十年前でも、それなりに兆候はあった。
そして今、十年経って更に箔が付いたボスが目の前にいる。
………悲しいことだが、あれに笑顔を返す度胸はない。
黒い羊は永久を謳う
私達を笑顔ひとつで瞬殺したボスは、それを全く気にする様子も無く話を進めてくる。
「でね、さん。少し問題があるんだ」
「……何でしょうか」
「泊まる所がちょっと、ね」
そう言って彼は困ったように言葉を濁した。泊まる所……が、ないということだろうか。
いや、これだけ大きな本部である。客間の一つや二つぐらい空いてそうなものだが。…天下のボンゴレだし。
その疑問が顔に出ていたのだろうか、単に見かねたのか、山本が助け舟を出した。
「本来なら自分の部屋に泊まってくれていいんだけどさ。あ、俺ら全員自分専用の部屋持ってるから」
「私、そんなものまで持ってるんですか……」
「おう。で、一つ確認な」
言うと同時に山本はすっと真面目な顔つきになって私を見据える。
普段のあの爽やかさはどこへ行ったと言いたくなるほど、鋭い目付きをしている。
「今の…いや、『未来』のアンタも情報に関って生きてる。それは十年間変わらなかった」
「……でしょうね。そう生きる他に、私の道は無いと思います」
「ん。じゃあ質問するぜ」
嘘や誤魔化しは許さない――と、言っているようにも思える瞳。
それでもボスと比べれば迫力は劣る。私はしっかりと真正面からその視線を受け止めた。
「取り敢えず『未来』の自分の部屋に泊まるとして」
「はい」
「そこで、絶対情報収集しないって……断言できるか?」
――――――なるほど。
「あ、それは無理です」
「即答かよ!」
「だってなんかやっちゃう気がするんですよね、つい。条件反射で」
「さん…やっぱりそう…だよね」
「いけないことだとは分かってますし、するなと言われれば従ってもいいですけど。
意図的にしようと思わなくても情報は勝手に入ってきますからね。目隠しでもしてれば話は別ですが」
「お前、なんでそんなに偉そうなんだよ……」
未来の私が扱う情報。それなりに地位は得ているようだし、確かに凄い価値があるのかもしれない。
ましてそれがどんなに些細なものであったとしても―――未来を変えてしまう切っ掛けになる可能性もあるのだ。
「それじゃ、私の部屋でも駄目ですよね…色々連絡も来ますし」
「空いてる部屋なら幾らでもあるけどよ。でも今はな……」
「…今は…」
意味が分からない。でも何故無理なのか、聞けるような雰囲気ではなかった。
「さんとハルの部屋、客室も駄目となると……」
「ボス、何でしたら私、そこら辺の適当なホテルにでも泊まりますから」
「無理だね」
「なぜ?」
何となく微妙に厭な方向に話が進んでいくのを感じ取った私は、妥協案としてボンゴレから離れることを提案した。
しかしずっと黙っていた恭弥がいきなり横槍を入れてきて、ばっさりと鮮やかに却下されてしまった。
何なんだ一体。突然の割り込みに、応える私はつい刺々しい口調になってしまう。
「“”は今、超極秘任務を担当してる。今日だけじゃない」
「勝手に出歩かれちゃ困るわけ?」
「…………」
「……ああ、そう」
恭弥は何も詳しい事は言わなかった。私が知ってはいけない事なのだろうから仕方の無いことだが。
要するに、ボンゴレからは出るなと。きっとこうやって釘を刺さなければならないほど、重大な理由があるのだろう。
このまま駄々を捏ねるほど子供でもない。私は大人しくここに留まることを了承した。
―――そして話は振り出しに戻る。
「だから、泊まる所なんだけど……」
「客室…が、今ちょっと事情がありましてさんが使うには差し障りがあるんです…」
ごめんなさい、と申し訳なさそうに俯かれてはこちらも頷くしかない。彼女、いや彼らを責めるのはお門違いだ。
だが奇妙な任務といい客室使用不可といい……何とも言えない気分だった。
過去の人間である私は、何ひとつ知ることが許されない。歯痒さを堪えて平静を保つのが精一杯だった。
そして腹立たしいことに、苦笑を浮かべたボスから追い討ちがかかる。
「そういうことだから、ね。できれば恭」
「廊下とか駄目ですかね!根性出せばきっと立ったまま寝れますよ私!」
予想していた不穏な台詞がボスの口から出た瞬間、私は衝動のままに口を開いていた。
ボスだけをしっかりと見据える。隣にはあえて、そうあえて視線は向けない。
「、お前な……」
「うん、せめて椅子とか言おうよ」
「いやそういう問題でもねーだろ、ツナ……」
「さん……そんなに嫌なんですか?恭弥さ」
「あ、じゃあもう寧ろ眠らない方向でお願いします」
「…………」
何とか言い逃れようとする魂胆が丸分かりなのは分かっていた。でもこれ以上二人きりになったら。
………心臓麻痺で死ねる気がする。
恭弥が私の言葉に全く反応しない、というのも焦りに拍車を掛けていた。
頑として譲る姿勢を見せない私に、ボスは一度溜息を吐いて。
次の瞬間、――――凄絶すぎるほどに綺麗な笑みを浮かべてきた。
(あの、背後に何か黒い影が見えますけど!何か背負ってるんですけど!!)
「さん」
「………は、い?」
それはまさに、帝王とでも呼びたくなるような。頂点に立つものの笑みで。
空気さえもその色を変えた。込められているのが殺気でない分、余計に怖い。
「これ、ボス直々の勅令だから」
「……っはい!?」
「『未来』のさんは十年以上前からずっと俺の部下だから、今のさんも俺の部下だよね?」
その論理は乱暴だとか確固たる根拠が無いとか色々反論は胸の中に渦巻いていたけれど。
私はボスに呑まれた。あっけなくも。
――――あれを前にして即座に反発できる人がいたら連れてきて欲しい。ああ毎朝拝んでやるとも。
諦めろ、というように隣に座った恭弥が私の肩をぽんっと叩いた。
虚しかった。