別に疲れてるわけじゃ、無いけど。

 

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

恭弥に手を引かれるまま足を踏み入れたのは、今まで何度も来たことのある場所。

先に着いていた獄寺が無言で示したソファに腰を下ろす。恭弥は当然の如く隣に座ってきた。

 

……落ち着かない。

 

悲しいことに、彼に極力意識を向けないようにするには結構努力が必要だった。

 

 

情報屋としての性なのかどうか。私は自然な風を装って悟られないよう周りの観察を始めた。

最上階のボス専用執務室は驚くほどに変わっていた。変わる、という言葉で表すには足りないくらい。

家具の配置だけじゃない、調度品から何から間取りさえも、記憶にあるものとは全く異なっている。

 

まるで一度取り壊して、全面リフォームでもしたかのようだ。

 

 

 

「どうしたの、さん」

「あ、いえ…この部屋随分様変わりしたなと思いまして…」

「………えぇと」

「そりゃ――あれだ。なんつーか」

「……?」

「まあ色々あったからね」

「お前が言うな!!」

 

 

 

がたん、と獄寺が机を鳴らして立ち上がった。その額にははっきりと青筋が浮いている。

その怒りの矛先はどうやら恭弥に向けられており、他の二人も微妙な笑顔で私達を見ていた。

 

 

 

「この部屋、一度ぶっ壊れちまってさ。いい機会だからっつーことで全部作り直したってわけ」

「壊れたんですか……?」

 

 

 

ボスの執務室が?抗争でも起こったとか?…いやでもこんな所まで侵入を許すようなボンゴレではないはず…

それに獄寺の言いに、奇妙な引っ掛かりを覚えた。―――まさか。

 

 

 

「…恭弥が壊した、とかですか?」

「うーん、…そうだって言えばそうなんだけど、そうじゃないって言えばそうじゃないというか…」

「…………はあ」

 

 

 

つまりは言いたくないという事だな。半笑いなのが少し、正直かなり気になるけれども。

―――いや、それ以前に過去の人間が未来のことを知るのは御法度ではなかったか。

 

 

(未来を、変えてはいけないから―――)

 

 

これが本当に「未来」だと言い切れるとは思わないが、ややこしいことであるのは間違いない。

私はようやく常識というか定説のようなものを思い出し、それ以上の追及を諦めた。

 

………何だか余計なところにまで飛び火しそうな予感もあったので。

 

 

 

 

 

 

ふと、私は慣れた気配が執務室へと近づいてくるのに気付いた。それも物凄い速度で。

最初は微かだった足音は段々大きくなり、この部屋の扉の前辺りでぱったりと途絶える。

 

―――その次の瞬間、扉がけたたましい音を立てて開かれた。

 

 

 

さん!早まっちゃ駄目です……!!」

 

 

 

そこに居たのは少し前に、後始末諸々全てを押し付けた十年後のハルだった。

部屋に入るなり私達のほうに駆け寄ってくる。全速力で走ってきたのか、肩で息をしていた。

 

 

 

「は、早いのね、ハル」

「それは任せてください!時速百キロで車飛ばしてきました!」

「いやここ市街地だから。制限速度超えてるから!」

「イタリアだから大丈夫ですよ」

「……どういうところが……?」

 

 

 

私はハルが運転している所を見たことはないが、この言いようだと彼女の車には乗らない方がいいかもしれない。

冷や汗を流す私を他所に、彼女は自慢げに笑った後、只今帰りましたとボス達に挨拶をし始めている。

そこに違和感は全く無い。ボスや幹部である彼らにすっと溶け込んでいる。

 

礼儀は重んじているはずのハルはノックもなしに入り込んできて遠慮の欠片も見当たらない。

 

 

(…対等な立場を、手に入れたってこと…?)

 

 

だとすればそれはとても、喜ばしいことだと思う。

 

 

 

 

 

「とにかくさん!早まらないで下さいランボちゃんも充分反省してるんですからっ」

「ごめん、ハル。私もう早まった後」

「っはひ――!?間に合わなかったんですか!?」

「一応未遂だけどね。いいところで恭弥に止められちゃって」

「あ……」

 

 

 

恭弥、と言った直後、ハルは花が綻ぶ様に綺麗に笑った。私がはっと目を瞠るほど、美しく。

 

 

 

「グッジョブです、恭弥さん!」

「………別に」

 

 

 

ぐっと両手の親指を立ててハルが恭弥を褒めると、それに対して恭弥は軽く肩を竦める事で応えた。

言葉自体は昔と同様そっけないものの、……奇妙な、感じがする。

 

 

(……仲、良い?もしかして)

 

 

何だか、複雑な気持ちだった。いやでも十年も経ってて未だに他人行儀なままじゃそれこそおかしいだろう。

ハルだってきっと幹部になったのだから。そう、ボスだって恭弥のこと呼び捨てにしてたし。

 

 

(仲が良くて当たり前。別に何らおかしいことなんて無い―――)

 

 

自分でも気付かないうちに、それは言い訳のようなものになっていた。

 

誰の為とか、何の為とか、全然わからないけど。

 

 

 

 

 

十年後の世界に飛ばされた。そんあ突拍子もない出来事が、現実として目の前に転がっている。

もっと混乱して喚くぐらいすれば良かったのかもしれないが、私の性格上それは無理だった。

その分、今日は考え込むことが多くなっている気がする。そして周りへの注意力も散漫だという他はない。

 

恭弥に鈍いと言われるのも仕方の無いような状態だったと、今なら認める事ができる。

 

現に今も、ハルに声を掛けられるまで彼女が至近距離まで近づいていることに気付けなかったのだから。

 

 

 

「……さん、もしかして疲れてます?」

「え…?」

「そうですよね疲れてますよね!いきなり飛ばされて殆ど情報のない任務行かされた訳ですし……

ツナさん、今日はもうさん休んで貰った方が良いんじゃないですか?」

「そうだね…話をしようと思ってたけど、もうこんな時間だ。明日もあるし今日は解散しようか」

「わり、そういや任務帰りだったんだよな」

「それでよくああも暴れて壊しまくれたな。どんな体力だ」

 

 

 

誤解だ。

私は物を投げただけで窓しか壊してない。

 

(超強化硝子を割った時点でほぼ同じことなのだという事には都合よく目を瞑っておいた)

 

 

 

「いえ、あれは殆ど恭弥がやりました」

「…元凶はだよ」

「実行犯はそっち。…壊さずに避ければ良いでしょうに」

「面倒くさい。ちなみに食器類は避けても壊れたし、無意味だと思うんだけど」

「屁理屈こねるな。あのね、大体恭弥が」

「君がそもそもあれこれ投げるから悪いんだよ」

「投げられるようなことをしてたのは誰?」

「心当たりがさっぱりないね。単に君の被害妄想なんじゃないの」

 

 

 

突如始まった、私と恭弥の熱くもならない静かな言い合いは。

 

『君達、いい加減にしてよね?』的なオーラを滲ませた笑顔のボスに止められるまで、優に十五分は続いた。

 

 

 

(十五分もずっと聞き入ってる方もどうかと思うけど……)

 

 

 

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