一番いいトコ譲ってやってんだぜ?」
「だよなー。俺も久々に暴れたい気分なんだって」
「君達がぼさっとしてたら遠慮なくもらっていくよ」
「・・・ったく、気が抜けねーなぁ」
「自分のノルマは自分で果たすっての」
最早相手ファミリーに同情する人間はボンゴレには存在しなかったようである。
合掌。
一頻り今夜のパーティーについて己が野望を語った三人。しかし話の脱線に隼人はいち早く我に返り、神妙な顔に戻る。
机の隅に退けられていた薄いファイルを手に取り、あるページを開いて雲雀の前にばんっ!と置いた。
「――――と、いうわけでだな。恭弥」
「なに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前らは、・・・・・・・・・幾つになっても、」
吸って、吐いて。・・・・そしてまた、吸って。
「ッ物を壊さずに痴話喧嘩も出来んのか―――!!」
「いや痴話喧嘩じゃないし」
「黙ってろ!全くお前ら二人は何時まで経っても成長しねえっ!」
「・・・昨日に関しては・・・はほら、過去から来たんだぜ?」
「この点に関しちゃ今も変わってねえだろが」
「・・・・いや、まあ・・・・・それは」
目の前に広げられたファイルの書類は。
懇切丁寧にも食器の一つ花瓶の一つ、昨日が投げ雲雀が粉砕した代物を何一つ洩らすことなく列挙し、
その被害額を細かく一の単位まで計算してあるものだった。一番下に合計額も書いてある。
なかなか見事なものだ。数字が幾つも並んでいる。部屋の食器が全てブランド物だったことが主に原因らしい。
そう言えば・・・・あの時の混乱しまくったなど、滅多に見られない。自分だけが知っている彼女の姿だ。
その事を思い出し大きな優越感と満足感、おまけに深い悦びを覚え、雲雀は目の色を和ませる。
「人が説教してる時に思い出し笑いなんかしてんじゃねえっ、恭弥―――!」
・・・・・殴られた。